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黄薔薇、咲き乱れ、溺れて

黄薔薇、咲き乱れ、溺れて

金曜日の夜。世間は華の金曜日として、夜に居酒屋へ立ち寄り、お酒を嗜む習慣がある。
私が在籍する大学のとある学科も、例外なく華を満喫していた。

「カンパーイ!」

幹事の挨拶が終わり、乾杯の合図とともにグラスとグラスがぶつかり合う音がする。
各々テーブルが同じ人と「おつかれ〜」と声をかけながら乾杯をし、グラスに注がれたビールを飲み干す。
席順も、仲がいい人だけで固まらないようにと、あらかじめテーブルに番号をふり、誰が着席するかはくじで決めるというシステムだった。
学科にはおよそ100人弱の学生がおり、今回の飲み会出席人数は50人を超えている。3年生のこの時期にしては、見事な出席率に私は思わず感動してしまった。
だから、クラスで仲良かった友達とも見事に離れてしまったし、内緒で付き合っている瑛二とも離れ離れになってしまった。
私は、学科一チャラチャラしていると噂の男子と同じテーブル卓となってしまった。

「名前ちゃん〜〜〜キミめっちゃの飲むね〜?お酒好きなの?」
「まあ、ほどほどに・・・」
「クーーール!!最近はやりのクーデレってやつ〜〜??おもしろ〜〜いね!」
「はは・・・まーそんなかんじですよ」

正直言って、同席した男子のようなノリは苦手だった。
でも、せっかくの飲み会、空気を乱さぬように、相手に不快に思われないように尽力しなければならない。実に疲れる。

そして、もうひとつ疲れる火種がそこにはあった。

「ねえねえ、鳳君が飲み会くるって珍しいよね!!」
「HE★VENSの活動で忙しいんじゃないの〜?」
「あ・・たまたま今夜と明日の午前は仕事がないんだ」
「てか、私たち鳳君と同じ大学、学科で超幸せだよね〜〜〜!!」
「ほんと〜〜〜!!!」
「ふふ、ありがとう」

あちらはあちらで楽しそうだ。瑛二の卓は、クラスでも美人だの可愛いだの言われいている女子ばかりが集まっている。
瑛二は現役アイドルでありながらもこの大学に通っている。仕事で単位取得最低日数しか出席はしていないものの、学部成績はかなり優秀。一応毎回授業出席している私よりもいい。聞けば仕事が終わっても寝る間も惜しんで勉強しているとのこと。
悔しくないと言えばうそになるが、彼の得た結果は彼の努力の対価だと思えば、さほど気にはしない。もとより私は学校の成績にそこまで執着心を抱けなかった。

でも、今の状況ははっきり言って面白くなかった。嫉妬だなんて子供じみた感情、だが、瑛二はアイドルというステもあり、ルックスも人当りも両方いいので学科の女子からはかなり人気者。
授業にあまり顔に出さないこともあって、その貴重さから余計に注目される。

「名前ちゃあん、彼氏いるの?」
「は」

訝しげに彼の卓を見つめていると、先程から私に絡んでくるチャラ男に再び絡まれる。静かになったと思っていたのだが。

「居ないなら俺がなってあげようか??」
「いや、居るから」
「えーーー!!!俺名前ちゃんのこといいなと思ってんだけど!ねえ、これから2人で飲みに行かない?」

グイッと肩を引き寄せられる。一瞬背中に虫でもいるのかというくらい、ゾワッとした。
酒が入ると面倒くさい事が加速するというのはこういう事なのか。

「いいってば、行かない」

瑛二の卓をみてイライラが増していたのだろう。その鬱憤を晴らすかのようにチャラ男を全力で拒絶する。…すこしキツく当たりすぎたかと反省しようと思っていたところ、飲み会の幹事がもうお会計の時間だと締めの合図をする。

「瑛二くん、今日はありがと!またねー」
「うん、こちらこそ。また明日ね」
「また明日あ!!」

語尾にこれでもかとハートマークが付いている。あんなふうに可愛く彼に甘えられたら良いのになと思いつつも、私以外の女の子にあんなに愛想良くするなんて…、という怒りの念も覚える。

ブブブと私の携帯が震えたかと思って画面を開けば瑛二から、「店から駅と反対方向へ、2個先の交差点を、曲がったところで…」とLINEが来ていた。そこで待ち合わせする、という意味なのだろう。胸のつっかえが取れないまま、その場所へと向かう。

「…名前」

待ち合わせ場所に着けば、そこにはいつの間にかマスクを装着した瑛二がいた。時刻は23時を回っているから、あたりは暗く、マスクさえしてしまえば、HE★VENSの鳳瑛二であることは通行人にはわからない。

「…ねえ、少し、散歩しようか」
「…うん」

トボトボ、と2人で夜道を歩く。昨日の大雨の名残か、まだアスファルトが濡れていた。彼の足元を見ると、靴についたスタッズが街灯に照らされていた。雰囲気とは裏腹に彼は派手目な靴を履いている。
お互い特に会話することなく、ひたすら歩く。きっと、駅からかなり遠くに来たのだろう。いつの間にか賑やかな繁華街を通り抜け、閑静な住宅街に移動していた。

