乱雑に広げられた資料、ほとんど白紙のままのノート。目の前にある色素の薄くて鋭いひとみ、端正な顔立ち。凛とした佇まい、その人となり。ナインはつらつらとむずかしい言葉を並べるクラサメの声をバックグラウンドに、その人をじいと観察していた。
もともと特別補習なんてまともに聞くつもりはなかったし、クラサメ自身説明することに夢中で、ナインの手が止まっているのには気付かないらしい。案外抜けているのだ、とまたあたらしい発見をした。
「ナイン、聞いているか?」
「あ? 知るかコラァ」
「誰の為に時間を割いてると思っているんだ」
「頼んでねえんだよ」
授業をサボりすぎた報復だ。クラサメはそう言って、ナインに資料を突き付けた。ばっちりばれている。
こんなもの見たって、なんにもわかりはしないのに。ナインが露骨に顔をしかめると、クラサメの長い指が資料上のひとつの肖像画をさした。その偉そうな顔をした中年男がなんだと言うのだ。
「この人物の名前は」
「だから知らねえっつってんだろが」
「さっき説明しただろう」
ナインはぐ、と言葉に詰まった。先程なにやら訳がわからぬことを言っていたのは、この人物の説明だったのか。没年しか頭に残っていない。それ以外はほとんどずっと、クラサメの顔を見ていたのだ。
口ごもり思考したあげく、ナインはぽつりとひとつこぼした。
「クラサメ」
「は?」
「そいつの名前だコラァ」
クラサメは長く深く息を吐き出した。そういえば、そのマスクの裏のことは全く知らない。あまり知りたくない、とも思った。
「ふざけているのか?」
「ちげえよ!」
ふざけてなどいない。真面目に考えて出した結論だ。
「てめぇがこいつの説明してる間よぉ、俺はずっとてめぇを観察してたんだ。だからクラサメでいいんだよ」
「よくないな」
「あぁ!?」
理不尽に激昂するナインを無視して、クラサメは資料をぱたりと閉じる。それがおかしくて首を傾げると、クラサメは緩慢と顔を上げ、ナインとまっすぐに視線を合わせた。
「私を観察するための補習ではないはずだが?」
そんな当たり前のことはわかっている。いくらなんでもそれくらいはわかる。あまりの馬鹿にされように腹が立って、ナインはぱっと目を逸らした。机に頬杖をつき、唇を尖らせる。
「シンクとジャックはいいのかよオイ。あいつらだって」
「彼女らは授業には出席している」
そしてクラサメは厭味な人間だ。とても。事実を言われただけなのだが、どうにも納得できない。どうせ自分ひとりなのだったら、尚さら放って置いて欲しかった。
「私と二人で補習が嫌なら、まじめに授業を受けるんだな」
「誰もそんなことは言ってねえだろうが」
嫌なのは補習であって、クラサメといることではない。そう付け足すと、クラサメは一瞬驚いたような表情をして、それから至極おかしいというように吐息で笑った。
この人は、こんなふうに笑うのか。やけに柔らかく笑うのだな、とまたひとつ見つけた。
「そう何度も観察させてやる時間を作れるくらい、暇ではない」
「そうとも言ってねえ!」





/201111020615
ハロー・マイラブ






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