小説 | ナノ

ケレスより導かれし感興

ケレスより導かれし感興

昼のバラエティ番組の収録が終わり、次なる現場へと向かう。
つい数か月前にリリースした新曲を自前の自動車内にに流し、車を発進させる。
平日の昼過ぎは、通勤時間帯と全くかぶらないため、道路は渋滞しておらず、スムーズに目的地へたどり着いた。小さなスタジオの脇にある駐車場へと車を停める。
中に入れば係員に、HE★VENS様とかかれた紙が貼られている控室へと案内される。扉を開けばそこには、メンバーが全員集結していた。

「あ、大和きた〜!」
「午前中は収録だったんだっけ、お疲れ様大和」

ナギと瑛二が手を振ってにこやかに話しかけてくる。午後の仕事は音楽雑誌の撮影だった。来月に新曲がまたリリースされるから、それのプロモーションも兼ねた撮影となる。

「お、これって・・」

控室のテーブルの上に積み上げられた数個の箱に目が行く。それは、弁当だった。
掛紙には「寿弁当」と書かれている。QUARTET★NIGHTの寿嶺二の実家が経営している弁当屋のものだった。

「3個?半端だな」
「ワイたちは先に食べたで〜ごっつう美味かったわ、なあ綺羅ちゃん」
「……おいし…かった…すごく…」

HE★VENSは7人。俺以外の全員が食べたとしても残っているのは1個のはずだ。
ちらっと、弁当ガラ入れを見れば、しっかりと6つ分の空きの弁当箱があった。それにしても、シオンが完食しているのは珍しい。

「ちょっと手違いで多めにもらっちゃったんだ。大和、お弁当食べる?」
「食べる食べる。お、から揚げじゃねえか!」

4つほどの一口大のから揚げ、蓮根と牛蒡の煮物、鮮やかな黄色の卵焼き、アクセントカラーとしてのプチトマト、ツヤツヤ光沢のある白銀の白米。
寿弁当で一番人気の弁当であって、見た目からしてかなり美味しそうだった。

「え・・大和、食べるつもりなの?」
「・・・大和・・たしか午前の収録は・・・」
「お〜結構疲れたぜ・・・大食いバトル」

午前中の収録は、若手アイドルによる大食い選手権だった。制限時間内に食したわんこそばの杯数で勝敗を競っていた。
因みに俺は圧倒的な差をつけて優勝した。無事優勝賞金を獲得することができたので、寮のトレーニングルームのメンテナンスにつぎ込もうと思っている。

「大食いバトルやった後にから揚げ弁当ってスゴくない・・?」
「大和はHE★VENSの中でも身体能力が飛躍的に高い。通常人よりも多くのエネルギーを必要とするのだろう。
収録の疲れとと移動で腹が減ったのではないか?午後の撮影は長いから今思う存分食べるといい」

ナギが訝しげに首をかしげるが、瑛一は俺に弁当を食べるよう促した。
瑛一は、どんなに超常した出来事があったとしても、それを何でも肯定する男だ。
そんな男がリーダーだからこそ、俺はHE★VENSついて行こうと思ったのだ。
きっと、HE★VENSでなら俺は最強になれるのだ。

「んっめえ、最強だな、これは」

唐揚げと白米を同時に口の中に頬張る。作ってから数時間経っているはずなのに、唐揚げはジューシーだった。米も固すぎず、柔らかすぎず、冷めても美味しく食べれるようになっており唐揚げによく合う。
揚げたてはさぞかし美味しいのだろう、埼玉近辺に寄った際には寿弁当に寄ってみようかと思った。
あっという間に3つあった唐揚げ弁当は、全て俺の胃袋の中に収まってしまった。思っていたよりも空腹だったらしい。
たしかにバラエティ収録後と移動の合間に軽く筋トレしていたので、そのおかげか。

