小説 | ナノ

フワフワで甘々な、蜜色の口実

新しい年が始まって、もうそろそろ1週間がたつ。年末年始の忙しさがようやく落ち着いて、今度は皆日常へと戻ろうとしている。
HE★VENSメンバーも例外ではなく、クリスマス、大掃除、新年会、毎日ブログ更新、書初めなど、怒涛の行事ラッシュを潜り抜けた今、ようやく一息ついていた。
そして、HE★VENSのマネージャーとしてレイジングエンターテインメント事務所に雇用されている私は、仕事用の個室でコーヒーを片手に、今回のブログの全国への反響などをリサーチし、まとめていた。
その仕事がひと段落したころ、背後から甘えるような声が耳に届いた。

「ねえ〜名前〜…」

振り向けばそこにはHE★VENSの帝ナギがいた。歌の練習でもしていたのか、トレーニングウエアのままだった。
ナギが私の部屋を訪れることは珍しくはない。仕事の合間を縫って、よく私の部屋にお茶菓子を食べにくる。
あまりにも日課に近くなってるから、いつも駅前でお菓子を買うときは、自分の分だけではなくて、ナギの分まで多めに買っておいているのだ。
今日は確か、昨日仕事帰りに駅ビルで買った量り売りのクッキー屋のクッキーだ。彼はそこのチョコチップクッキーが大好きだからそれを多めに買ってある。

「ナギ、ちょうど休憩しようと思ってたんだ、クッキー食べる?」
「あ!食べたい!やった〜!…じゃなくて…その」

すこし照れ臭そうに言い淀んでいて、何か言いたげ、の様子だった。
そして、意を決したようにぐっと拳を握りしめながら、声を張り上げていった。

「明日は何の日でしょう?!」
「明日…?」

デスクにある卓上カレンダーに目を向ける。今日は1月6日。今日から仕事が始まるという人が多かった。芸能関係の仕事は不定休だからあまり私には関係なかったけれど…。
明日は1月7日。そういえばこの日付に見覚えがある。なんだろう、と頭をフル稼働させて一生懸命思い出す。ナギが私に聞いてくるということは…。

「あっ、ナギ誕生日!」
「せいか〜〜い!!よく覚えてたね!」

ナギはパア、と花咲くような笑顔を浮かべながら拍手してくる。さっきまですこしモジモジしてたのに、急にこの表情の変わりよう。ナギはまだ子供なんだなと実感する。

「そっか〜お正月終わったらナギの誕生日だよね。あ、何か欲しいのある?明日私お仕事お休み貰ってるから、何か買ってくるよ」
「え〜!本当?あ、あのね、実はボクもお仕事休みなんだ。だったら一緒に行こうよ!」
「そう?じゃあそうしようか。どこ行く?」
「先週、翔がロケしてた原宿のパンケーキ屋さん!」

チョコチップクッキーを頬張りながら、人差し指を立ててにっこりと提案する。
パンケーキが食べたいだなんて、ナギらしいといえばナギらしい。
ST☆RISHの来栖翔がリポートしていた例のパンケーキ屋はかなり人気店で、休日となれば待ち時間は数時間を下らない。
ただ、明日は平日なのでさほど混雑は予想されないだろうと思い、ナギの提案にほぼ二つ返事で承諾した。
当日は、原宿で待ち合わせることとした。

***

1月7日、ナギの誕生日当日、待ち合わせの時間。ナギは電車での移動は人目につくからと、自動車でやってきた。もちろん彼は免許を取得できないから、運転していたのは日向大和だった。大和は若干小難しそうな顔して車から顔を出し、ナギを見送った。

「気ぃーつけろよ。誕生日だからってはしゃぎすぎんなよ」
「平気だもん!名前がいるもん!」
「おー、じゃ、よろしくな、名前」
「帰る時、電話するね」

大和は手を軽くあげて車をバックさせ、来た道を戻って行った。

「名前、いこ?」

さっきまでむくれていたナギは私の手を繋いできた。目深く帽子を被っているけれど、その声色から、先程とは打って変わって爛々とした表情をしていることが推認できる。
目的のパンケーキ屋は竹下通り下って行ったところにあること、マカダミアナッツをふんだんに使ったメニューが看板であること、店の雰囲気が洒落ていることなど、道中はパンケーキ屋のレクチャーを受けていた。

「……えっ」

やっと店が見え始めたという頃。私たちは声を揃えて声を漏らした。ナギに至っては目を皿のように丸くしている。
人、人、人、人、人の列。一体何人いるのだろうか。店の前のエリアに、列が何重にも折り返している。
目的のパンケーキの入店に、ものすごい数の人が並んでいるのだ。目算だが50は下らない。

