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星天に架かる橋を悠久に歩む

星天に架かる橋を悠久に歩む

レイジングエンターテインメント事務所のHE★VENS作曲家として、私は日々精を出していた。
彼らのイメージを想起させる曲を作成したり、時に外部から受け取った曲を彼らにマッチするようアレンジをしたり。
HE★VENSの作曲家になってから、もう何年経つのだろう。メンバー最年少のナギくんはいつの間にか自動車の免許が取れる年齢にまでなってしまっていた。

或る日の夜、事務所の寮で夕飯を済ませた私は仕事関連のメールチェックを行っていた。
作編曲の新規依頼は特になかったため、趣味として作成しているBGM用の楽曲の作成に取り掛かった。
一つ一つ、脳に浮かんだフレーズを打ち込んでいく。この作業が一番楽しい。自分の世界観が実体化されていくみたいで。
入浴と食事以外で外に出ることはめったにない。自室に引きこもって、楽曲作成作業をし続けている。
・・・私は、典型的なワーカホリックなのかもしれない。

「名前、天草とともに出掛けてはくれぬか」

作業中に不意に聞こえた声。何かと思って声をする方へ振り向けば、自室のドアから私を覗き込んでいるシオンがいた。
ドアが開いた音に気づけなかった。相当作業にのめりこんでいたのだろう。

「今から・・?」

時計を見れば、もう21時を回っていた。出かけるというのには若干不適切な時間帯。

「今から出なければ、邂逅できぬのだ。天草の車を出そう」

有無を言わさず、彼は私の手を引いた。せかす彼に「ちょっと待って」といったん制し、上着を羽織ってパソコンの電源を落とす。
準備が整ったところで、さっそくシオンは再び私の手を取って部屋から出た。
陶器のように真っ白な肌に、雪のようにひんやりとした手。それでも、彼の背中は、入所した当時よりも少しだけ頼もしくなっていた。

事務所の駐車場に向かい、1台の自動車に乗り込んだ。・・・この自動車は、シオンものだ。
雪のように真っ白なボディは、汚れや傷が一つもなく、まるでシオンの純粋さを表しているよう。
車内の後部座席にはナギのものと思われる小鳥のぬいぐるみが並んでいる。シオンは鳥が好きだから、きっと彼が気をきかせておいていったのだろう。
シオンはエンジンをかけ、自動車を出発させる。助手席に乗り込んでいた私はちらりと真横の運転席をみる。
いつもよりも慎重な表情。彼は免許を取得してからまだそこまで月日は経っていなかったのだ。
不慣れな行為に、神経が立たずにいられないのだろう。

・・・シオンが自動車免許を取ると言った日には、HE★VENSのメンバーは大騒ぎだった。
その宣言に素直に喜ぶ者、不安に思う者、心配に思う者、それぞれいた。

「どうしても取りたいのだ。名前と、どこにでも行きたいから」

穏やかに、無邪気に微笑みながらそう述べるシオンに、皆が心を動かされないわけはなかった。
ただ私は、恥ずかしくてその場に立ちすくんでいたけれども。

シオンは、かつてHE★VENS年下組と称されていたが、そんな彼はもう20歳を超えた年齢になった。
その月日の積み重ねは、確実に彼をいい方向へと変えていった。
たくさんのライブ、撮影、レコーディング、テレビ出演…目まぐるしい仕事に圧倒されながらも全てやり遂げていた。それに伴って彼の体力は日々増強されていった。
アイドルという仕事は、誰よりも多くの世間の目が向けられる。愛好、羨望、好奇…様々な感情を含んだ視線に曝される。
常に向けられる視線が今日と昨日とで同じとは限らない。そんな過酷な世界に何年もいれば、心も自ずと逞しくなってゆく。
身体も心も、HE★VENSに加入したときと比べてかなり成長したのだった。
運転免許が欲しいという彼の試みもその成長の一環だったのだろう。

「ねえ、どこいくの」
「・・・・まだ、明かすことの出来ぬことだ・・」

秘密にしたいらしい。高速道路に入ったところを見ると、かなり遠くへと向かっていくのだろう。
ふとあくびが漏れてしまう。時間が時間であるし、また昨日はあまり寝ていないこともあって、少しばかりの眠気を覚えた。
シオンの表情は乗り始めよりだいぶ安定してきたので、きっと運転になれてきたのだろう。私が見てなくても平気かな。

「少し・・寝ててもいいかな・・」
「かまわぬぞ、おやすみ、名前」
「おやすみ・・・」

私は、穏やかに揺れる車内のシートに身を任せ、眠りについた。

***

「名前、名前」

まどろみの向こうに、シオンの声が聞こえる。ゆさゆさと、私の肩が揺れる感覚。
ややあって、シオンに起こされていることに気づく。

「・・・あれ・・もう着いたの・・・」
「・・・気持ちよさそうだった」

助手席のドアからシオンが私の顔を覗き込んでいた。もう目的地に着いたのだろう。
慌てて身体を起こし、シートベルトに手をかけようとしたその時、口元に少し濡れた感触がした。
嫌な予感がして、そっと口元に手を当ててみる。私の手は見事にびっちょりと濡れてしまった。
・・・そう、それは涎。私は涎を垂らしながら眠っていたみたいだった。
そして、こんなにもみっともない様子をバッチリとシオンに見られていたので、私の頬には恥ずかしさのあまり、一気に熱が集中する。

