小説 | ナノ

後編

翌日、再び例の公園へと足を運ぶ。塾も何度かサボってしまっている。
そこに派手な髪色を見かければ自然と駆け足になる。今日も、いた。
苗字名前、やっと昨日名前を教えてもらった。数日前、ボクの小学校のいじめグループを怒鳴り散らして撃退した、ボクより何個か年上の不良少女。
そんな名前は、携帯電話をじっと見つめていた。その表情は、どこか柔らかくて少しだけ驚いた。

「よ、坊や」

相変わらずこの人はボクを「坊や」と呼ぶ。名前なら何度も伝えたはずなのに。

「坊や、じゃないよ…ねえ、なに見てるの?」
「ん、ああ、これ、動画」

そう言って携帯電話の画面を僕の目の前に突き出した。
「アタシの幼なじみ、ホノカっていうんだ。アイドルの研修生やってるんだよ」

そこには、1人の女子高校生が、歌とダンスの練習をしている様子が撮られていた。
今とは異なり、この時代はスマートフォンはそこまで普及しておらず、ガラパゴスケータイの方が主流だった。だから彼女が見せてくれた動画は画質が決していい訳では無い。

そんな低画質でも分かるほど、その女子の歌も踊りも、はっきり言って素人レベルだった。お世辞にもうまいとは言えなかった。
音程はややフラット気味。ぎこちない動きのダンス。歌と踊りが水と油のように相反してしまっている。
多分、こんなクオリティをライブでやられたら、きっと怒り出す観客が出てきてしまうのだろう。

「…これ」
「はは、あんま上手くねーだろ?でもこの間はもっと酷かったんだぜ」

にっと彼女は誇らしげに笑っている。
……たしかに、一生懸命やっている姿に心を打たれないわけではなかった。
頑張れと、もう少しだという言葉を投げかけてあげたくなる。もっともっと、エールを送りたくなる。
昨日からの成長がみられる今日が嬉しい。
いつの間にか魅せられていた。
人を虜にするのは、歌や踊りのうまさだけではない。
もっと見守ってあげたい、応援したい。成長を噛みしめたい。
数式よりも複雑だけど、純粋なるもの。ロジカルではない。歌の力とでもいうのだろうか。
僕はいつの間にか、その理屈でないシステムに魅了されていた。

「……ねえ、これ、ボクにも、できるかな」
「……は?」

名前は目を見開いて僕を見る。片手に持っている缶の中身(コーヒー)がちゃぷちゃぷと波をうっている。

「…坊やが?ぶっ、おもしろっ」
「な!笑わないでよ!!ねえ、この子どうやってアイドルの研修生になったの??教えて!」

いつの間にか。ボクはかつてないほどまで声を高ぶらせて彼女に詰め寄った。名前は「落ち着け」と宥めるものの、あまりにも真剣なボクの表情に折れたのか、はあーとため息をついた。

「トーキョーいってんだよ、プロデューサーに自分をたたき売りに行ったんだよ」
「東京…そこに行けば、アイドルになれる?」
「ここらでプロデューサーやってる奴なんていねーしな」
「………」

ここから東京はかなりの距離がある。何個も電車を乗り継ぎ、新幹線へ乗らなければならない。ボクはまだ小学生だし、親だって、許してくれるわけがない。

「……中学卒業したら、バイトしながら上京する…」

この時のボクは、そのような理想的な人生設計をたてていた。
だが。
転機というのは、予想外に早くやってくるものだった。

***

翌日。ボクはまた例の公園にゆく。もう何度塾をサボったのか分からない。塾なんてでなくても、先生の言ってることなんてすぐ理解してしまうから、出ても出なくても同じなのだが。
それでも親は、そんなボクの言い分なんてちっとも分かっていないんだろう。

「今日は、砂糖入りなんだ」

彼女が手にしているのはいつもの黒い缶コーヒーではなく、柔いクリーム色のそれだった。

「ん……まあ、今日は甘いものの気分だ」
「ふーん、ブラックしか飲まないのかと思った 」
「甘いのは嫌いじゃねーぞ、別にな…ああ、悪い、ちょっとトイレだ」

そういって、名前は公園内にあるトイレへ向かっていく。ボクは派手すぎるその髪をじっと見つめていた。

「ねえ、ちょっといいかしら」

名前がトイレに入って間もない頃。突然見知らぬ者に話しかけられる。
声がする方へ顔を向けるとそこには、極限まで脱色したのか、白色の髪の毛をもつ女性がいた。黒いマスクをし、ロングスカートに派手なブーツ。目をギラギラとさせた、いわゆる不良。名前と同じ部類なのか、見るものを圧倒するオーラを身にまとっていた。
名前の時と違って、見た瞬間に背中がゾクッとしたのは、気の所為なのだろうか。