「…………ええ…平日だよね?」
「この間翔がリポートしたのが効いているみたい……翔のファンらしき子も結構いるよ」

たしかに列の中には翔がプロデュースしたカバンを提げている子がいる。彼の人気はとどまることを知らない。

「とりあえず、並んでみようか…」
「…うん」

最後尾の看板を持っているスタッフの所へ行けば、およそ5時間待ちだということを知らされた。パンケーキに5時間とは信じられない待ち時間だが、きっとそれだけの価値があるのだろう。そう思って私は少しだけワクワクしながら列に並んだ。

「しかしここまでとはね」
「きっと、それだけ美味しいってことなんだよ!」

常識を逸脱した待ち時間にもかかわらず、ナギは文句1つ垂れずに、いや、どこか嬉しそうにしていた。ナギのことだから、「翔が美味しそうにリポートするからぁ!」と口をとがらせてむくれるとおもってたのに。念願のパンケーキ屋にたどり着いたのがよほど嬉しかったのだろうか。
それから、私とナギはずっと他愛のない話をした。お餅を食べすぎたヴァンが正月太りを心配していることなど、専らメンバーの話題だった。
途中でしゃべりつかれたのか、ナギが突然だんまりを決め込んでしまった。少しだけウトウトしてて、眠たげな様子だった。
芸能関係の仕事は、年末年始こそが繁忙する。世間は仕事が休みで、家でテレビを見る機会が多く、バラエティ番組、歌番組などで芸能人は引っ張りだこ状態になるからだ。
今日一日オフだとナギは言っていたけれど、今日という自分の誕生日にお休みがもらいたいからって年末年始はかなり仕事を詰めていた。もちろん年齢が年齢なので法律上、遅い時間まで仕事は認められていない。だが夜中に自室で翌日の収録の台本を読み込んでいたりの自学自修に彼はずっと励んでいた。だから多少の寝不足気味なのだろう。私は何度も彼に休息を促したが、一度決めたことに頑固なナギは言うことをちっとも聞かなかった。成長期犠牲にしてしまう残酷な現実に私は胸を痛めている。

「大丈夫?眠いの?」
「大丈夫…こんなところでボクは寝ないもん…」

何度も目をこすっている。ここで帰る?というとナギのことだから「ここまで並んで帰るなんてありえない!」とかいって断固拒否するだろう。
そっと、ナギの温かな手を握ってやる。彼は一瞬驚いたが、「名前〜」と甘えるような声ですり寄ってきた。年齢の割に自立した子と思ってはいるものの、このような態度をとられると、やはり彼も年相応なんだなと考えさせられる。
私の肩に顔を埋めて抱き着いてくる。後方に並んでいるカップルが「前の姉弟、すごく仲いいね、うらやましい」と笑っていた。確かに私とナギの年齢差を考えれば姉弟に見えるだろう。変装が功を奏したのか、ナギが「HE★VENSの帝ナギ」であることはばれていないようだ。

「もう、仕方ないね…あ、ほらあともうちょっとだから」
「大丈夫〜こうしているだけだから」

入店予定時刻まであと1時間きっている。日も西に傾きかけており、だいぶ時間が経過したことを実感する。

「お次の二名様、どうぞ」
「ほらナギ、行くよ」

ようやく、実にようやく、私たちが入店することとなった。本当に5時間程かかっている。こんなに並んだのは初めてだ。
店内はアンティーク調でいかにも女性が気に入りそうな内装だった。いわゆる、SNS映えするというのか。パンケーキの甘い香りが鼻をくすぐる。
2人用の小さめな席に案内されると、ナギは爛々と目を輝かせながら、メニューを眺めていた。先程眠たげに私にすり寄っていたのが嘘みたいに。

「名前、どれにする??ナギはね、このイチゴたっぷりのにしようかな!可愛いナギにピッタリだもん」
「私はさっきナギがオススメしてくれたマカダミアナッツのやつにするよ」
「それもいいなと思ってたんだよね〜」
「じゃあ半分こする?私もいちご食べたいな」
「うん!!そうしよう!」

店に入ってからずっと機嫌が上々なのが、また面白くて可愛くてクスッと笑ってしまう。何笑ってるのー?と、すこし不貞腐れるものだから余計にその気持ちが募る。

「お待たせしましたこちら、ご注文頂いたパンケーキです」

愛想のいい男性店員が、私たちのパンケーキを運んでテーブルに並べた。
ふんわりとしたパンケーキにこれでもかと言うくらい大量のいちごやらマカダミアナッツのトッピングがされていた。頂点に鎮座するアイスクリームがケーキの熱で程よく溶けていて、生地に染み込んでいる。
もう見た目からして美味しそうで、正直、見てるだけで満たされる気分だった。視覚が潤っていくのを感じる。

