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最高難易度の褒美を


「よし、あと10分だ!」
「うぇ…はあ、はぁ…」

ランニングマシーンの機械音と、ドタドタと響く足音、ジャージのズボン生地が擦れる音に、激しくなる私の息遣い。もつれそうになる足を必死で耐える。
私は、レイジングエンターテインメント事務所が所持しているプライベートジムにおいて、大和から運動のマンツーマン指導を受けていた。
とはいっても、スポーツが好きという訳ではないし、マラソンに出るとかそんなたいそうな話もない、運動はむしろ苦手な方だ。
きっかけは至って単純かつ取るに足らないものだ。
大和とデートで、デパートに買い物にしに来た日の事だった。一通り目的を果たした私たちは、最上階にあるレストランで食事しようと思って、エレベーターを待っていた。だが、エレベーターは一向に来ないし、来ても満員電車並に人がすし詰め状態になっていた。休日でデパートが賑わっていたから、仕方のない事だった。
そこで、大和の提案で、階段で行こうという話になった。現在フロアである3階から、最上階である8階まで…。

「ぅえ………しにそ……」

3階から8階まで行くとなれば、5階分階段を登ることになる。3階以上の移動となれば迷いなくエレベーターやらエスカレーターを使う私にとっては、まさに拷問だった。登っても登っても8階までたどりつかない。一段一段の階段が憎い。6階と7階の間の辺りで、頭のてっぺんがクラっとする感覚を覚えるし、脚の部分が悲鳴を上げている。

「………名前、大丈夫か?」

私の彼、大和はケロッとしている。むしろ全力で駆け登っても平気なのではないか。下手したら、エレベーターよりも早くたどり着けるのかもしれない。大和の身体能力は常人を逸脱しており、凡人以下の身体能力を持つ私には雲の上の存在だ。

「…ぜぇ、ぜぇ、死にそう」

無事8階にたどり着いたものの、私には呑気に食事を選ぶ余裕なんてなかった。息は上がるし、心拍数が上がり、変な汗もにじむ。

「……体力ねーな…」
「し、仕方がないでしょ……仕事はほとんどデスクワークだし…あんまり出歩かないし…」
「たかが階段ここまで息切れしてんじゃ、今後もたないぞ…」
「運動…した方がいいのかな……」
「運動だったら、俺が教えてやるよ」

後日、そうして連れてこられたレイジングエンターテインメント事務所。レイジング鳳の銀像が、まるで人を寄せつけないように怪しげにたてられていた。ここに、大和が日常的に使っているプライベートジムがあるらしい。

数台のランニングマシーン、十数種類もの筋トレマシーンが、至る所に並んでいる。その奥にはロッカールームやらシャワールームなど、会員制フイットネス顔負けの設備だった。
早速運動着に着替えて、大和のもとへむかう。私を待っている間も彼は腕立て伏せをしていた。

「ホントに筋トレが好きなんだね」
「まー、筋トレは呼吸みたいなもんだからな、俺にとって」
「へえ……」

世間はそれを脳筋と呼ぶ。

「じゃ、早速はじめっか」

大和はスクッと立ち上がって、私を筋トレマシーンへと誘導した。

「よーし、まずは軽く筋トレだ、その後に有酸素運動としてランニング、できるな?」
「よ、よくわかんないけど、やってみる」

見たことの無い筋トレマシーンを目前に戸惑う。まずは手本だ、と大和がマシーンを使ってみせた。手馴れた手つきに、思わず感嘆の声があがる。みごとに隆起した腹筋が、いつ見てもカッコイイなと思ってしまう。