「…?なに?」

今思えば、まこと愚かな極み。見るからに危険そうな人物のはずなのに、なぜ無防備にも近づいたのだろうか。
ただ、名前とよく話すようになってから、そのような人物に接触することに抵抗を覚えなかった。

「…!!」

女性に近づいた瞬間、何者かに首あたりに白い腕が回され、力強く押さえつけられた。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、鋭い眼光をした、女が数人ボクの後ろをズラっと取り囲んでいた。…制服が同じであることを察するに、目の前にいる女性の取り巻きか。

「……坊や!」

切り裂くような声が聞こえる。名前の声だった。
そして、白い髪の女性を見ては、いぶかしげな表情を浮かべる。

「…………あ?誰だテメェ」
「はっ、タイマン張った相手忘れたのかよ!!このガキの命ほしけりゃ、そこで大人しくしてな!!」
「…何?」

一方的な因縁をつけられていたのだろう。
彼女が住んでいた世界はボクには到底わからないが、きっと誰かと衝突し、対峙することが誰よりも多かったと思う。
名前は、不良につかまっているボクの顔をじっと見る。

「お前ら!やっちまいな!!」
「坊やァ!!…ぐぁ‥」

白い髪の女性の命令を合図に、5、6人の手下たちが彼女を袋叩きにする。
派手めな髪色が地面へ叩きつけられている。手下たちの脚で彼女が見えない。途中途中で彼女の呻き声が聞こえる。
人質がとられた状態で動けない彼女に、容赦ない暴行が続く。
見てられない。ここで、ボクが動かなければ。
ボクの首にまとわりついている鬱陶しい腕を、思い切り噛む。肉を噛みちぎるように、全身全霊の力を込めて。

「あああっ!」

ボクを捉えていた女が悲痛な叫びを上げた。その隙に緩くなった腕から脱出して名前の元へかけゆく。
この間ボクをいじめグループから救い出した勇ましい姿はそこになく。ボロボロになった彼女が横たわっていた。
初めて名前を教えてもらったあの日に、穏やかに笑った名前の顔が頭をよぎった。

「これ以上名前を殴るな!!その代わりボクを殴れ!」
「………ま……え!!!ふざけんな!アイドル……やんだ………ろ?!」
「威勢のいい僕ちゃんだね。この女が大事なのか」

怖い、足がすくむ、手が震える。クラスのいじめっ子なんかよりも、数億倍怖い。
果敢に立ち向かうというのはこんなにも勇気が必要なのか。

「大事だよ!!ボクにとって大事な存在!」

でも、もう後戻りできなかった。ただただ、彼女を、守りたかった。
ドスっと足を思い切り蹴られ、体勢を崩し、大地に倒れこむ。悲痛な名前の叫び声とが聞こえる。
次第に体に鈍い痛みが走る。その回数は徐々に増え、力も増してきている。幼いボクの身体を動けなくするには十分すぎるほどの力量だった。
ニヤッと怪しげに笑う主犯格の女の顔と、ゆらっとボクに近づいてくる数人の取り巻きの派手な靴を、最後に見た気がする。

***

目を開けば、そこは知らない天井。無機質なほど真っ白なその天井。鼻につく化学物質の臭いで、ここは病院だと察する。
薄れている意識の中、会話が聞こえる。男性1人に、女性1人。聞き覚えのありすぎる2人の声。声の主は、ボクの両親だった。

「最近、塾へ来ないと………連絡が…… 」
「あんな…不良………から………」
「ちょうど…転勤……ここから……離れ……東京へ…………」

途切れ途切れにしか聞こえなかったが、両親がボクの現状を把握したのだろう。
塾をさぼりすぎたのが、さすがにばれてしまったみたいだ。たくさん怒られちゃうかな?
「不良」というのは、名前のこと?それとも、襲ってきた不良集団のこと?
「東京」とは、アイドル活動ができるようになるといわれる希望の地?

頭がまだジンジンと痛む。病院特有の臭いは、大嫌いだった。医者になったら、この臭いを毎日浴びるほど嗅ぐのだろう。そんなのは、嫌だな。
名前はあの後、どうなったんだろう。
彼女の悲痛なうめき声が耳から離れない。彼女のあんな声を聴きたくないのに。
堂々としてて、でもなんだか少しだけ寂しげに笑って。ボクの知らない世界をたくさん見てきて、そして、アイドルという世界を僕に見せてくれた。
病院から出たら、またいつもの公園に行こう。そうすれば、また彼女に会える。
「坊や、また来たのかい」と、黒いコーヒー缶を片手に、あきれたように笑われるんだ。
そうだ、そうしよう…退院できたら…真っ先に…