「美味しそ!やっぱり見た目が可愛くてナギにピッタリだ!写真撮っちゃお。そして大和とシオンに自慢するんだあ!」

ナギは意気揚々とスマホを構えて、色んな角度から写真を撮っている。
そんな可愛い彼を見守りながら、パンケーキを口に運ぶ。
生地の滑らかな舌触りとシロップの程よい甘さ。シロップが十分にかかった所とそうでないところで食感が異なり、飽きない。ケーキの温かさとアイスクリームの冷たさがぶつかり合い、アクセントとなって舌を刺激する。マカダミアナッツの香ばしさが口の中に広がり、ケーキを包み込む。間違いなく、今まで食べたパンケーキの中でダントツで美味しかった。5時間程並んだ甲斐があったといえよう。

「んん〜美味しい!やっぱり思った通りの美味しさだ〜」

ナギは頬に手を添えて、幸せそうに目を瞑る。挙動がまるで女の子みたいに可愛くて見ているだけで思わず笑みがこぼれる。

「あ、そうだ。誕生日はパンケーキ食べに行きたいとか言ってたけどさ、せっかくならなにかあげたいと思って選んできたんだ」

はっとその存在を思い出し、今日待ち合わせ前に朝イチで原宿の某ファッションモールで買ってきた包みをナギに渡す。

「え?ナギに…?プレゼント…?」

彼にとっては予想外の事だったらしくて、パンケーキを口に運ぶ動作を一旦止め、目を丸くしてキョトンとしている。

「…何かな?何かな?」

受け取った瞬間、我に返ったようにウキウキ爛々と包みを開けていく。

「…カバンだ…!可愛い!ナギにピッタリじゃん!!」
「この間、カバン壊れちゃったと言ってたでしょ?」
「名前〜ありがとう!」

仕事帰りにカバンの紐が切れてしまって災難だったと泣きながら帰ってきたことがあった。
まだカバンは沢山あるからいいけれど、と本人は言っていたが、よく身につけていたものだから割とお気に入りだったのだろう。
それに。
これから青年として成長していく彼。出先で経験した楽しさも、幸せも、悔しさも、寂しさも、想い出全てそのカバンに詰めこんで持って帰ってきて欲しいから。事務所にこもりがちな私にそれを少しでも共有して欲しいから。いつのまにかナギが私の仕事部屋に訪ねてくるのが、密かな楽しみになっていたのだろう。

「ねえ、名前。今日の誕生日、どうしてここにしたか分かる?」
「……パンケーキ食べたいからじゃないの?」
「違うよっ」

少しだけムキになって私につっかかってくる。大きな目が少しだけ揺れていた。

「長い行列、並んでいる間、君を独り占め出来るから……だからこのお店選んだんだよ」

ナギはテーブルの方へ目を向け視線を逸らす。少しだけ頬が赤みを帯びていた。

「マネージャーだから、どうしてもリーダーの瑛一と話す機会多いでしょ、名前の部屋に行く時も休憩のほんのちょっとの間だし…名前とこうして長時間居られる、ボクにとっての最高のプレゼントってワケ……だって、ボクはずっとずっと、名前と一緒が良かったから」

少しだけ涙で濡れた瞳が私を捕える。どこでそんな表情を覚えてきたのだろう。いつもと少しだけ様子が違う彼に思わずドキッとした。彼は私のことをマネージャーとして慕っていた訳では無い、ということを何となく察した。
言いたいことを全て吐き出した様なナギはふうっと思い切りため息をついて再びパンケーキを口に運ぶ。

「ナギ」

自分でも驚くくらい優しい声色だった。

「いつでも私の仕事部屋に来て、ナギだったらずっとずっと、歓迎するから」
「当たり前じゃん!ずっとずっと、通ってあげるんだから……!」

その翌日から、ナギは今まで以上に私の部屋に通いつめた。
HE★VENSの寮から私の仕事部屋まで同じ所内の移動のはずなのに、私がプレゼントしたカバンをわざわざ提げてくる。「名前から貰ったんだもの、ずっと離さないよ!」とのことだった。よほど気に入ったのだろう。
私への好意をより一層ストレートに表現するようになった気がする。
やがて。
弟のように可愛がっていたはずの彼を、「たった1人の男の人」として切なる想いを抱くようになったのは、そう遠くない未来だった。


fin
ナギくんハピバ!!(恒例の大遅刻)


作中で食べてる量り売りクッキーは、あれです、なんとかおばさんのクッキーです。
あそこのチョコチップクッキー最強に美味しいんですよね。。

原宿で5時間も並ぶパンケーキ屋さんってあるのだろうか?原宿にはよく行くのですが食事はしないので分からないです……

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