「瑛二……」

何分経過したのだろう。酔っているのか、時の流れが分からなかった。
ふと腕時計をみれば、日付が変わってから数十分も経過していることが分かった。私は、自宅最寄り駅までは電車で移動する。当然、この時間帯は…。

「終電……」
「あっ、いつの間に……本当だ。ご、ごめんね…」

瑛二が慌てふためく。彼もそこそこ酔っているのか、時間の感覚が鈍っているようだった。確か彼も終電を逃しているはずだ。

「…近くにあるホテル、借りるしかないかな…」

「ホテル」という単語に思わずドキッとしてしまったが、彼といる時間が長くなるのが少しだけ嬉しかった。

***

駆け込むようにして入ったホテルは幸いにも一室空き室があるらしい。
だが、彼の名前で部屋を取れば、すぐに宿泊者が「HE★VENSの鳳瑛二」であることが分かってしまう。「鳳」という苗字はかなり珍しく、同姓同名の人などいないからである。そうとなれば、男女でホテルに入るなんてとんだスキャンダルになる。
よって、私がチェックイン手続きをすることとなった。いつの間にか、彼は目深い帽子をかぶっていた。彼は目立つような髪型も服装もしていないから、そこまで変装すれば「鳳瑛二」であることは絶対にわからない。まあ尤も、フロントは初老の男性だったから、若い女性に人気のHE★VENSの存在を知っていそうではないが。

***

フロントで、キーを受け取った後、部屋に入ったところで、沈黙が訪れる。場所が場所ななだけ、少し気まずい。まだ付き合って日も浅く、2人だけで夜を過ごすようなことは無かったのだ。

「……あの……」
「ねえ、名前…」

耐えきれず、なにか話題を提供しようと思い、話しかけたところに。
ふと聞こえる、艶を帯びたような声。

「終電の時間まで君を連れ出したの、わざとだって言ったら、どうする?」
「え…」

突然の低い彼の声。顔を見れば、何時もよりも真剣な眼差し。菫色の瞳に驚く間抜けな自分の顔が映っている。

「さ、さっきの飲み会、その…名前がずっと……男の子と話してて…」

急に男らしい顔つきになったと思いきや、今度は眉を八の字にし、首をさする。必死に言葉を紡いでいる。

「胸の奥がジリジリと、モヤモヤと焦げるような感覚がした…」

歌う時と同じように、感情がこもった声色。その感情の名前は、彼も私も知る、黄色の薔薇のごとく乱れるそれ。

「みっともない…嫉妬だよね…でも、俺は…」

彼が1歩、1歩私に近づき、そして、正面からぎゅっと、抱きしめてくる。胸板の硬い感触に、彼が男であることを実感する。

「……名前、あなたが欲しい」

耳元で囁かれる甘い言葉。それは夜を共にすることへの誘いのコトバ。

「今すぐ、ここで…」

ふぅ、と熱く湿った瑛二の吐息が耳にかかり、ぞわぞわっと身体の奥がむず痒くなる。
体が焼けるように熱い。ややあって、首筋にチュッと口付けられる。サラッとした彼の髪から、大人しげな香りがふとただよう。

「ひゃ…やっ…ちょっと…瑛二…まって……」
「名前、すごく可愛い反応だね…」
「…バ、バカ、可愛いとか言わないでよ………クラスのあの子たちのほうが可愛いでしょ」
「……?」

私も貴方も名前を識るその感情とともに、耐えず溢れでる。可愛くないコトバ。嫉妬の言葉。

「わ、私だって、あなたがずっと……女子に囲まれてて…………付き合ってること…秘密にしてるから…仕方ないのわかってるんだけど………」

一言一言、本音を紡ぐ度に目の前が滲み、熱くなる。溢れる涙に、感情が流れている。

「名前も…同じだったの…?」

驚いたように目を少しだけ丸くする。その菫色の瞳には、意外と安心の色が混在していた。

「だから、私も瑛二が、欲しい…今すぐ、ここで」

生まれたままの感情で、全てをさらけ出した言葉で、彼を求める。

「名前、可愛いな。君を離したくないよ」

慈愛に満ちた彼の瞳に、熱に絆された私の顔が映っている。
そして。
手を絡め、今までで最も激しく、深い口付けを交わしながら、私たちはベッドへと倒れ込んだ。

***

狭いベッドで溺れるように、飽きれるほど愛し合ったあと。

「結局、私たち揃いに揃ってヤキモチ妬いてたんだね」
「そうだね……しかし、名前には色々不便かけてしまっているね」

アイドルとの恋愛は、やはり世間に知られてはならない。夢を与える彼に「特別な人」の存在を露呈することなどは決して許されないのだ。
それでも。
「でも、瑛二と過ごせることが、何より幸せなんだ。私は」

幼い嫉妬心に狂わされるほどに、あなたといることを尊く、幸せに思う。

「あっ」
「どうしたの?」
「……兄さんに、…帰れないこと連絡するの忘れてた…」

ばつが悪そうに笑う彼が、面白くて、可愛かった。昨晩、雄々しく、激しく、私を求めていたのがまるで夢みたいに。

Fin

瑛二くんの少しだけ大人向けな展開を書きたいと思って書きました。酒飲んでるので成人前提。現役大学生しながらアイドルやってると、それはとっても素敵だな、と思うのでした。

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