小説 | ナノ

I miss you を伝えなかったけれど


自室で寝転んでいるときに、ふとカレンダーに目を向けた。明日から5月だというのに、カレンダーは4月のままだった。そろそろ変えなければ、と私は起き上がって、4月の紙をベリッと剥がす。そこには大型連休の存在を主張する赤い数字の羅列が顔をのぞかせていた。ああ、今年のゴールデンウィークは四連休か、などと軽い感想を抱いた後、すぐにある日にちに意識をむける。5月5日、こどもの日。世間では子供の成長を願う端午の節句ではあるものの、私にとっては特別な日だった。

「もうすぐだな」

皇綺羅、私の大好きな彼がこの世に生を受けた大切な日。
彼とは数年ほど前から一緒に住むことになった。私も彼と同じ高知出身で、彼が東京へ飛び立つ前から付き合ってはいたものの、当時私は高知県内の大学に進学予定であったことから、彼にはついて行かず、遠距離恋愛となった。数年後、彼の近くに行きたいからという半ば不純な動機で都内の企業に就職して、晴れて綺羅と二人暮しすることとなったのだ。彼に渡すプレゼントはもう用意してある。仕事の帰りにデパートで発見して、これだと思って即購入をした。シックなラッピングを施してもらい、自宅の収納にしまってある。あとは当日を迎えるだけだった。
5月4日、ゴールデンウィークで私は仕事が休みだったが、アイドルである彼に祝日という概念はなく、早朝から仕事へと向かった。帰りは夜遅くなる、との連絡がきたので、たまには私が夕飯を作ることとなった。
思えば、同棲してから、ほとんど料理を彼に任せっきりだった。ただでさえ仕事で心身ともに疲れ果てているというのに、何一つ文句言わず、手の込んだものを毎回作ってくれる。本人は料理は得意だから平気だとは言っていたものの、せめて私ができるときはしてあげたかった。とはいえども、彼ほど上手に料理ができるわけでもないので出来上がった料理には私自身苦い顔をせざるを得なかった。もっとも、毎回彼は「美味い」と一言だけつぶやき、すべての料理を平らげてくれる。絶対に美味しいとは言えないはずなのに、そんな彼を見るたびに「愛されている」ことを実感する。

「名前……ただいま」
「おかえり!綺羅!」

玄関から聞こえる愛しい声に反応して、私は料理していた手をいったん止め、玄関へと向かう。
5月といえどまだ夜は少しだけ寒いのか、黒のジャケットを羽織っていた。全体的に締まった身体は、黒色をよく引き立てている。彼の持つかばんを持ってあげると、綺羅はくしゃっと私の頭を撫でてくれた。

「夕飯……作って……くれたのか」

キッチンから漂う、シチューの匂いに彼は綻んだ笑みを浮かべた。

「うん、私今日休みだったからこれくらいはと思って」
「そうか……もう……出来てるのか?」
「まだ!あとは最後にちょっと煮込んでご飯が炊ければできるよ」
「名前は……まだ食べて……ないのか」
「うん、だって、一緒に食べたいから……」

そうか、と穏やかに微笑みながら、私の頭を優しく撫でてくれた。彼の手は大きくて、温かくて大好きだ。

ご飯がちょうど炊けたので、テーブルに料理をならべる。シチューをよそった皿にはとマッシュポテト、ホウレンソウ、ニンジンなどといった付け合わせがゴロリと乗っていて、彩り豊かになっている。
着席し、いただきます、と二人で手を合わせ、シチューに手をのばす。

「美味しい……。上手く……なったな、……料理」
「そう?ありがとう」

今日の料理に、彼は少しだけ驚いたようだ。
それもそのはずで、同棲し始めたときは、料理の腕はかなり悲惨だったのだ。今までほとんど料理したことがなかったし、何かを作るということが基本的に苦手だった。
なので、味付けが極端に濃かったり、薄かったり。焦げてたり半生だったりといった凄惨な料理を綺羅に食べさせてしまった気がする。それでも彼は、黙って食べてくれて、時間のある時は料理を教えてくれたりしてくれた。

