「恋をしているのだと思います」 突飛過ぎる言葉の意図は、おそらく本人しか理解できていないだろう。トレイらしからぬ、場違いにもそう思いながら、エースは数回まばたきして、トレイのそのひとみを見つめた。 「失礼。私としたことが、言葉が足りませんでしたね」 教室にはもう人も残っていなくて、淡々としたトレイの声だけが、寂漠とした空間をぽつりと埋めてゆく。次の作戦について皆の意見を纏めたかっただけなのに、どうしてこうもプライベートな話を持ち出されてしまったのか。思考に一段落ついたところへ転がり込んだ自分が、格好の獲物になったとしか思えない。 後悔は先にたたないが、今回ばかりはタイミングを誤ったと、エースは内心にため息をついた。あきらめて、トレイの話に耳を傾ける。 「四六時中ひとりの人間のことを考えてしまうというのは、なかなかに厄介なものですね。ときにエース、あなたは恋をしたことがありますか?」 えっと短く声を上げて、エースはひとつ咳ばらいをした。急に話を振らないで欲しい。いつもはいったん始まると止まらないトレイの話ゆえ、少々油断してしまっていた。考えるまでもなく「ない」と簡潔に返答する。 「そうですか。結構です」 言ったきり、トレイはしばらく黙り込んでしまった。顎に手を添えて、まるっきり考える人になってしまっている。 なんとなく立ち去れる雰囲気じゃなくて佇んでいるが、用がないのなら帰らせてもらいたい。エースが声を掛けようと口を開くと、先回りするみたいに、トレイがエースの右手を掴んでしまった。 「トレイ?」 両手で包み込むように握ったまま、なにやら深刻そうな表情だ。そんなに思い悩むほどつらい恋をしているのだろうか。思わず同情して、エースは左胸のあたりが苦しくなるのを知覚した。 「側にいるだけで胸が高鳴ったり、所構わず触れてしまいたくなったり、あなたのことを考えると、えもいわれぬ気持ちでいっぱいになる。私はこの感情を恋だと結論づけましたが、正直なところ、あまり納得ができないのです。不安定な感情だからこそ、不確定要素も多くて……そう、言うなれば理屈ではないのかも知れない、と、そうも思える」 それだけ難解に考えれば思い悩みもする、と、エースはなかば呆れ果ててしまった。左胸の痛みが急速にひいていく。ものすごく利口なような口ぶりでも、言っていることはほとんど馬鹿に近い。 要約すれば、いま、とても理屈っぽい告白をされた。妙な感情論を共に説かれたので、あまり実感はわかないが。 「トレイ、もう少しわかりやすく、頼めないか?」 もっと真っすぐに、気持ちを表現できる言葉があるはずだ。知っているだろうか。トレイが低くうなる。ええと、それは、つまるところ。 「好きです」 /1110240355 恋ということばのこと |