小説 | ナノ

千年後の今日、元気であるために

もう新しい年度が始まるというのに、冬がまだ終わりを告げ切れていない。昨日は寒かったのに今日は暖かい。明日はどうなるのだろう。そんな不安定な気候がしばらく続いている。
新曲をHE★VENSに納品してしばらくして、私はとある準備を着々と進めていた。3月30日、日向大和の誕生日のお祝いだ。とはいっても、大々的に進めているわけでもない。本人に内緒ですすめたくて、他の人に悟られないようにこっそりと準備していた。HE★VENSは仲がいいという枠に収まりきらず、家族ともいえるような雰囲気だ。私が大和に何かを準備しているなんてことがメンバーに悟られてしまってはうっかりと本人にばらしてしまうだろう。特にヴァンはウッカリばらしてしまいそうだし、瑛一もよく喋るから、大和に伝わるリスクが高い。

「……そんな感じだ。……よくできてきている」

3月に入ってから私は綺羅とともにある作業をしていた。メンバーの中でただ一人、皇綺羅だけは私の心の内をしっている。
というのは、大和へのプレゼントのために、綺羅の力が必要不可欠だったのだ。それに綺羅は口数が少ないことに伴って、口が堅い。ウッカリメンバーにばらすということは殆どありえないだろう。

「もうすこし……そうだ」

綺羅がオフの日を見計らって例の作業をしている。それは私が突然やりたいという私の我儘。そんな私に彼は1か月近くも付き合ってくれている。私の一生懸命な意思を汲んでのことだろう、綺羅はメンバーの中でも一番といっていいほど人の気持ちの理解に長けている。

「できた!綺羅、どうもありがとう」

何度も何度も彼と作業を繰り返して、ようやく私の最終的な目的が達成できた。3月29日、大和の誕生日を迎える前日のことだった。ギリギリ間に合うことができてほっとしている。正直言って、曲の納品よりも切羽詰まっていたような気がずる。

「大和、きっと……喜ぶ」

綺羅は、ふっと美麗な微笑みを向けた。月色の瞳が優しげに揺らいでいた。綺羅からのお墨付きを頂けたので、自信満々に誕生日当日を迎えることができそうだった。

***

3月30日。ゲーム会社から委託を受けていた曲を作成していると、大和が事務所の寮に帰ってきたとの連絡を受け、寮のリビングへと急行した。そこで、メンバー全員と私で、彼の生まれた日を祝福するためちょっとしたパーティを開いた。瑛二が作ったイチゴのケーキに、綺羅が作った肉がメインの料理。食べ物に好き嫌いなくたくさん食べる大和は、見ているこっちまで元気にさせてくれる。
彼に用意したプレゼントを、いつわたそうか、パーティ終わってから、こっそり彼を呼び出して渡すのもいいだろう。そう思って彼に近づいてみた。大和と話していたヴァンは私の存在に気付いてそっと席を外してくれた。気を利かせた行動だろうか。
でも。

「大和」
「名前、あ〜〜……」

彼に早速声をかけると、ふいっとばつが悪そうに顔を背けられ、ナギのもとへといってしまった。いつも私を見つけてはにかっと笑ってくれる彼に避けられてしまったのが、あまりにも衝撃的で、後頭部を殴られたみたいな感覚がする。私は思わずその場で呆然として佇立してしまった。
それからというものパーティ中、彼は一向に私に話しかけもしないどころか、目すら合わせてくれなかった。
彼の不可解な行動が理解できず一人悶々とする。パーティが終わった後のむなしさ以前に心の中に大きな氷山ができたかのように呆気に取られていた。
メンバー各々片づけが完了して自室へ戻ろうとしているとき。私は部屋に向かう大和の背中を追いかけて行った。

「大和!パーティ中どうして目を合わせてくれなかったの?」

仮にも恋人である私の呼びかけにそそくさと逃げてしまうのはいかがなものだろう。今まで大和はそのような行動をしたことがなかったので不思議で仕方がなかった。
廊下を歩く彼がピタリと足を止めこちらに振り向く。そして、いつもよりも数段低い声でこう言い放った。

「綺羅といたければ、綺羅といればいいだろ」
「なんで?!ちょっとなんで綺羅?!」
「さあな」
「待ってよ大和!!」
「もう俺のこと好きじゃないんだろ」

心もない一言を吐き捨てて、黙ってズンズンと進んでいく彼に私は心なしかむしゃくしゃして彼の腕にぐいっとつかんだ。筋肉によって発達したその腕を片手で掴むなんてことはできなかったので、掴むというよりかは半ばしがみつくような感じだ。
いつも底抜けに騒がしい彼が静かに怒っているような気がして、不安で不安で仕方がなくなってきた。彼のこと好きじゃないなんてことありえないのに。

