小説 | ナノ

永遠に咲き誇る、神無月の花

某年、10月18日。もうすっかり秋の色が濃くなる。キャンパス内の紅葉は赤く赤く染まりつつあった。
私は、大学の講義を漫然と聞きながら、1人の男性に思いを馳せる。
鳳瑛二。私と同じくらいの年齢の女性で、彼のことを知らない人はいない。なんたって、彼は人気急上昇アイドルHE★VENSのメンバーの一人。
そんな彼は、私と同じ大学学部に通っている。ほとんど学校には仕事で顔を出さないけれど、進級できる程度には出席はしている。だが、今日は欠席のようで、彼がいつも座る席はぽかんと寂しげに空洞になっていた。
きっと、100人聞いて99人は信じられないと思うが、鳳瑛二と私苗字名前は、付き合っている。入学時のオリエンテーションで席が隣同士で、最初に話しかけられたのがきっかけ。その日から大学でよく話すようになったり、講義の帰りにご飯を食べに行ったり…。そして、瑛二から告白をされ、付き合うに至ったのだ。
といえども、この関係は秘密にしなければならない。デートは主に私の自宅で料理をして一緒に食べるとかそんな程度。キャンパス内で手を繋いで堂々と歩いた日には、騒がれ、晒され、HE★VENSの鳳瑛二としての活躍の妨げになってしまう。それだけはあってはならなかった。彼の大好きな歌を、彼から奪いたくなかった。ノートに瑛二の似顔絵を落書きする。付き合って長いはずなのに、授業中にまで彼のことを考えてしまうのは、ある理由があった。
明後日、10月20日は、彼の誕生日なのだ。誕生日といえば、どうやって祝ってあげようか。当日は多分会えそうにはないか。プレゼントは・・・。
彼の趣味はガーデニング。花が好きで、よく育てているとのこと。瑛二の似顔絵の落書きに、花を描いてみる。柔らかな風貌に、花がよく似合う。かといって生花だけプレゼントするのも味気ない。できれば形に残って、彼のイメージにマッチするものを上げたい。私は大学生だから、できれば財布にやさしい限度で。彼に直接ほしいものはないか、と聞くのも考えたがが、瑛二のことだから、「名前がくれたものは何でも嬉しいよ」とかいいそうだ。明日、大学最寄り駅近くにあるショッピングモールへと足へ運んでみよう。よし、と心の中でガッツポーズをして、瑛二の落書きの横に、「10月20日、誕生日!」と書き足した。

同年、10月19日夜。
ショッピングモールで誕生日プレゼントを購入し、帰宅する。これだと思うものに出会うまで、何軒もモール内のショップを回った。モールは広いのでかなりの運動量を要した。脚がこれでもかっていうくらい、パンパンに膨れあがっている。
 ベッドへと勢いよくダイブする。プレゼントを渡すタイミングをどうしようか…。ふと、自分のスマートフォンを開き、瑛二にLINEを送る。ただ一言、「会いたい」とだけ。
…するとすぐに返信が来る。「収録が終わったら、そっちに行くね 。日付変わるちょっと前くらいになっちゃうけど大丈夫かな」と。構わない、とだけ返信し、携帯を閉じた。

***

「名前、名前」
「…………うぇえ!?」

微睡みに、どこからともなく声がする。重たげに瞼を開けば部屋の明かりが視界に雪崩こんできた。…私はいつの間にか寝てしまったらしい。そして。目の前にはついさっきLINEでやりとりしていたはずの、瑛二がそこにいた。

「あわわわ、寝てた?!私寝てた?!」

時計を見ればもう夜の11時45分をさしていた。あと15分で、彼の誕生日を迎えてしまう所だった。
ショッピングモールで歩き回ったのがよほど疲れたのか、かなりの時間眠っていたみたいだ。

「ごめんね、起こさない方が良かった?…でも名前が会いたいって言ってたから、何かあったのかなと思って…遅くなってごめんね」

見れば、私の上に毛布がかけられてあった。寝間着にも着替えず、布団もかけず、そのままベッドで寝てしまった私に、彼がそっとかけてくれていたみたいだ。
申し訳なさそうに首をさすりながら謝ってくる彼にそれは違う、と制止した。
起こしてくれて助かった。このまま彼の誕生日に私のみっともない寝顔だけプレゼントしてしまうことになっていたから…。

「瑛二、明日お仕事?」
「うん、朝早くにレコーディングがね」
「そっか………来てくれてありがとう…」
「名前が会いたいだなんて、珍しいこと言うからどうしたのかなって思ったんだ…でも、君に会えるのが正直嬉しかったから…」

心配の色を見せながらもはにかむ瑛二。私にとってただの大学のクラスメイトで、仲良くなって、付き合っているただの男の子。だが、世間では世界を虜にするアイドルグループHE★VENSの鳳瑛二。そんな鳳瑛二が、私の家で、私に会えて嬉しいと、恋人ならではの甘い言葉を囁いてくれる。何ともない優越感が、私にはあった。

10月19日、23時56分。
いよいよ、彼の誕生した日を迎えることとなる。付き合ってから、2回目の、彼の誕生日。初めてではないのに、ドキドキと心拍数が跳ね上がる。
大切な人を祝うってこんなにも胸が締め付けられるものなのか。