「あー、食った食った、さすがにもう食えねーや」

弁当ガラを片付けていると、横でシオンとナギが信じられないという顔して俺を見つめていた。綺羅は食べ過ぎじゃないか?と心配してきた。
俺の大飯くらいは、今に始まったことではないのに。


***

無事に撮影が終わった後、メンバー皆、今日の仕事は全て終わったようで、事務所の寮に戻るとのこととした。
俺は自分の自動車で寮に向かうこととした。ナギとシオンもなぜか後部座席に同乗し、それ以外のメンバーはHE★VENSの移動用リムジンの乗車し、寮へと発進した。
乗車早々、シオンはナギに抱き着いていた。しばらくして、よほど疲れたのか、途中で二人は眠っていた。バックミラーから覗くあどけない寝顔に、実家にいる二人の弟を思い出す。
辺りはもうすっかり暗くなってしまい、帰宅時間と重なってか、下り方面の道路はかなり渋滞してしまっている。いつの間にか前方を走っていたHE★VENSのリムジンは、姿が見えなくなってしまった。
走ること数十分して、ようやくレイジングエンターテインメント事務所へと到着した。レイジング鳳の銅像が、ライトに照らされて、鈍く光っている。
駐車場へと停車させ、すっかり夢の中の二人を起こし、事務所入り口へ向かう。駐車場にリムジンが停車していたから、瑛一たちは先に事務所内へ入っていったのだろう。

「日向大和!」

突然背後から声をかけられる。高いソプラノ、これは女の声だった。
振りむけば、見かけたばかりの姿がそこにあった。
苗字名前。大食い姫、というあだ名が付けられている現役タレント。
無限の胃袋を持つ少女として、一役注目を浴びていた。
そして、今朝の大食い選手権で俺が負かせた女だ。

「今朝方の、戦にて、私はあなたに敗北した」

大食い選手権、たかが大食い選手権に「戦(いくさ)」なんていう女はこの世でたった一人、彼女だけだろう。
そんな独特な言葉づかいも、人気の一つだった。
というのも、これは彼女の役作りではなく、素だ。
実家が有名な武士の末裔とういうのはあまりにも有名な話であり、小さいころからそのようなしゃべり方になってしまっているのだ。

「この私、ずっと大食い界では不敗を誇っていた。この雪辱がため、参上した・・!
ここにて再戦の申込みを!果たし状だ!」

小さくたたまれた紙を俺に押し付け、彼女は踵を返してその場から立ち去った。
その紙には表に「果たし状」と書かれていた。開いてみれば、『明日巳の刻にて、日向大和殿との決戦に参る』と書かれていた。なかなかの達筆だった。
・・・果たし状を真面目に突きつけられるのは現代を生きる者ならばそうそういないだろう。
ところで巳の刻とはなんなのだろうか。

***

翌日の午前10時ごろ。HE★VENSメンバー全員は、オフだった。俺と瑛二とナギ、シオンは共用スペースでそれぞれの時間を過ごしている。
俺は日課である片手だけの腕立て伏せを、瑛二はソファでガーデニングの雑誌を読み、シオンとナギは映画を見ていた。
片手腕立て伏せがあと1セットというとき、突然来客を告げるチャイムが鳴った。
瑛二がそれに気づいて、寮の玄関を開ける。それと同時に瑛二の素っ頓狂な声が響いた。

「・・・えっ、誰?」

・・・なんだか、嫌な予感がした。

「日向大和!!私と一戦を交えることを所望す!」

嫌な予感というのは、見事的中した。まさに、ブルだ。
顔を上げれば目の前に。昨日の女が姿をみせる。
俺と勝負がしたい、とかなり熱弁しながら。

「・・・なんだよ、雪辱戦か?やめとけ、敵うわけないだろ」
「甘く見てもらっては困る!この私、昨日貴方に負けてから、血をにじむような特訓をした・・!」

大食いで血をにじむような特訓とは何だろうか。全く持って想像のつかない。
とにかく自分の胃袋という消化器官の働き次第なので、人為的に特訓することなんてできようか。しかもたった一日で。

