05 隙間を埋める
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高杉は、その赤く、宝石のように綺麗な瞳を見つめた。
瞳の奥にうつるのは、幼き日の記憶。
浮かんでは消えて行く、幸せだった日の出来事は、どうあがいても戻っては来ない。
高杉はそれでも目の前の男にあの頃の笑顔を浮かべてほしくて、今日やってきた。
約束を果たせるほど、体力も知識も、軍も持った今。


「やっと見つけたぜ、あの幕府の狗どもが邪魔をしてくれたおかげで、だいぶ時間がかかったがなァ」
煙管を取りだし、満足げにそこで一服する。
風のない室内は、煙管の甘い紫の煙を充満させ、それまで静かに見守っていた新八と神楽は思わずむせて咳をした。
「…で、お前は俺をどうする気?」
咳をした子供達を労るかのように、銀時は背中をさすってやる。
しかし、その赤い瞳はまっすぐに高杉を見つめていて、少しばかりの期待と、不安が入り交じったような不思議な色をしていた。
高杉は再び煙を今度は、窓際にむかって吐き出す。
そして、そろりと銀髪に触れた。
「一緒に来い…は嫌なんだろ?てめぇのことだ。そこの餓鬼おいて行けねぇとかいうんだろうよ」
そろりそろり、透き通るほど綺麗な銀色をした銀時の髪の毛を、高杉は撫でる。
煙管は机の上におかれていて、左手がなにかもの足りなさそうにそれを弾いた。
かたん、かたん。
かすかな物音が静かな万事屋に響く。
「だから、俺が側にいてやる。たが、鬼兵隊を捨てる訳じゃねぇし、考えは変わらねぇ。だが、ここに居てやる」
「は…?」
銀時は、間抜けにも目を見開き口を半開きにして、高杉を見つめた。
ぐしぐしと高杉の手は先程よりも乱暴に銀髪を撫でる。
「ここに、いてやるよ。ただし、鬼兵隊にも顔を出さなきゃならねぇ。たまに居ねぇときもあるが…」
そこで高杉は口を閉ざし、どうする?とでも言いたげな視線を、銀時に投げた。
「銀ちゃん」
高杉の瞳を見つめて考えを馳せていた銀時に、赤髪の小柄な少女、神楽は不安気な声で名を呼ぶ。
その声に、視線をそちらへ向けると、神楽の手がぎゅっと自分の服の袖を握った。
「私、銀ちゃんが幸せなら、この片目がいても平気アル。私達のことは気にしないでいいネ。自分を一番に考えるヨロシ」
濁りのない、透き通った空色の瞳が、真紅の瞳に訴えかけるかの如く見つめる。
神楽も銀時を好いており、また一番に幸せになってほしい相手でもあるのだ。
それは新八も一緒で。
子供二人に、両袖を捕まれ真剣に見つめられた銀時は、頭をふって、嬉しそうにふんわりと笑った。
幼き日の面影を浮かばせるかの如く、屈託のない笑みを。

あの時の約束は、終戦と共にどこかに消え失せたものだと、ずっと思っていた。
高杉といつの間にか離ればなれになり、自分は当時の異名から逃げるかの如く姿を眩ませたのだから。
なのに、この旧友は覚えていてくれていて、ずっとさがし続けてくれて。
銀時はこの三年、痛む胸を抱えて夜な夜な泣きながら後悔ばかり募らせていた。

あの日あの時久しぶりにあって、敵となった高杉を見て、本当は駆け寄りたかったのだ。
自分もつれていってくれと。
だけど、自分には守るべき、大切な家族ができて、それが後ろから悲痛な声で叫ぶから、必死に足を止めて。

でも今、二人が行けと言ってくれる。

あの日後悔して悔やんでも悔やみきれなくて、久しぶりに高杉への想いに気づいた瞬間。

銀時は泣く事しかできなかったのだ。

子供達の頭をなで、銀時は目の前で珍しく待ってくれた愛しい人を見つめて手を差し出す。

「高杉、」

その一言だけで、相手には伝わったようだ。
くっついて離れない子供達を無理矢理引き剥がすと高杉は、おもいっきり銀時を抱き締めた。

「片目、勘違いすんなヨ。銀ちゃんは私のものネ!」
引き剥がされ、ムッとふくれた神楽は、大好きな銀時を抱き締める高杉の頭に、傘を向ける。
その顔は笑顔に満ち溢れていた。
「いえ、僕のです!」
負けず新八も名乗り出るが、神楽の傘が自分に向いたことにより、その場で尻餅をつく。
蒼白な顔をして首を降っているのは、目の前の神楽が直ぐにでも発射しそうな勢いだからだ。

「おめーら、うるせぇぞ」
ひょこりと高杉の肩から顔をだした銀時は眉間に僅かばかりシワを浮かべた。
その表情をみて、神楽と新八はほっと胸を撫で下ろす。

強張った表情を日頃何度目にしただろうか。
きっと気づいていない銀髪はうまく笑えていると思い込んでいたのだろう。
実際には、全然笑えていなくて。
見ている側が思わず抱きしめてしまいたくなる衝動に駈られるほど寂しげな、悲しげな顔をしていたのだ。

「おい、神楽。今日は新八ん家行け」
ぱちくりと、神楽は瞬きをしたあと、ニヤリと笑うと
「今日だけは素直に聞いてやるアル!」

元気よく返事をしたのだった。


 

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