天秤にかける



「死んでしまえたら楽なんだろうな」

雨の日だった。長屋の自室、部屋と廊下の境に座って外を眺めていた兵助がぽつりとそう言った。

「兵助は死にたいの?」

問えば、視線をこちらに向けてほんの少し微笑んだ。そして分からない、と首を振る。

「死んだら、悩むことも苦しむことも、死を恐れることもなくなる」

「でも笑うことも喜ぶこともなくなるし、好きなものも食べれなくなるよ」

「…そうだな、」

今度は視線をまた外に戻す。兵助の表情が見えなくなった。
兵助は死にたがりだ。すぐ自分を犠牲にしようとする。そんなの、


「ずるい」

「、え?」

兵助が振り返る。否、俺が振り返らせた。兵助の頬を両手でしっかり包み込み、俺と目を合わせさせる。

「兵助はずるい」

「勘ちゃん?」

「兵助が死んだら、そりゃ兵助は楽になるよ。確実に。でも、俺は?」

「勘右衛門…?」

「そうだよ、残される俺の気持ち、考えたことある?」

兵助の目が見開かれる。

「俺は兵助が大好きだ。だから、兵助が死んだら嫌だし、それこそ死にたくなるね」

「…勘ちゃんが死ぬのは嫌だ」

「俺だって嫌だよ」

「そっか、うん、そうだな」

そうだよ。そう言って兵助から手を離した。
兵助は少しの間目を伏せる。それから手を伸ばして今度は兵助が俺の頬を撫でた。

「ごめん、勘ちゃん」

「兵助、」

「俺も勘ちゃんが好きだよ」

「うん、好き」

「好き」

「好き」

「好き」

「「大好き!」」


二人で顔を見合わせて笑った。ああ、雨が止みそうだ。一緒に散歩にでも行こうか。