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神も知らない歴史を共に刻もう

平日だが私にとっては休日である日の午後、のんびりと自宅でくつろいでいた時だった。今日の午後6時に、都内の某高級ホテルに来てくれと、瑛一からのLINEを受信した。なんの事だろうと思いながら、彼に電話すると、「それは着いてからのお楽しみだ!」と高らかな声での回答しか返ってこなかった。
彼の突拍子もない行動は今に始まったことではなく、それに私は何度も驚かされてきた。ただ、それも彼の魅力の一つで、鳳瑛一という人物のスケールの大きさを実感させる。
午後5時を回った頃、私は身支度を済ませて自宅を出発した。向かう場所が向かう場所なだけに、それなりの格好を…と思ったけれども、急なものだったから、仕事用のスーツしかなく、仕方なくそれを身にまとった。
電車に乗って、ホテルの最寄り駅まで向かう。夕方の都心の地下鉄線は、通学通勤の乗客で多くの人が乗車していた。部活帰りの高校生達が最近発売されたゲームの話について盛り上がっている。
車内で呼び出される理由について考えていたものの、きっと食事かなんかだろう、と考えていた。マスコミにバレないように2人で食事を楽しむため、高級ホテルを貸し切ることなど、彼ならきっとやるに違いない。
ホテルの最寄り駅に着いて、地上に昇る。首都の枢要部なだけあって、たくさんのビルが立ち並び、その光景に圧倒される。目的のホテルは駅の出口から歩いてすぐの所にあった。
ホテルの入口には感じのいいベルボーイが初老男性客の荷物を運んでいた。ちらっと目が合って、いらっしゃいませ、と慎まやかに挨拶されたので軽くペコりと会釈をした。
中に入れば、流石世界でも屈指のホテルなだけあってそのエントランスは高級感溢れる絢爛豪華なものだった。スーツを着ているとはいえ自分が来るには不釣り合いではないかと思ってしまう。
指定された場所に向かうと、そこはレストランや客室ではなく、会議やパーティの会場に使われる宴会場の入口だった。この中に瑛一がいるのだろうか。入口の横には今日の日付と「貸切、鳳様」と書かれてる看板があったので、おそらく間違いは無いのだろう。私は半信半疑で、重々しい扉をあけた。

「お待ちしておりました。苗字様」
「あ、あれ…」

そこにいたのは、瑛一ではなく、数名のホテルの従業員だった。私の入室を確認するなり深々と頭を下げる。一体なぜスタッフにこのような歓迎を受けるのだろうか。不思議に思い、呆然とたっている私を、スタッフがこちらです、と会場の壁際へと誘導した。

「あ、あの…………」
「鳳様のご要望により、少々苗字様のお時間を頂戴致します」

そこには、エレガントな装飾が施されている大きな鏡と、その手前に美容院によくあるような、大きな椅子があった。
早速その椅子に座らされ、髪を梳かされる。美容師なのか、慣れた手つきで、私の髪をアレンジする。ヘアアイロンをかけたのなんて、いつぶりだろう。
そして、ヘアメイクが終わったかと思えば、休む間もなく、今度はメイクを施される。まるで、魔法にかかったみたいに、どんどん私は変わっていった。まつ毛をいじったのなんて、友達の結婚式に出席した時以来か。

「さあ、苗字様、こちらをお召になってください」

シンデレラのように魔法がかけられた私は、もう目の前で起こることを素直に受け入れることしか出来なくなって、言われるがまま用意されたものを着用する。

「これ………私……?」

全面鏡をみて、思わずハッとする。まるで一国の姫のようというのか、私は上品で可憐なドレスを身にまとっていた。鏡に映る私は、確かに私のはずなのに、自分ではないみたいな不思議な感覚。
お似合いです、というスタッフの歓声とともに、さあさあこちらですよ、と宴会場の外へと誘導される。どこへ連れてゆかれるのだろうか。ホテル内にいる客が物珍しそうに私を見ていた。ほんの少しだけ、照れくさかった。
しばらくして、ホテル内の他とは違う重々しい扉の前についた。スタッフがそれを開けると、その中は荘厳な光景が広がっていた。

