後頭部が壁にぶつかって、ごつ、と音を立てた。痛みはなかったが、押し付けられているせいで圧迫感が酷い。
エースは抵抗するべきか迷った手のひらを、腿の横で拳にした。かさついた長い指が頭髪に差し込まれ、そのまま頭を固定する。迂闊に動かせないなとおもっていると、柔らかく呼吸を奪われた。唇だ。唇同士が一瞬だけ触れ合って、すっと離れていく。
「COMMでも繋げるか? クラスのみんなにも、隊長にだってだだ漏れになる」
マキナは皮肉を言うのも、人を虐げるのも得意ではないんだと、エースはその顔を見て、声を聞いて知覚した。細い息が振動して空気を揺らし、沈黙に溶ける。眉をひそめて笑えるくらい器用ではなくて、その輪郭さえ悲痛な色に染まっていた。
エースは唇をきゅっと一文字に結ぶ。
「したいなら、すればいい。マキナがそうしたいなら」
エースから身体を離して、マキナは歯噛みした。くそ、と短く呟いて、壁に蹴りをいれる。
抵抗して欲しいのだろう。無理矢理できるだけの理由が欲しいのだろう。くれてやることはできたが、そうはしたくないと、エースはおもった。
「腹が立つんだ、その態度。見下されてるみたいで」
マキナがぽつりと口を開く。所々、語気が強まったり弱まったりするのが、彼の不安定さを露呈していた。
「こんな、……死んだ人間のことでいちいち激昂して、ばかみたいだと思ってるんだろ」
エースは答えなかった。顔を俯けたまま、ただ黙ってマキナの言葉を聞いていた。
「あんたに酷いことして、ウサ晴らしにもならないのに」
語尾が揺れて、滲む。
「なんとか言えよ!」
したたかに胸倉を掴まれて、エースは反射的に顔を上げた。翡翠色の瞳と視線が絡んで、身じろぎひとつできなくなる。
判然としない声から、なんとなく、わかってはいた。マキナが泣いていることくらい。
透明な雫がマキナの頬に筋をつくり、絨毯敷きの床にぱたぱたと落ちて、その色を濃くする。
エースはゆっくりと手を伸ばして、自分よりすこしだけ体躯のおおきいマキナの身体を、ぎゅうと抱きしめた。
「やさしいな。やさしすぎるよ、マキナ」
胸倉を掴んでいる手から、力が抜けてゆく。そのうち重力に従って、マキナの腕はふらりと投げ出された。倒れ込んでしまわないよう、エースは抱きしめる力を強くした。
「エース、……う、エース」
しゃっくりと嗚咽混じりに名を呼ばれて、エースはつられて泣いてしまいそうだとおもった。鼻腔の奥がつんと痛くなり、涙腺が緩むのを必死で堪える。
肩口で泣きじゃくるマキナの涙の、そのひとつひとつが重たく肩を湿らせるのが、ひどく胸を締め付けた。エースは抱きしめていた腕をほどいて、やさしくマキナの顔を上げさせる。
止まらない涙で濡れた瞳も、赤く染まった頬も、ぐちゃぐちゃだけれど、人間くささがとても愛おしい。さっきのマキナよりも、ずっとマキナらしくてきれいな表情だ。
エースは微笑を浮かべてみせて、それから、そっとマキナの頬に触れた。爪先立ちになり、唇をマキナのそれに重ねる。一瞬だけ触れ合って離れていく、つたない口づけ。マキナがしたのと同じ、やさしいキスだ。





/201111010603
優しいキスしかできないくせに






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