「伊座、尋常に!」
「いやいや待て待て待ちやがれ、勝手に話を進めるな」

無理やり勝負に持ち込ませようとする。
・・・俺の兄も、こういう気持ちだったのだろうか。俺も、会うたびに兄に喧嘩をふっていたのだ。

「え〜でもなんか面白そうじゃん、今日はメンバー全員オフだし、寮の共用スペース使ってやっちゃえば?」
「それなら、俺と綺羅でおにぎりでも作ろうか?そういえば、この間ナギの親戚が新米のお裾分けだってたくさん送ってきてくれたよね」
「に、握り飯だとぉ!?」

好物に思わず反応をせざるをえなかった。しかも新米。新米は粘り気や甘みが通常よりも強い。
握り飯にすれば、その甘さが段違いにはっきりとわかる。これにパリパリとした海苔を巻けば・・・

「大和、瑛二と綺羅のおにぎり食べたいの?だったら彼女の頼み受け入れてあげれば?」

ナギはこの状況を楽しんでいる。それは確実だ。さっきから、不自然に口角が上がっている。
瑛二は突然の来客に驚きを隠せないものの、好きな料理をたくさんする機会が持てて、やりがいのありそうだという顔をしている。
・・・新米の握り飯を、腹いっぱい食べることができるというならば。

「いいだろう、受けてやよ」

我ながら、食に対する欲が強い。

「感謝するぞ!!日向大和ッ!」

***

「何の騒ぎだ?」
「・・・そこに・・いるのは・・」
「ひゃー!大和ちゃんが女の子連れ込んだん?大胆やわあ・・」

それぞれの自室にいた瑛一と綺羅とヴァンが共用スペースに入ってくる。
綺羅の片手には、推理小説があった。どうやら最近ハマっているらしい。推理系は漫画のコ○ンくらいしか読まないからわからないが。

「ちげーよ、ヴァン!」

ヴァンのボケ満載なコメントに全力で突っ込みを入れる。

「兄さんたち、実はさっき・・」

横で瑛二が瑛一たちに状況を説明している。
綺羅が黙ってうなずいたので、きっと大量の握り飯を作る気なのだろう。表情では読み取れないがやりがいがありそうだオーラがでている。
ヴァンが一人で腹を抱えて笑っている。大食い対決のために女の子を連れてきたんか〜!って騒いでいる。・・・連れてきたのではないが。
瑛一なんてもっとひどい。「イイッ!!方や雪辱、方や王者の防衛、それぞれの魂を賭けた勝負!最高だ!」っと悦モードに入っている。何でも肯定する男とは言え、すこしはツッコむということをしないのか。
そんなこんなで、食を用意する者、食い尽くす者、観賞する者、の役者がそろったところで、俺と苗字名前の大食いバトルが始まろうとしている。

***

およそ1時間ほどして、瑛二と綺羅が、大皿に山のように積まれた握り飯をもって、共用スペースにやってきた。
ほかほかと、白米と海苔の香りが鼻をくすぐる。いつみても、綺羅と瑛二の作った握り飯は最強の形をしている。海苔と白米のバランスも絶妙だ。

「じゃあ、制限時間は20分で、より多くのおにぎりを食べた人が勝ち!1回きりの勝負だよ」

ナギが進行役を務めることとなった。やっぱり、彼は確実にこの状況を楽しんでいる。
因みに、俺らが食べた握り飯は、ヴァンがカウントすることとなった。

「では、よ〜い、スタート!!」

ナギの開始の合図とともに、俺と名前は同時に握り飯の山に手を伸ばす。
炊き立ての白米。当然ながら熱い。それでも、新米の甘みがしっかりと伝わってくる。

「・・・美味しい」

名前が驚いたような顔をして握り飯を見つめていた。
絶妙な塩加減、米の炊き具合、全てをとっても最強な握り飯に舌を巻かな人などいない。

「美味しいが・・負けてられぬ・・!!」

早くも1個目を完食した名前は次の握り飯へと手を伸ばす。大食い姫と呼ばれる彼女は姫と呼ばれるだけあって、その食べ方はきれいで無駄がない。
昨日のわんこそばの対決も、箸使いからそばのすすり方まで、まるで芸術のようだった。臨場感あふれる対決現場でそれだけの心の余裕があるのだから、たいしたものだ。
結局俺が圧勝したが、結局は男女と体格差というハンデがあったからかもしれない。

