小説 | ナノ

前編

石川県某市に生まれたボクは、小さい時から知能指数が莫大的に高かった。特段の準備をしなくても、すぐに平均よりも高い結果を出す。勉強も、ほんの少しやれば、学年トップも造作もない。
医者である両親は半ば強引にボクを県内で有数な進学校へと入学させた。どうやらボクを医者に仕立て上げるらしい。
医者になんてなりたくない、勉強なんて、本当は興味が無い。いくらいい成績とっても、両親はさも当たり前のように振る舞う。ボクを正面から褒めてくれたことなどなかった。

学校で簡単すぎる問題をひたすらに検討するのが苦痛でしかならない。まだ自宅で科学者の論文を読みふけっていた方がマシだ。世間体を気にする両親はボクが学校をサボることを許さない。
学校の皆も、なぜこんな簡単な問題が解けないのだろうと、思うばかりだった。

スポーツにも興味がわかなかった。同級生に比べて体格はあまり良くない。背は低いし、足も腕も細い。
親からは、男の子ならば、運動も得意でありなさいと、そう言いつけられていた。
でも、筋肉をつけようといった気にもならない。顔は女子に負けないくらい可愛い部類に入ると思うのだから、筋肉なんて不要だろう。
ボクはこのままでいいと思っていた。

何を話しても、クラスの連中とは噛み合わない。
ストレスが募るだけだと悟ったボクは、周りと仲良くなんてしなかった。

小学校という世界の中で、ボクたった1人という小さすぎる隔離された世界。
当然ボクは学校で浮いた存在になっていた。


***

小学校に入学して、もう数年経つ。ボクは高学年という部類に属することになった。

「帝くん、ちょっといいかな。」

放課後、クラスメイトのひとりの女の子が、ボクの席に近寄り、話しかける。
誰かに話しかけられるのはいつ以来だろう。
この女の子は、可愛い顔立ちをしており、クラスの中でも人気のある方だ。
でも、色のある話には、全く興味がわかない。

「何?」

表情を変えずに応答する。
愛想笑いなんて、振りまかない。向ける意味もない。

「ちょっと、話したいことあるの」

にっこり笑って、首をかしげる。
きっと、クラスの男子の大半は、この表情に弱いのだろう。でも、ボクの方がきっと可愛い。

「ボク、そんな時間ないんだけど」
「・・・いいから!来て!」

無理やりボクの手を引っ張る。女の子なのに意外と力がある。
走っている途中、お互いは無言だった。
女の子のかばんにぶら下がっている、猫のキーホルダーをじっと見つめていた。
その猫はまるでボクを嗤うような表情をしていた。

しばらくして、女の子が立ち止まる。目的地に着いたようだ。
連れてこられたのは、校外近くの公園。
街の外れに位置しており、人通りは少ない。
非行やいじめなどの温床となるにふさわしい。
・・・そこには、クラスメイト男女複数名がずらっと並んでいた。
連れてきた女の子は、先ほどの可愛らしい表情から一変、ボクをにらみつけはじめた。

「お前、調子に乗りすぎ」
「勉強がちょっとできるからって何なの?ムカつくんだけど!」
「だいたい、男のくせにお前女っぽいし!」

次々と降ってくるボクへの罵声。
大体この手のパターンは、妬まれることに起因する。

「はあ、何?キミたち暇なの?こんなことしている暇あるなら、志望校の過去問一つでもいいから解けば?」

進学校でありがちの、受験に関する生徒への重圧。過度な期待。小さな心と身体には過酷すぎる競争社会。
それでも成績は伸び悩み、親からの激しい仕打ちなど、たくさんのストレスを抱えているのだろう。
そうなれば、そのはけ口が当然必要となってくる。出る杭は打たれるとでもいうのか、不幸にもそれにボクは選ばれてしまったのだ。
まったくもって、いい迷惑だ。

「うるせえ!ぶん殴ってやる!」

集団の中の一人、ガタイのいい男子がボクにつかみかかろうとしてくる。
このままきっと、殴られる、そう直感したその時だった。

「お前ら、さっきからギャーギャーうっさいんだよ。ここはアタシの場所だ!人の場所で集会やるならアタシの許可とりな!」

力強く、ドスのきいた女性の声。ボクよりも数十センチほど大きい背、派手な色の髪。
鷹のような鋭い目つきに、ボクは一瞬目を奪われる。
殴りかかろうとした男子は、彼女を見るや動揺の色をはっきりと示し始めた。

