話が噛み合わない。そう思ったときに感じるのは、生活観念の違いやジェネレーションギャップでも、カルチャーショックの類いでもなかった。
純粋に、ただ、価値観が違う。物事の捉え方は同じでも、感じ方が違う。ほんの世間話だろうが、その違和感はそこここに散らばっていた。
バナージはそれを不快に思わない。理解しようとする努力の過程で、否定的になってしまうのが嫌だった。親しい者が対象だとするなら、なおさら。リディにはリディの考え方があって、そこに入り込むのは容易くないのだ。心地好い声が耳朶を打ち、心のどこかに引っ掛かって絡み付いたって構わない。バナージは相槌を打つだけだった。
「リディ少尉」
ビンテージ風情の雑誌に目を落としながら、リディは、なに? と答えた。一片の汚れさえ見えないようなライトブルー。透き通ったその瞳をしばたく。少し眉根が寄ったのを、バナージは見逃さなかった。
リディは「少尉」と呼ばれると嫌な顔をする。これはバナージにだけだ。彼は軍人であるからして、階級で呼ばれることなど常時なのに、バナージに呼ばれると一瞬だけ嫌な顔をする。そのくせこちらへ視線を合わせようとしないのだから、卑怯だ。
バナージは自惚れではなく自分が特別だと思えたから、わざと「少尉」と呼んでいる。リディはそれを知ってか知らずか。こんなふうに優越感を得るのもいい、と、バナージは色ぼけた脳みそで思う。
「なんでもないです」
特に話すことはなかったが、世間話でもしようとして、やめた。リディは誌面の大好きな飛行機にくぎ付けだし、きっと返事は上の空だろう。バナージが後日同じ話題を振ってみたら、見事に覚えてない、なんて当たり前だ。
こういうのは割り切れる。人には好きなことに没頭する時間が必要だ。慣れであれば、妥協でもあり、細部まで尖りに尖った神経など、そんなふうに自らも痛みを感じる必要性はない。
「変なヤツ」
リディは誌面から目を逸らさず、苦笑混じりの呆れた声で言った。
「変なヤツですよ」
バナージはテーブルに置き去りにされたティーカップの中、紅く透明な水面に映る自分の顔を見た。リディの言葉を口中に反芻し、へんなやつなんです、と言い訳をしてみせた。誰に対してではなかった。
掬うようにティーカップの取っ手を持つと、ちゃぷと波打つ紅。衝撃で広がった波紋が、緩やかに小さくなってゆく。バナージはそっと、白い縁に口をつけた。
ああ、さめている。





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無い物ねだりが劣情を飼い殺している






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