「勘違いしないで!ばかっ!」

訳も分からないその不安に耐え切れず、私はぐいっと半ば乱暴にプレゼントが入った紙袋を彼の厚い胸板に押し付ける。

「なんだこれ」

彼は不思議そうな顔をして包みを見る。

「プレゼント」
「おれにか?!!」
「他に誰がいるのよ」

信じられないといわんばかりに、大和は口をポカンとあけている。仮にも恋人同士なのだから、プレゼントを渡す行為を「意外」だと思われているのであれば心外だ。

「……あけていいか」
「うん」
「これ……」

がさっと多少雑に包みを開けて、彼は目を皿のように丸くした。

「しかもこれって……」
「大和のために1か月かけて作ったんだよ!?それなのに好きじゃなくなるなんて、そんなのってないよ。あんまりだよ」

途方もない感情が、涙となって私の視界を滲ませる。ぽたぽた、と私の頬に雫が伝う。人前で泣くなんていつぶりだろう。大和が慌てている様子が、涙越しに見える。
彼への贈り物。それは、世界でたった一つの大和のためだけの茶碗。特別な大和に、唯一無二のものを、そして彼らしいものをプレゼントしたかった。そこで思いついたのが手作りの茶碗だった。ひとり分というにしては、大きすぎるお茶碗。丼サイズといっても過言ではない。それでも彼にとってはちょうどいいサイズだろう。
エネルギッシュな歌とパフォーマンスは、エンジェルや私をいつも元気にしてくれる。その彼を支えるものとなるのが毎日の食事だった。メンバーの誰よりもよく食べ、よく動く。だからこそ、毎日実りのある食事を彼に摂ってもらいたい。今日も、明日も、来月も、来年も、再来年も。千年後の今日生まれ変わっても彼が元気に歌えるように。そんな思いのこもった茶碗をこの手で作りたかった。
陶芸が趣味だという綺羅に、ずっと指導を受けていて、3月から続けていた例の作業というのはまさしくこれだった。レイジング事務所は何でもありなのか、所内に小さな工房があり、そこにはろくろや色付けの釉薬はもちろん、作品を焼き上げる小型の電気釜があった。大和が「綺羅といればいい」といったのはきっと私がよく工房のために綺羅の部屋へと訪れたりしていたのを目撃したのだろう。

「ここ最近、名前が綺羅と行動しているから……その……なんだ……悪かった」

ぼそぼそ、と彼がばつが悪そうにつぶやく。

「おれのためだったんだな……ありがとよ」
「勝手にすねたりしてごめんな」

突如ぎゅっと大和に抱きしめられる。数十センチも彼より背が低い私は、大きな身体にすっぽりとおさまる。
目尻に溜まった涙を人差し指でそっと拭ってくる。彼の手の温度が私の冷たくなった頬を温めてくる。

「好きだぜ、名前。これでうめーもんたくさん食う。それで力貰ったらお前の作った曲を全力で歌う」

ガシガシッと頭を乱雑に撫でられる。ゴツゴツした手は、あたたかく、頼もしい。
彼の大きな胸に思い切りダイブするように抱きつく。驚かすんじゃねえよと彼に怒られてしまったが、彼はそんな私をじっと見つめ、触れるだけのキスを贈ってきた。

「あのよ……この茶碗で食うから、俺のために毎日ずっとメシつくってくれねえか」

唇が離された後、大和がぼそっと小声で囁いてきたその言葉の意味を私は理解すると、私の頬にボッと熱が集中した。
毎日彼のために食事を作る。それはどういうことなのか、分からないほど私は幼くはなかった。

「あ、あの、それは、その、つまり……」

真っ赤になってしまった私の顔を見て彼も自分の発言の重大さを自覚したのか、彼は一瞬で赤面する。太陽のような瞳が、泳いで揺れている。

「なっ、ばか!!早まってんじゃねえよ!」
「じゃあ変なこと言わないでよ!」

お互い恥ずかしくて、必要以上の声を上げる。そのやり取りが丸聞こえだったのか、後ろからナギが、「そこの夫婦うるさ〜い!」と叫んでいた。
流れが流れというものもあって、「夫婦」という言葉に過剰に反応した私たちは、お互い顔を真っ赤にして夫婦じゃない、とハモらせて言い返した。


fin

お誕生日おめでとう!!(恒例の大遅刻)
これからも、たくさんおいしいもの食べて力あるパフォーマンスを私たちに見せてください

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