「次はお前の番だ」

重りを軽めに設定して、大和の動きを参考にしつつマシーンを動かす。
ゆっくりと動かしていく身体は、さらなる負荷を与える。

「……うっ、ぬ…はっ…」

やっていること自体、単純な動きなのに、かなりきつい。

「もー少しだ、頑張れ、なかなかフォームは出来てるぞ」

大和の絶え間ない応援のおかげで何とか目標の回数を達成する。もう身体はヘトヘトだった。一度に体内の乳酸がドッと生成されている気がする。

「よく頑張ったな、次は身体が温かいうちに、ランニングだ」
「う、うぇ…」

休む間もなく、ランニングマシーンへと連れていかれる。容赦ない鬼指導だった。
ランニングも、ただ足と手を動かすだけなのに、これまたかなりきつい。
筋トレで体力が持っていかれているから、ランニング開始直後から息が上がっている。全身から汗が吹きでてくる。

そして、冒頭に至る。
設定した時間が経過したため、マシーンの運転が停止した。

「お、おわった、、の?」
「まあ、おまえにしちゃ、よくやっ……ッ!」

大和が顔を真っ赤にし、口に手を当て、罰が悪そうに目を逸らしていた。
どうしたの?と声をかけようとしたのも束の間、バサッと大和のジャージが上半身に被せるようにかけられた。大きなジャージは私の上半身をすっぽりと覆った。

「おまえ…運動する時くらい……シャツの下に何か着ろ……」

チラッとジャージの下の私のシャツを見れば、ランニングによる汗が、べったりと身体に張り付いていた。それがあってか、私の下着が透けてしまっている。よりによって色の濃いものを身につけていたのだから、かなりくっきりと見えてしまってした。

「あっ、ご、ごめん……」

大和があまりにも初々しい態度をとるから、私まで急に恥ずかしさが込み上げてきた。大和から貰ったジャージをギュッと握りしめる。
大和は、あー、と呟きながら頭をバリバリかいている。

「その…名前、今日はよく頑張ったんじゃねーのか?」

わしゃわしゃっと多少乱雑に頭を撫でてくる。ゴツゴツした指がやっぱり大和だ、と感じる。

「ねえ大和、ご褒美ほしい」
「は?」
「頑張ったから!ご褒美!」
「あー、じゃあアイスでも買おうか」
「そうじゃなくて!」

もういい年齢なのに、そういう所には疎い彼。彼らしいといえば、彼らしいのだが。
たまに私一人だけ空回りすることがあるからほどほど気づいて欲しい。
痺れを切らした私は、大和の腕をぎゅっと掴み、彼の目を見つめる 。太陽を連想させるオレンジ色の瞳に、私の不機嫌な顔が映っている。

「や、大和のキスが……欲しい…の…」

振り絞った彼へのオネダリの一言。身体が沸騰するように熱いのは、先程の運動のせいなのか、それとも。

「…ッ?!?!」

今日1番の驚愕した顔をみせる大和。思わずひっくり返ってしまうのではないか、と言うくらい、オーバーなリアクションをする。恋人同士になって、かなりの月日は経ったというのに、「こういう事」にはとことんウブな彼。
しばらく顔を赤くしたまま固まっているのかと思いきや、キッと野獣のような瞳を私に向ける。

「名前、あんまり…あおるんじゃねえよ」

壁にまで追いやられ、逃げ道を封じられる。そして、ついにはぐいっと、腰を引き寄せられる。

「どうなっても、知らねえから」

噛み付く獅子のように、私の唇を貪り始めた。大和の熱が、私の身体へと伝わってくる。

「これで終わりかと思うなよ」

唇が離されたと思いきや、今度は角度を変えて深く口付けられる。手足はすっかり、麻痺しきってしまい、ただただ、大和を感じることしか出来なかった。眠れる獅子を目覚めさせてしまった代償は、多大なるものだった。
褒美のkiss gameは、どうやら難易度が高いもののようだ。

Fin

アンケートにコメント頂いたシチュエーションをお借りしました!!ありがとうございます!
大和とジムでトレーニングです( ´ ` )
大和をコーチにつけたら体力増強間違いないですね!天然スパルタですけど!
最後は少しだけ甘めにしました。
ヘヴゲの大和パートの「褒美はkiss game」ってめっちゃ好きなんです。

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