底の薄いローファーが、リノリウムを蹴ってパタパタと鳴った。惣菜パンの袋二つを摘んで、立入禁止の表示を飛び越える。
実際のところそれは、そう、ただの紙でしかなかった。律儀に規則を守る傍ら、まったく意に介さない生徒もいれば、屋上へ続くドアの鍵はどこかの誰かが壊したまま修理すらされていない。

ズレた眼鏡のブリッジを押し上げて、ぐるりとドアノブを捻る。不愉快な金属音を背に、正面から浴びる風はひどく冷たかった。こんな所で昼食をとろうなんて、相当の物好きだ。
なびく金色の前髪を右手で押さえ付け、ダリルは足早にフェンスの側へと歩み寄った。
「それ、飽きないワケ?」
まったく事故防止などはされていない錆びたフェンスに背を預け、パンの袋を開ける。
「飽きないよ」
集は膝に広げた手製の握り飯をかじりながら、抑揚のない声で返答を寄越した。端末に指を滑らせているのは見て取れたが、何を閲覧しているかまではわからない。ダリルの眼鏡は伊達なのだ。レンズに隔てられては、普段見えるものすらぼやけてしまう。
「僕は見飽きたんだけど」
あんたが端末いじりながらおにぎり食ってるとこ。そう付け足して、先程封を切った焼きそばパンを口に運ぶ。だったらこなければいいのに、との呟きは無視した。
冗談じゃない、と思う。これはせめてもの妥協だ。昼時の教室の賑わいも、大衆食堂に花咲く談笑も、ダリルにとっては喧騒に他ならない。
わざわざ頭が痛くなる思いをするくらいなら、そら寒い屋上で桜満集の隣に並び、購買の惣菜パンをかじる方がまだマシだ。そう判断したのだから、光栄にさえ思って欲しいくらいだと言うのに。

邪魔な眼鏡を外してワイシャツのポケットにしまい込み、集が指を滑らす端末の画面を覗き見る。
芸能人のゴシップ記事。横暴な文面は、ただただ胸糞が悪かった。色恋沙汰の噂話というのは、至る所に転がっているということだ。どこにだって。
「ねえ、僕達も付き合ってみる?」
焼きそばパンを平らげて、ダリルはコロッケパンの封を切った。わけもわからず「はあ?」と見上げてくる集の視線を頬に受け止め、ボリュームのあるそれを頬張る。くどく口の中に残る味だが、嫌いじゃなかった。
「だから、カレシカノジョになろうか、って聞いたの。彼女にはなれないけど」
さりげなく言って、集の目を見る。今日はじめて合った瞳には、困惑の色が揺れていた。なんてくだらなくて馬鹿馬鹿しい。冗談だと一蹴しようとした矢先、
「む……り、だよ。僕達じゃ」
先手を打って振られてしまった。集は語尾を萎ませながら、立てた膝に顔を埋める。
――なんだこれ、面白くない。
残りのパンを口にほうり込んで、ダリルは錆びたフェンスを掴んだ。
「案外お似合いかもよ?」
咀嚼しながら吐いた言葉に、例外なく集が聞き返してくる。ゆっくりと嚥下した後も、ついぞ言い直す気にはなれなかった。
「冗談に決まってるだろ。何本気にしてんのさ」

そうだ。まったく事故防止などはされていない。





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投身した退屈に告げるさよならもなく






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