気づいたら、ボクは再び眠りの世界へと、落ちていった。

数日後。
退院したボクは、早々に東京へ引っ越すこととなってしまった。
名前にお別れの挨拶も、しないまま。

***

あれから、東京で念願のアイドルデビューを果たし、HE★VENSメンバーとして忙しい日々を送るようになった。
両親からの反対は激しいものだった。お前にどれだけの教育をしたと思っているんだ、と。それでも、珍しく頑固として「アイドルに絶対になるんだ」と押し続けていた。
両親はそんなボクを初めて見たからか、面を食らっていた。デビューできなければ即、医師への道を進むという条件付きで、両親から了承を得た。
もう何年たったのだろう。
ボクはもう、子供と言われる年齢ではなくなってしまった。身長も見違えるほど大きくなった。可愛い担当であるのは相変わらずだ。

「苗字名前だ、よろしくね」

何年も前の話だろう。それでも、一時も忘れたことはない。
彼女のあの穏やかな笑みは、永い間ボクの脳裏に焼き付いて離れない。
彼女は今、何をしているのだろうか。

ある日、旅行のロケ番組の収録である地を訪れていた。
石川県某市、ボクが幼少期に住んでいた場所だ。
撮影の合間を縫って、この風景を懐かしんでいた。通っていた小学校はいつの間にか新校舎ができ、教室は全てそちらに移動していた。
そして、自然と向かう先は、あの時の公園だった。当時のまま、何も変わっていなかった。
先客がいたのか、ベンチに一人の女性が座っていた。
その手には、黒い缶コーヒーを持っていた。
この光景、どこかで見覚えがある。デジャブというやつなのか。
ベンチの女性が徐に顔をこちらにあげた。
そして。

「名前…?」

思わずボクは、手に持っていたスマートフォンを落としてしまった。
そんな、そんな、まさか。
髪の色は落ち着いた黒色になっていたが、当時の面影は残っていた。
ボクの記憶に寸分の狂いもない。天才的なボクの頭脳に、見間違え、だなんていうエラーは、ありえない。

「…え?」
「やっぱり、名前だ、覚えてる?ボクのこと」
「覚えてるも、何も、あんた今クソ有名人だろ…忘れたくても、忘れられねえよ」

へらっと呆れたように笑うその顔は、昔と全然変わっていない。

「…あの時、通りすがりの人がサツを呼んだんだよ、救急車にあんたは運ばれたよ。私はサツに事情聴取のため署に連れて行かれたさ。私だって怪我してるのに、笑っちまうだろ。そして、事情聴取終わった後、病院に行ったんだ。そうしたら、…あんたの両親に会ってね。私の姿を見て愕然としていた。そりゃそうだよ、自分の息子のお見舞いに、あんな派手な髪の、いかにも不良ですっていう女が現れたらね。『もう息子には近づくな』と、怖い顔で言われたよ。参った、私はあんたをとんでもないことに巻き込んじまったんだって」

ベンチで項垂れながら、あの時の状況を話してくれた。
やはり、病院で両親が言っていた「不良」というのは、名前のことだったのか。

「あんたを巻き込んで、悪かった」

一度ボクの顔を見つめたかと思えば、深く深く頭を下げられた。
違う。ボクはそういうことをされたいわけではないのに。

「別に名前のせいじゃないでしょ・・・ねえ、それよりさあ・・・」

もっと別の、何かが欲しかった。
彼女の隣に、ボクも腰を下ろした。そして、彼女の手を両手で包み込むように握る。

「もう坊や、なんて言えないでしょ?」

彼女を守ろうと身を呈したボク、そして、そのあとに願いをかなえて、成長したボクを、見てほしい。

「いえる・・・ワケねえだろ・・・ナギ」

そういって、僕の名前を呼ぶ名前の笑顔は、世界一やさしくて、きれいだった。

「ねえ、ずっとずっと、名前のこと考えていたんだからね?責任とってよね」
「…あんたって、本当バカだな、あたしのことなんて考えるなんてとんだ物好きだよ…」

すこしだけ、頬が赤くなっている名前の顔は、世界一可愛かった。

Fin

あれ、終盤もっと甘くなるはずだったのに…

初期案では、せっかく名前さんとナギが再会したのに、彼女の左手薬指に指輪があったっていう切ない系のオチでした。
だけど、前編でナギ視点で物語を書いていたら、ナギに報われてほしくなってしまって、こうなりました。
ハピエンが好きなんです・・・
ナギくんは普段超かわいいんだけど、CDジャケットはどこか大人びていて、かっこいいんですよね。
きっと成長したらとんでもなくイケメンになるんだろうなって思ってます・・・。
ナギの家庭環境は完全に捏造です。HE★VENSメンバーの生い立ちが不明すぎて妄想がはかどります。

そして前編の発表から後編まで約2か月のブランクがあってしまって申し訳ないです…!
ここまで読んでくださりありがとうございました!今度は短編でもナギ君増やしていきます〜!


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