「あ、あ、あなたは・・」
「ふ〜ん、アタシのこと、知ってるの?話が早いね。失せな」

呆然としたボクを一人取り残していじめグループは立ち去って行った。
ロングスカートに、派手めの髪色、そして、人を圧倒する威嚇。
見るからに、不良といえる風貌だった。

「・・なんだよ、お前まだ残ってんのか、さっさと行きなよ」

その場から動かないボクに気づいたのか、さっさと帰れと指示する。
でもボクはその場から離れたいと思わなかった。

「・・・いじめられて怖くて足がすくんでんのか?」
「違う・・!」
「じゃあ、とっとと行きな、坊や」
「・・・・・・ボクは帝ナギ!坊やじゃない!」

坊やと言われてムキになったのか、かっとなって自己を名乗る。

「ふーん、まあ覚えておけたら覚えておくよ、坊や。」

ニヤ、と彼女は挑発的な笑みを浮かべ、携帯電話をいじり始める。
恥ずかしくて、いてもいられなくなったボクは勢いよく駆け出し、その場を後にした。

***

翌朝、休日なので煩わしい学校はない。しかし、親の勧めで仕方なく通っている学習塾の日なので、あまり気分は清々しくはない。
昨日の今日だからか、どうも学習塾に向かう気分に離れなかった。
親に塾に行くと嘘をつき、自宅から離れた公衆電話で、学習塾に欠席の連絡をする。
成績は常にトップで、塾内での先生に対する愛想もいいので講師たちはボクを全面的に信頼しきっている。
だから、保護者への欠席確認の電話などは寄越さないはずだとボクは踏んでいた。

電話を済ませて、塾とは全く逆方面へと足を進めた。向かう先は、昨日の公園。
嫌な思い出だったはずなのに、何故か昨日の彼女の顔がチラついて、気になってしまった。
あの挑発的な笑みを崩してやりたいと、そう思ったのか。

「ん、昨日の坊やじゃないか」

派手な色の髪が、ボクを迎えた。
昨日と同じように、ロングスカートのセーラー服。いかにも不良スタイル。
手には飲みかけの缶コーヒーのブラックを持っていた。

「坊やじゃない!」
「坊やだろ」

ニヤッと笑う彼女が少し腹立たしい。
名乗っているのに坊やなど呼ばわれるのは、癪だった。

「……お前は、やり返さないのか」

彼女は手にしていたコーヒをグイっと飲み干して、突然こういった。
ボクの反論は華麗にスルーされたようだ。

「え?」
「昨日のやつらだよ。殴られ損する気か?」
「やり返さないよ、だってボクはそういうの苦手だし」

興味なさげに、ふ〜んと相槌を打って、やっぱ坊やだなと、つぶやいた。

「ねえボクは変わっているのかな。顔も女の子みたいだし、周りと違うから、浮いているからこうなったのかな。」

昨日のいじめっ子グループの一人から「男のくせに女っぽい」と言われたのが少し気になったのか、何気なく問いかけてみる。
男は男らしくあれと、よく父親からも言われたものだ。その言葉に心苦しさを覚えることもある。

「は?いいんじゃねーのか。
あたしだって女のくせにこんなんだし、喧嘩なんて売られすぎで毎日バーゲンセールだぜ。」
「なにそれ」

おかしな日本語遣いに思わず笑みが漏れる。彼女は、常に勉強にがっついているクラスの人達よりも、断然話しやすい。
制服を見るに、彼女の学校は、偏差値が石川県でもっとも最低レベルと、周辺ではもっぱらの噂となっている高校。
勉強面のレベルではきっとかみ合わないのだろう、ボクたちは。でもボクはそんな会話などちっとも望んではいなかった。
彼女と話す、この他愛のない会話が、いつの間にか面白いと感じるようになった。
ボクと彼女は、全く似ていないはずなのに、どこか似ている。
男であるならば、逞しく強く生きるものとあれ。
女であるならば、儚く守られるようなものとなれ。
この理不尽なステレオタイプに縛られずに生きているから、だろうか。

「・・・だいたい違っててあったりめーだろが。同じ人間ばかりいたら気持ち悪いわ」

もっともすぎる彼女の意見に、ボクは大きくうなずいた。

「じゃあボクはボクのままでいよ〜っと」
「坊やのままか?」
「だから!坊やじゃないって!帝ナギ〜!」
「へ〜へ〜」
「あ〜〜〜もう!絶対!アナタをギャフンと言わせるんだから!」
「ふ、出来もしねーこと、言ってんじゃないよ・・・・苗字名前」
「へ」
「アタシの名前。よろしくね、坊や」

ふと、穏やかに笑ったその顔は、数年たった後でも、ずっとずっと印象的だった。

後編へ続く

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