「・・・見ているだけで、飢えが満たされてゆく・・」

観戦者シオンが早くもギブアップした。ナギの肩によりかかり、眠りについている。
食べては次へ、食べては次へ。俺たちは握り飯を取ってかじっては飲み込むという単調作業を繰り返していた。
おにぎりの中身は飽きないように、シャケや梅、昆布、おかか、たらこなどバラエティに富んでいる。何個食べても、二人が作った握り飯は最強の味だった。
名前は必死に握り飯を飲み込んでいる。その表情があまりにも真剣過ぎて、思わず笑いそうになる。
大食いでここまで真面目になれる人なんて見たことがない。

「はい!タイムアップ〜!!」
「すごいね、おにぎりもうほとんど残ってないよ。50個くらい作ったのに」
「熱き戦いだったぞ!!大和!苗字名前!」
「ほな、集計とるで〜・・・・食べたおにぎりの量は、大和ちゃんが25個、あだ名が22個や!大接戦で大和ちゃんの勝利や」
「無念・・!!」

名前が机に顔を突っ伏した。
髪がさらっと揺れる。

「おいおい、顔を上げろよ、良い戦いだったぜ」

一度負けた。ただそれだけで戦いの心に火が付いたのだろうか。
大食い対決というあまりにも小さすぎる勝負にこだわり、直向きに熱を持っている。
俺もかつて、兄に対してそのような態度をずっととってきていた。
なんだかお互いどこか似ていて、他人の気がしなかった。

「敵に情けをかけるな・・・私は同じ相手に二度も負けたのだ・・・!この身、いざ・・・痛ァ!」

酷く落ち込む表情を浮かべる彼女の眉間に軽くデコピンをいれた。

「何をする!」

彼女は頭を押さえて俺をにらみつけてきた。

「別に情けじゃねーし、素直によくやったと思うぜ・・・・また挑んでくりゃいいじゃねーか、勝てるまで、な。」
「・・・!また勝負を仕掛けてもよいのか!?」

彼女の顔がぱあと明るくなる。
さっきから表情がコロコロ切り替わって、見てて面白い。

「さすがに毎日は勘弁してくれよ・・・週1くらいなら、まあ、飯に付き合ってやってもいい・・」
「・・・!!か、感謝する!・・・と、そろそろお暇しようと思う。
皆さん、今日はお騒がせしました。おにぎりとってもおいしかったです。」

ぺこっと控えめにメンバーに挨拶をし、寮を後にした。
挨拶などのマナーをしっかりするあたり、育ちがよかったのだろうと思われる。

***

残った数個の握り飯を食べながら。ヴァンは俺に耳打ちしてきた。

「大和ちゃん・・・さっきのは無自覚か?週一で飯なら付き合うって、それちゃっかりデートを申込・・」
「んなわけねーだろ!!!」
「全力で否定してくるあたり、あやしいわ〜」
「ふざけんな!」
「なに〜好きだったの?さっきの子のこと」
「ちげーよ!!」

年下のナギにまでちょっかいを出されてしまうとは。
変な方向に話題をもっていくヴァンとナギに全力で否定して、つっこむ。
それでも、いつかの再戦の約束。いつの間にかどこか楽しみにしている俺がいた。

fin

すいません。
大食い武士語主人公って!濃すぎ!ときめき要素!ない!
すいません。(二回目)
食べ物の描写がんばったので、これを読まれた方のお腹が鳴ってしまうことを祈るばかりです。(笑)

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