「やだ・・!!!私!!」
「・・警戒もせず無防備なその寝顔、とても愛らしかった」

フッと、聖母のような微笑みをするシオン。
常人離れした整った顔立ちを持つ人に、こんな風に笑われてしまったのでは、また別の意味で顔が真っ赤になる。

「忘れて、お願い、忘れて」
「・・・?何故だ、そなたは、とても愛らしい、寝顔も、笑顔も、全てが・・」
「いいから!」
「名前がそう、言うのならば・・」

少し残念そうにシュンとするシオンを見て若干の罪悪感を抱く。
でも、恥ずかしいセリフを息を吐くように言うシオンに耐えられなかったから、やむを得ないのかもしれない。

「・・ところで、どこについたの?」
「・・・奥多摩湖、だ」

着いた場所は、東京都内の西部に位置する奥多摩湖だった。事務所がある23区からは同じ東京都内でも、遠く遠く離れている。
高速道路を使っても自動車で2時間くらいはかかってしまうだろう。
自動車から降りる。いつも吸う空気とは、全く違う。

「上を・・」

シオンがおもむろに、空を指さした。つられて首を上げると、私は思わずその絶景にくぎ付けになった。
息をのむほどに美しい、満天の星空。真っ黒い空の海に、無数の星々が光り輝いていた。

「綺麗…こんなの、事務所からじゃ見られない…」
「名前、背中を大地に預けるのだ・・」

シオンは突然ゴロンと地面へ寝ころんだ。つられて、私も横になる。
地面はアスファルトではなく、土の上に草が生えていて、柔らかい。
そうすれば、首を上げずとも、星々の世界が視界いっぱいに埋まる。まるで巨大なプラネタリウムを見ている気分だった。

「あ!」

あまりにも一瞬すぎる出来事、でも確かに私は見逃さなかった。
天使が零した涙のように、すう・・と空に流れては、消えた、流星。

「オリオン座流星群・・・」

ポツリとシオンがつぶやいた。
確かに、今の時期オリオン座流星群が極大を迎えるとテレビのニュースでやっていた気がする。
流星が複数個見えてもおかしくない時期だった。

「HE★VENSは、天草にとってなににも替えられぬ存在」

突然、シオンがゆっくりと口を開いた。その声は、いつもに増して重々しかった。
少しひんやりする夜風が頬をくすぐる。

「はじめは、そなたを受け入れることができなかった」

初めて私とシオンがであった日、それはきっとお互いの第一印象はあまり良くなかった。
突然HE★VENSの作曲家として迎え入れられることとなった私。
今までHE★VENSに楽曲を提供していた作曲家が活動を引退したため、急遽私が取り継ぐこととなった。
そして、迎え入れた先には、天草シオンの少々訝しげな表情があった。

「天草は変化がたまらなく嫌だった」

シオンは音楽に対して誰よりも繊細な感性を持っている。作曲家が変わってしまえば、HE★VENSが変わってしまうかもしれない、そう思ったのだろう。
「変化」はいつか「喪失」を招く。天草シオンは、喪う経験を誰よりも多く経験してきた。だから、必要以上に変化を恐れていたのだった。
それでも。

「変わるどころか、ますますHE★VENSが愛おしく感じるようになった・・・きっと名前の曲が、そなた自身が、よりHE★VENSをそうさせていたのだ」

シオンは顔をこちら側に向けて、微笑みかけてくる。彼越しに見える星空に、再び流れる星。
HE★VENSの「★」を担うだけあって、彼には星がよく似合う。

「輝く星は、悠久。だが流星は、儚くも一瞬で尽きてしまう・・・・だとしても。」

私の左手を、ぎゅっと握ってくる。
彼の手はひんやりと冷たい、でも、愛をこめて握ってくるその手は、誰よりも温かい。

「無数の流星は天より降り注ぎ、天と地を結ぶ架け橋となる」

天草シオンが「★」である意味。それはきっと、HE★VENSと、エンジェルを繋ぐ架け橋となること。
両方をこよなく愛する彼だからこそ、HE★VENSのためのみんなへ、皆のためのHE★VENSへ。
扉が開かれた天空より、祝福の行進を上げながら、煌く七つの不滅な愛を捧げるために。

「流星群は、我々HE★VENSと皆の絆を強くする・・・そんな奇跡ともいえるこの光景を、そなたとずっと見たかった」

「そんなそなたに、今宵、交わしたいコトバがある」

微笑んでいた彼は急に真剣な表情へと変えた。ゆっくりと、上半身を起こした。
つられて私も上半身だけ起き上がり、お互い向き合う形となった。

「健やかなる時も、仮令(たとえ)、天草とそなたが病に伏しても、この愛は決して変わらぬ。
星が輝いている時間よりも永く、流星よりも尊いそなたのそばにいたい」

シオンの手には、いつの間にか立方体の小箱。
ゆっくりと開かれた箱の中には、星に負けないばかりの輝きを放つ、結びを象徴する石の指輪。

「名前、天草と共に永遠の時を、歩んでくれぬか」

自分の居場所を何よりも神聖に思う彼らしい、求婚のコトバだった。
私は静かに頷き、小箱を受け取ってぎゅっと抱きしめた。
私なりのYESの返事。声にしなくても伝わるコトバ。
生涯、貴方と、寄り添い、ともに生きてゆくことを、星の数ほどたくさん誓おう。
流星のように尊く、輝かしい人生を、あなたと共に。

fin

シオン夢が死ネタしかないということに気が付いたので、今度はしっかり甘くしてみました。またもや求婚ネタ。
架け橋となるのは、きっと彼だと思いたい。エンジェルとHE★VENSを何より愛している彼だからこそ。

「扉」が開かれた「天空」より、「祝福の行進」を上げながら、「煌く七つ」の「不滅」なる「愛を捧げる」ために。
文中にあるこのフレーズ。実はこれ、HE★VENSの曲名入れて遊びました。楽しかったです。

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