律儀に同じ長さに切り揃えられた爪だとか、節くれだった指にできたマメだとか、エースはマキナの手と自分の手を重ねてみて、はじめて自分にはないものを知った不思議な気持ちになった。あたたかくて優しい手。自分の女性じみた細くて軟弱なものとは違う、大きくてしたたかな手だ。
「いつまでここにいるんだ?」
マキナは至極やさしく、腫れ物に触るように問うた。肩に頭をのせるみたいに首を傾げる。体重を支えた片腕がベッドシーツにくしゃくしゃのシワをつくっていた。
それを見て、エースはマキナの手を解放すると、顔を覗き込んで微笑む。
「マキナが眠るまで、かな」
「なんだ、バレてたのか」
「そんなに深い隈を作っていたら、誰だって気付くさ」
そっと手を伸ばし、くっきりと黒ずんだ目元を、人差し指で撫でた。マキナは一瞬だけおどろいたように目を瞠ったが、なにも言わずただゆるりとまぶたを下ろして、表情を弛緩させる。
「いつから寝てないんだ?」
「一昨日は寝たよ。悪夢で目を覚ましたけど」
エースは一度手を引き、今度は頬骨に手を滑らせて、輪郭をなぞった。存外乾燥している感触は、多少なれど肌が荒れていることを呈していて、たまらず眉が寄る。見た目ではわからないことが沢山あるのだ。それを知ったのはほとんど最近のことであるが。
「子守唄をうたってあげようか」
マキナがぱちりと瞼を開く。子守唄? と反復された問いに、エースは顎をひいて首肯した。そう、子守唄。さらに繰り返して言えば、マキナがくすりと喉で笑う。
「なにかおかしかったのか」
「ああ、おかしい」
反論するために開いた口は、マキナに手首を掴まれたことで閉じられた。タイミングを逃してしまった。訝ってじいっと見つめると、指と指が絡んで、貝殻のかたちになる。
やはりマキナの手の方が一回りほどおおきいのだな、とエースはつい顔を俯けた。握られた手にぎゅう、と力を込める。マキナが上半身をマットレスに投げ出す。
「おいで」
子供をあやすみたいに優しい声、それに促されるまま、しぶしぶながらマキナの隣に体を横たえた。
「なにが、おかしかった?」
仰向けの横顔を見つめながら、静かに問いかける。マキナの手があたたかくて、とろりと瞼が落ちてきたけれど、まどろんでしまわぬようにあわてて持ち上げた。
「こうしていれば眠れるのに、子守唄なんて、おかしいさ。エース」
「うん、」
「俺が眠ったら、いっちゃうんだろ?」
そういえばそんなことも言った気がする。エースは小さく相槌を打って、今度こそ目を閉じた。繋いだ手は離される気配もなければ、離すつもりもなかった。
「……どこにも行くなよ」
マキナがぼそりと呟いた言葉が、じわりと鼓膜に浸透してゆく。もう目をあける気もおきなくて、表情はわからない。けれど確かにそれは痛切とした響きを孕んでいて、エースはやはり離したくないなとおもった。





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その手を悲しませてはいけないよ






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