しばらく、二人でソファに腰かけてテレビを見ていた。彼と同じメンバーの天草さんが出演するバードウォッチングの密着番組だった。鳥の種類について、天草さんは滑らかに解説する。詩人のような言葉遣いに思わず引き寄せられる。
ボーン、鐘の音が鳴り響く。同棲祝いにと鳳瑛一さんが綺羅に贈ってくれた大時計からだった。その音で日付が変わったことを知らされる。つまり、5月5日となったのだ。

「綺羅!お誕生日おめでとう」

そういって、半ば慌ててソファの近くにおいてあった群青色の紙袋を差し出す。突然のことに、彼は、黄金色の目をまるで満月みたいに丸くした。

「これは……?」
「あけてみて!」

封を開けるのを催促する。ガサガサっと、包装紙が丁寧に広げられ、フタのある黒の細長い箱が姿を現した。綺羅がパカッとそれを開けると、艶のある上品な生地が顔をのぞかせた。

「ネクタイ……」

私が彼に選んだプレゼントは群青色のネクタイだった。背が高くて細身でスラッとした体型をさらに引き締めるような濃い色のネクタイは、きっと彼にピッタリだろう。

「…うさぎ?」

よくよく見ると、うさぎのシルエットが隠れるように、控えめに主張している。彼といえばうさぎ、というのはある意味でエンジェルの間で専ら話題になっている。

「そういえば……名前から始めてもらったプレゼント……うさぎのバッジだった……な」

今から数年ほど前、彼が高知を旅だったあの日。私は東京へ向かうジェット機に搭乗しようとする彼の腕を掴んで半ば押し付けるように渡した小さなプレゼント。

「これ、綺羅にあげる。わたしだと思って、大事にして!」

うさぎは寂しいと死ぬ、なんていうジンクスがあるように。あの時彼には伝えなかったが、うさぎのバッジには私の「寂しい」という気持ちを全面的に籠めたものだった。当たり前のように一緒に過ごしてきたのに、突然遠くへ行ってしまう。そんなことが受け入れられなくて、彼から「東京へ行く」という意思を知ってからろくに口もきかなかったこともあった。
東京へ旅立って数日して、HE★VENSのお披露目舞台が生中継で行われたが、綺羅がまさか衣装の胸元に私があげたうさぎのバッジをつけてくるとは思わなくて、私は思わずテレビの前でひっくり返った。バッジは目立つように輝いていたものだから、マスコミにもちろん気づかれてしまい、「皇綺羅は可愛いものが好き!?」などとゴシップ誌に一時期取り上げられていた。

「まさか本番用の衣装で着けてくるとはおもわなかったな」
「あの時……・初めての……舞台で、これまでないほど緊張……した。だが、……・このバッジをつけてみると……お前が近くにいるような気がして……勇気がわいた」
「そ、そうなんだ……」

私のエゴで渡したプレゼントが、彼を勇気づけていただなんて、思いもしなかった。

「明日さっそくこのネクタイをつけてみようと思う」

綺羅は目を細めて柔らかく微笑んだ。いつも硬い表情をしているのに、私の前では時折このような表情をする。それがたまらなく、優越的だった。

「どうしてプレゼントをネクタイにしたかわかる?」

彼の足を引っ張りたくない、という良心もあったのか、あの時は、「さみしい」という気持ちをこめたことをはっきりと伝えなかったけれど。今は、このプレゼントに籠めた意味を、分かってほしい。
女性が男性にネクタイを贈る意味を。そして、柄にうさぎを選んだその理由も。

「……!」

私が言葉にしなくとも、教養のある彼にならきっと伝わる。

「首ったけ、あなたに夢中です。ずっとあなたを求めている」

fin

うさぎを選んだのはうさぎは性欲が強いという事実から、ずっとあなたを求めているという気持ちを伝えたかった(ややこしい)
シチューとご飯を一緒に食べるか否かという争いがあったことに私は驚いています。何も疑いもせずにシチューとご飯一緒に食べてました…!デミグラスもホワイトも両方…

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -