学園卒業後。

と戦場に生きる少年



色んな村や町を転々と行渡り、一つの町にやってきた。ひゅう、と北風が身を掠め小さく身震いをする。きり丸は笠をくい、とあげ町を見渡した。
(…?)
その町には違和感があった。この町には立派な城がある。そこの城主は戦好きだ。しかし戦の被害にあった様子はない。つまり城主は戦上手で、その戦に勝てるほどの兵士がいるというわけだ。

(何も、不思議じゃ無いか)

この町が、こんなにも貧しそうであっても。
きっと城主がろくでもねぇ奴なんだろうな。何気なくそんな事を考えていた。しかし町の噂を聞くかぎり、単なるきり丸の予想ではないようだ。世の中、まだまだ収まりそうに無い。

突然、ずきりと腕が痛んだ。先の戦で負った怪我が、完全に癒えていないのだと思い出した。腕を軽くさすって、きり丸は家と家の間の路地裏に身を潜ませた。
忍というのは厄介だ。少なくとも上手く生きていける人種ではないだろう。今だって敵の城に追われている。易々と宿を取っていられる状況じゃない。今日は野宿か、と小さくため息を吐く。最近夜は冷える。出来ることなら暖かいところで眠りたいものだ。


「にゃー」


ふと足元で聞こえた鳴き声に、下を向くと自分を見上げる一匹の黒猫と目が合った。

「ごめんな、今食えるもん何もねぇんだ」

その場にしゃがみ込み、きり丸は猫の襟首を撫でる。猫は気持ち良さそうに目を細めた。暖かい。生きているんだと、一番実感できる感覚。
不思議とその猫はきり丸の元を離れようとせず、ずっと横に寄り添っていた。それは日が暮れても同じだった。ああ、ときり丸が呟く。

「お前、家が無いのか」

おれと一緒だな。そう言って、悲しそうに笑った。

「おれは、昔村が焼けてなくなって、家は消えた。けど、その後二つ家ができたんだ」

ぽつりぽつりと、自然に口から溢れる言葉。優しい記憶が思い出される。何も知らなかった、無垢な自分。穢れていっても、ずっと傍で笑い合えた。今では、人の手を握ることさえ恐ろしい。いつまでたっても生暖かい感触が手のひらから消えない。

「一つは、おれの恩師の家。ある学園に行ってたんだけどな、長期休暇には必ずその人の家にお世話になってたんだ。」

そして、

「もう一つは、かけがえの無い仲間と一緒に生活した家。くだらないことで喧嘩したり、馬鹿なことで笑いあったり」

今思えば、あれほど幸せな時間などなかっただろう。帰りたい?ああ帰りたいとも。友に会えたならまず抱きしめて、それから一緒に笑うんだ。話したいことはたくさんある。夜眠る暇などない。そんな、

「そんな幸せな夢を、今でも見るんだ」

そう言って困ったように笑うきり丸に、猫はただじっと彼を見つめるのだ。馬鹿だよなあ、と呟く。

やっぱり、その日も夢をみた。懐かしい友人、先生、先輩に後輩。皆が安心して暮らしていた大きな箱庭。そうだ、帰らないと。きっと同じ部屋の彼らが心配している。明日起きたらもうすぐ行われる予算会議に備えないと。きっと会計委員が張り切ってるに違いない。

「…帰ら、ない…と…」

ぱちりと眼が覚めて、まだ寝ぼけている頭を起こそうと一度目を閉じる。その後目を開けて一番に思うことは。

(…良かった。今日も生きてる)

いつ死ぬか分からない。そんな人生を歩んでいるのだ。
ふと横を見ると、猫がいなくなっていた。空を見上げるといつの間にか日は高く昇っていた。疲れていたのだろうか、長い間眠っていたらしい。優しい夢を見た。覚めたくないと、強く思っていた。現実はとても冷たく、寂しい。

すくり、と立ち上がって路地裏を出た、その瞬間。目に飛び込んできた。
町行く人が汚いものを見るように避けて通る。見慣れた鈍い色が土を染める。横たわった、一匹の黒い猫。一瞬動揺した心とは裏腹に、しっかりとした足取りで猫に近づいた触れた。どろりと赤黒い液体が手につく。少し乾いている。
それはだんだんと冷たくなっていった。生きていると感じる、その温かさが消えていく。何度も体験してきた。でも、慣れるなんて無い。

後ろを歩いていく町の人の話を聞くと、城主の前を横切ったという理由だけで切り捨てられたらしい。ああ、何故世の中はこんなにも理不尽なんだ。
冷え切った目で猫から視線をそらすと、きり丸は立ち上がった。自分の心も、冷え切ってしまった。まだ任務の途中だ、くだらない事で時間を費やしている暇は無い。さっさと先に進んでしまおう。たかが、一匹の猫。





その日、とある町で一つの騒ぎが起こった。城主が、暗殺されたと。