隠れ



「雪は嫌いだ」

ピシャリと長屋の扉を閉めて藤内はそう言った。部屋の中で湯呑みにお茶を注ぎながら数馬がちらりと彼を見る。

「どうして?」
「……寒いし、それに…」
「それに?」
「……」

道が見えなくなるから。藤内はそう呟いた。

「…確かに吹雪いてたら前は見えないね」
「うん」
「けど、誰かが一緒だったら怖くはないよ」
「…別に怖いわけじゃない」
「そっか。ほら、お茶淹れたよ」

藤内が机に近寄ってきて数馬の横に腰を下ろした。ズズ、とお茶を啜ると冷えた体が暖かくなるのが分かった。

「さっき数馬は、"誰かが一緒だったら"って言ったけど」
「うん」
「僕らは卒業したらバラバラになるんだ」
「……」
「忍者になるんだから、ずっと一緒なんて有り得ない」

ああ、なるほど。と数馬は思う。だからそんなに怖がってるんだねと口にはせず心の中で呟いた(きっと彼は否定するから)


不意に、ドタドタと廊下を駆けてくる音が聞こえた。

「藤内!数馬!」

勢い良く扉が開き、作兵衛が入ってきた。相当慌ているのか、息はあがり顔色も良くない。

「どうしたんだ?」
「三之助が、昨日から帰ってねぇんだ…」
「は…?」

作兵衛は視線を落としながら話し始めた。昨日の実技で外に出て、帰りに三之助と左門がいなくなった事。左門は見つけたが三之助が中々見つからなかった事。途中雪が吹雪いてきて捜索を先生によって止められた事。

「その内帰ってくるかと思ってたんだけど…まだ帰ってこなくて…」

自分のせいだと思っているのだろうか、作兵衛が強く拳を握った。

「じゃあ早く探しに行かないと!」
藤内が立ち上がった。

「駄目だ、まだ外は吹雪いてて危ないって先生が…」
「止むのを待てと!?そんな事してたら三之助が…!」

藤内は言い終わる前に部屋を飛び出していった。二人が彼を呼んだが藤内は聞こえていないかのように走り去る。


藤内は裏山に入った。雪が積もって足が取られる。吹雪で前がしっかり見えない。それでも見つけないと。今の季節一晩外で過ごしたというのなら、いくら体育委員で体力がある三之助でも厳しいだろう。

「…っ」
雪が鬱陶しい。隠すな、隠すな。白く変えるな。お願いだから、消してしまわないで。



「藤内!」
突然の声。腕を引っ張られて振り向いたら、探していた人の顔。
見つけたら怒鳴って叱ってやろうとか、一発くらい殴ってやるとか、色々思ってたのに。顔を見た瞬間全身の力が抜けて、ほっとして。

「っ三之助…!」

気がついたら三之助に抱きついてた。

「藤内、こんな吹雪の中何やってんだよ…!」
「それはこっちの台詞だ馬鹿!」
「…藤内?」

藤内の、三之助に抱きつく力が強まった。

「……怖かったんだ」

藤内が呟く。冷え切った三之助の身体が痛い。

「このまま見つからなかったらどうしようって」

時間が経てばやがて別れがくる。

「見つけられなかったらどうしようって」

それは嫌でも受け入れなきゃいけない現実で。

「雪で何も見えねーし」
だけど、
「……いなくなんな」

離れていかないで。そんな事、言えるわけもなくて。



不意に、三之助が藤内を抱きしめ返す。

「ごめん」

藤内がびくりと肩を震わせる。その“ごめん”は、

「どういう意味…」
「勝手にどっか行って」

その言葉に、また安心した(だけどそれは作兵衛に言ってやるべきだ)

「でも、」
「……」
「俺が藤内から離れられる事はねーな」
「っ!?」

言葉にしてないのに、どうして分かったんだ。いや、分かったわけじゃないんだろうな。ただ、思っていたことが同じだっただけ。


「俺が死ぬまで、傍にいてくれたら嬉しい」

そう言って、三之助の笑う気配。じんと目頭が熱くなって、ツンと鼻が痛くて、それをごまかす様に顔を三之助の胸に埋めた。

「三之助」
「うん」
「もう迷うな」
「迷ったんじゃない、道が分からなくなったんだ」
「…馬鹿野郎」

ぎゅっと三之助が藤内を強く抱きしめた。それに答えるように藤内が三之助の服をぎゅっと握る。

「暖けぇ」

誰かが一緒だったら怖くない。
この言葉の意味を今知った。