「す、すごい………」

入ってすぐに目に付いたのは、奥にある荘厳なる祭壇と圧倒的存在感を放つステンドグラスだった。そして、上を見上げれば、天に届くほどの突き抜けるような天井。そんなゴシック様式の内装に圧倒されていると、突如照明が消えて、あたりが暗くなった。
自分の足元さえ見えないほどになった。 慌てていると、会場内に音楽が鳴り響き渡る。

「あれ、この曲」

荘厳なオルガンのメロディ。私はこの曲をどこかで聴いたことがある。あと少しでその答えが出る、という時に。大好きなあの声が聞こえてきた。

「汝、愛を捧げよ」

その合図のもとに、会場がボヤっと薄暗い照明に照らされる。まるで緑色の炎が辺り一面を覆い尽くすようだった。

「輪廻を辿り艶やかに」

そしてどこからともなく、歌が聞こえる。この曲はそう、今から10年ほど前に王国ライブで披露していた、「愛を捧げよ」だった。
HE★VENS7人の曲ではあるが、どうやら瑛一がソロで歌唱しているのか、今この場に聞こえてくる歌声は彼のものだけだった。必死に彼の姿を探そうとするも薄暗くてよく分からなかった。
右往左往している中、歌声は段々私に近づいてきて……。

「わ!」

やがて私は攫われた。突如抱いた浮遊感、目の前に現れた、瑛一の残酷なほど綺麗すぎる顔。私は彼にいわゆるお姫様抱っこされたのだ。
瑛一は、この曲「愛を捧げよ」のステージ衣装を身にまとっていた。このゴシックな会場にピッタリな中世的な衣装。ああ、この衣装は確か…。
歌に合わせて私を抱えながら瑛一が会場内を動き回る。荘厳かつ力強い曲調に、瑛一のミステリアスな歌声がマッチする。まるで炎を纏うようようなハーモニーに聞き惚れてしまう。そして、成人1人抱きかかえながら、息を切らすことなく完璧に歌い続けている彼に脱帽する。
およそ5分あまりにも渡る歌唱が終わり、部屋の明かりが通常に戻った。瑛一は私をその場にそっと降ろす。

「よく来たな、名前。待っていたぞ」
「あ、あはは、お、お待たせしました……」

「今日は、どうしたの?ホテルに呼び出したりして……それに、その衣装……」
「この衣装は、お前と出会うきっかけとなったものだな」

彼の言うとおり、「愛を捧げよ」の衣装は私と瑛一をある意味引き合わせてくれた、と言っても過言ではない。
私はレイジングエンターテインメント事務所のスタッフとして勤務している。もう10年も前の話だが、かのマジLOVEキングダムライブが丁度私の所属後初仕事で、「愛を捧げよ」の衣装準備補助としてその仕事を全うしていた。
新卒で入所した私にとって、仕事場の何もかもが初めてで、先輩について行くので必死だった。元々要領も悪く、いつもくだらないミスをしていた気がする。周囲からは、「こいつ大丈夫なのか」と心配と哀れみの視線を向けられることが多い。時には「真面目にやっているのか!!」と激しい叱責を食らうことがあった。でも、私なりにミスを出さないように努力はしたつもりだった。

ある時、衣装製作のために必要な曲のイメージと世界観を瑛一に直接伺う機会を得た。というのも、先輩がメインに質疑し、私はそれをメモに書き留める、という先輩の付き添いではあったが……。
一通り彼へのインタビューを終えたところ、瑛一が突然私を見て、こう言い放ったのだ。

「新入りの苗字名前、だったか。まるで初めて仕事するとは思えないほど直向きな取り組み……イイッ!まさにHE★VENSのスタッフにふさわしい!」

衝撃だった。常に「大丈夫か」と心配しかされていなかったのに、彼が初めて、いや、彼だけは、「ふさわしい」「良い」と評価してくれたのだ。
私は、彼のこの言葉にきっと救われたのだと思う。それから、彼をアイドルとして、というより1人の人間として見つめることが多くなった。
彼が口を開けば、HE★VENSメンバーに対する褒め言葉ばかり。メンバーへの信頼が相当厚いのだろう。彼の言葉には嘘がないから、心に、魂に直接流れ込んでくる。そんな彼のそばにいることが、活動の支えになることが、何よりも嬉しかった。