「ごめんね、わたしちょっと、洗面所いってくる」

10月19日、23時59分。
さりげなく、席を立つ。彼を挟んだ向こう側にあるキッチンに置いた、彼へのプレゼントを取るために。
適当な口実を付けて。

――10月20日、0時00分。

「お誕生日おめでとう!!」

彼の背後からぎゅっと抱き着いて、お祝いの言葉をささげる。フローラルな彼特有の香りが鼻をくすぐる。
瑛二の「うえっ!?」と間抜けに驚く声がする。

「名前・・・?え、俺…今日って…」
「忘れたの?今日は10月20日、瑛二の誕生日だよ」
「・・・・あ・・・」

彼のことだから、自分の誕生日なんて忘れてしまっているのだろう。ここ最近アイドル活動で忙しくて、日常に戻れていないみたいだし。

「ふふ、瑛二らしいなあ、あ、これ、プレゼントだよ」

かわいらしい袋に包まれたプレゼントを彼にそっと差し出す。気に入ってくれるだろうか。
彼のことだから絶対気に入ってくれるだろうけど、実際に渡すとなるととてもドキドキ、ハラハラする。

「うえっ!?・・・いいの?」

本日2度目の間抜けな声。ステージの上で男らしく歌っている彼からはとても想像つかないほど。

「・・・ありがとう・・嬉しいな・・開けてもいい?」

少しだけ頬を赤らめながら、首をさする。いつもの彼の癖におもわずくすっと笑ってしまう。

「いいよ、是非ここで開けて」

クリスマスプレゼントを与えられた子供のように、目をキラキラと輝かせながらプレゼントの包みを開けてる彼。
シュルシュルと、器用な手つきでリボンをほどいていく。そこには私が一日かけて選んだ彼のためだけのモノが顔をのぞかせていた。

「わ・・アロマ・・!わああ、凄いなあ」

感嘆の声を上げる瑛二。私が彼に選んだもの、それはアロマと、噴出し香りを拡散してくれるデフューザー。
デフューザーのボディはスミレ色で、彼のイメージカラーのヴァイオレットと、瞳の色に合っている。
アロマの香りは、とある花の香りのものにした。この季節に生まれた彼にぴったりな、あの花。

「アロマ…金木犀…?」
「うん、ねえ、ここで今アロマ焚いてみて?」

私からの提案に、彼は、コンセント借りるね、といって、デフューザーをセットする。アロマを適量垂らして、スイッチを入れる。
すると、強く、かぐわしいあの香りが部屋全体を包み込んだ。

「いい香り…まるでこの部屋に金木犀が咲いているみたいだ…」
「…瑛二って金木犀みたいだなっておもったの」
「俺・・が・・?」

訳が分からないというように、きょとんとする彼。
金木犀は、10月ごろに花を咲かせ、独特の強烈な芳香をもつ。
花言葉は、「謙虚」。高い能力があるのに、決して傲りはせずに直向きに努力する彼。
胸に訴えるように強く、天へと羽撃いていくようにクリアな歌声。控えめで目立った挙動もしないのに、そのパフォーマンスの高さは、周囲に圧倒的な存在感を示す。
小さく目立たない花で目視できなくも、その強い芳香で存在を主張する。
そんな花が咲き誇る季節に生まれた君。この香りが、鼻をかすめるたびに、君を想うのだ。

「控えめなのに、実はとってもすごいところ。小さい花なのに、人を魅了する香りを放つ、金木犀みたいでしょ」
「え・・・あ・・・そ、それは・・・」

急に褒められて照れ臭いのか、タジタジと、視線をそらし、首をさする。いつもより手の動きが速い。
相当恥ずかしがっているのだろう。

「金木犀、それは君もだよね」

急に腕の動きを止め、私を見つめ始めたかと思えば、目を少しだけ細めながら、淡々と述べてくる。

「金木犀はね、すぐ散っちゃうんだ。昨日まで元気に咲いていても、翌日には散ってしまうかもしれない。ずっとずっと香りを感じていたいのに、儚くも直ぐになくなってしまう。秋のほんの一瞬のような期間。そして、ずっとずっと触れていたいのに、なかなか会えない君」

分刻みのスケジュール、不定期な休日。アイドルとしての仕事量は、凡人の私からはとてもではないけれど想像はできない。私が学科のレポートに追われているなんてきっとかわいいくらい、かなりの多忙さなのだろう。
彼のプライベートはかなり制限されているから、私と会える日なんて月に数回あるかないかくらい。今日あったら次はいつ会えるんだろう。もう今週は会えないのかもしれない。
それでも。

「ありがとう、俺の誕生日、一番に祝ってくれたのが、うれしい」
「どうしても、祝いたかったの、呼んですぐに来てくれてうれしかった」

会いたいと、一言伝えるだけで、無理してでも会いに来てくれるほどやさしい彼。
一番に祝えたこの奇跡を、ずっとずっとかみしめていたい。

「名前…」

愛おしそうに、私の名前を呼ぶ彼に手招きされて、近づく。その刹那、ぎゅっと強く抱きしめられ、手を絡められる。
目の前に迫った彼の顔は、さすがアイドルなだけあって、花のように美しい。

「大好きだよ。これからもずっと一緒にいたい、この一瞬を永遠にしたい」

派手とは程遠く、控えめで穏やかな外観、立ち振る舞い。
それなのに、甘い愛をささやき、深く激しく口づけてくる彼は、陶酔に誘う芳香を放つ、金木犀のよう。

Fin

お誕生日おめでとうございます瑛二君!
現在10月23日です。3日も遅れて申し訳ございません瑛二君。
歌で、たくさんの人を魅了するアイドルでいてください。

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