「あの時は、私はまだまだ未熟だったのに、貴方だけは認めてくれたよね」
「目を見ればわかる。名前の直向きさは、魂を通じて感じ取ったぞ………すこしおっちょこちょいなのが、これまた愛らしかった」
「…………ばか」

幸運にも、キングダム以来、彼と共に仕事をすることが多くなった。要領の悪い私を決して責めることなく、面倒を見てくれた。私に向ける瑛一の眼差しに、「愛」が含まれていたことに気がつくのは、そんなに遠くない未来だった。

「瑛一と会えるきっかけとなったこの衣装が、思い入れあるな………」

HE★VENSのイメージカラーは蒼なのに、緑で攻めたこの衣装は、最初こそは驚いたものだ。しかし、絢爛な飾り、布地がHE★VENSの高貴さを何よりも表現していたと思う。
瑛一は、この衣装を初めて着たときからもう10年近く経っているというのに、時の経過を感じさせない。少しだけ筋肉質になっただけで、他はほとんどあの頃から変わらない。まだまだ彼が現役アイドルであることを実感する。

「なんだか瑛一、その衣装着るとさ、王子様みたいだよね 」
「ハハハッ!もう俺は王子と呼べる程の年齢ではないぞ?」
「そうだね、もう30過ぎてるもんね」
「お前のその格好も……」

私の顔からつま先の方まで目で追いかけられてる。マジマジと見つめられて少し恥ずかしくなった。こんなにも可憐な服装、私には過ぎたものではないか。

「イイッ!とても似合っている……まるで、お姫様みたいだな」
「……もう、姫だなんて言われる年齢じゃないよ」
「じゃあ女王様、か?」
「いや、そういうのはちょっと」

他愛のない冗談をいいあって笑い合う。彼の天然さは出会った時から全く変わってなくて、普段の高貴的なオーラとのギャップに何度も心惹かれていた。

「……名前と出会って、早10年となるか。俺にここまでついてきてくれたことを、誠に感謝する」

口角の上がっていない彼の真剣な表情にドキッとする。瑛一といえば、いつも口元が笑っているイメージだったから、この表情に正直馴染みがない。

「だが、これからも共に歩み続けることをそろそろ改めて、誓わなければならないだろうな」

瑛一は、天を仰ぐように、天井を見上げた。アメジスト色の瞳には、一体何が映っているのだろう。
ややあって、彼はまた私の顔を見つめ、真剣に満ちた表情を向けた。

「これは、俺とお前の未来への決意だ」

いつの間にか彼の右手には、永遠の輝きを放つプラチナリングがあった。片方の手で私の左手をとり、薬指を撫でる。

「これからは、神も知らない歴史(ヒストリー)を共に刻もう」

左手薬指にヒヤッと金属特有の冷たさを感じた。プラチナリングが私の指に通されたのだ。私の有無を問わずに勝手に指輪を装着させるなんて、なんとも自信家な彼らしい。
私が絶対に彼を拒絶する、なんて有り得ないと自負しているのだろう。

「神にではなくお前に誓おう。妻として、伴侶として、名前を生涯愛し抜くと」

祭壇の方へ1度目を向けた彼はふっと目を細め、再度私の目を見つめてきた。アメジスト色の瞳が、返事は?と言いたげに揺れていた。有無を言わさないように指輪を通してきたくせに、そんな表情を浮かべるなんて、彼は卑怯だ。

「……瑛一。私はね、これからもずっと貴方と一緒にいるよ、ずっと一緒にいたいよ」

何と言葉にすればいいのか、瞬時に出てこなかったけれど、ずっと一緒にいたいという一番の本音を返事として回答する。
すると、彼はハハハッ!と高らかに笑ったと思いきや、私をお姫様抱っこしてブライダル会場内を走り回り始めた。まるで、初めてプラモデルを買ってもらったような、無邪気な子供のように。

「名前!俺は嬉しいぞ!もうお前を離さないからな、未来永劫に」

ぎゅっと私を強く強く抱き締めて、触れるだけのキスをする。神ではなく、私に誓う、未来への決意をーーーー


fin

愛を捧げよの衣装でプロポーズされたい人生です。

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