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不要無用と投げ捨てることなかれ

※ 若干のモブによる暴力表現がございます。

不要無用と投げ捨てることなかれ

HE★VENSの専属作曲家になってから、もうずいぶん経つ。
最初こそは強烈すぎる個性的なメンバーに圧倒され、彼らにマッチする曲が果たしてできるのかと不安に思っていた。
だが、それも杞憂だった。彼らの音楽に対する実力は著しく高かった。私の曲に合わせて自らの彼ららしいパフォーマンスを発揮する。
歌詞もどこか洗練されており、私の曲を何十倍にも引き立てる。
彼らの演出を見るたびに、ああ、この人たちの作曲家でよかったと、切に思う。

そんな彼らに、そろそろ新曲を出さなければと、事務所近くの喫茶店で、案をひねり出していた。
しかし、なかなかいい案が浮かばない。7人の個性を活かせる楽曲を作るのはかなり骨が折れる。
「センター」の概念がないHE★VENS、一人だけ突出していてはバランスが崩れてしまう。
結局何一つ案が浮かばないまま、喫茶店の閉店時間を迎えてしまった。
2軒目にファミレスでも行こうかと思っていたけどそろそろ事務所の寮に戻らなければならなかった。
喫茶店を後にして、事務所の方面へと歩き出そうとした瞬間、ガシャン、と大きな音がした。
・・・自転車数台、ドミノ倒しになる音だった。ややあって、私は自分でこれらの自転車を倒してしまったのだと気付いた。
しまった。直さなければ。
そう思った瞬間だった。

「おうおう、ねーちゃん、えらいことしてくれたのお」

突然降ってきた謎の男の声。
振り向けばそこには、リーゼントに、長学ランを装った、ガラの悪い男3人。いわゆる不良だった。
今時そんな格好の不良がいるものか!内心突っ込みを入れたものの、3人の鬼のような形相をみてこれは厄介なことに巻き込まれたなと現実に引き戻される。

「買ったばかりの自転車だぞ!どうしてくれるんだ、アァン?」
「弁償してくれるんだろうな!」

まだ傷があるのかすらわかってもいないのに、損害賠償を求められるとは。
そもそも、通路上に数台も自転車おいておくのが悪いのではないか。
私が前方不注意しているとはいえ、これは危なすぎる。

「ごめんなさい、すぐなおします」

反抗しても男3人と女1人では話にならない。ここは大人しくしてなんとかその場を切り抜けようと思っていた。
でも、男たちはしつこかった。

「兄貴ー!!兄貴の自転車、傷がついてますよ!!」
「なに??おい、このアマ!!どう落とし前つけるんだ!」

厄介ごとが思った以上に厄介。
傷ついたといえども、傷があるのか疑問を呈するほど、全く見えなかった。

「ごめんなさい・・・あの、今持ち合わせがなくて・・後日にしてくれませんか・・・」
「はあ??持ち合わせがないんなら、身体で払ってもらうしかないだろ??ああ?」

冗談じゃない。仮に傷があったとしても、その程度の傷と私の身体では割に合わない。

「警察呼びます!」
「呼べるものならよんでみろ」

兄貴と呼ばれた不良の一人が、私の手を強くつかんだ。力が強くて私一人では到底かなわなかった。
夜が遅いから、人通りがほとんどない。他人からの助けを全く期待できなかった。

「おいおい、嬢ちゃんが「ごめん」いうとるんだから、それくらいにしてやったらどうや?もとはといえ、通路上に駐輪するからやろ?歩行者に危険や。」

もう私は身体を払うしかないのか、そう絶望しかけたそのとき、聞き覚えのありすぎる声が突然降ってきた。
絶望に包まれすぎてついに幻聴でも聞こえたのかとおもったが、その姿を確認して本物だと確信した。

ヴァン。HE★VENSのメンバーの一人。常識にとらわれない、年長者。
いつも私の曲を「心を撃ち抜かれたわ!最高や!」と評価してくれる。

「うるせえ!!なんだてめえは!!」
「通りすがりの者や。ワイが誰だって関係あらへんやろ、その手、放せや」

いつになく、ドスの利いた声。ヴァンのこんな声、聞いたことない。
太陽のように明るくて、雲のように自由人で、大空のように心が広い。
そんなヴァンと同一人物なのか、疑ってしまうほど。

「うるせー!!」

不良の一人は拳をグーにして、ヴァンの腹を思いっきり殴った。その衝撃で彼はしりもちをついてしまった。
無抵抗なヴァンに容赦なく拳が振るわれる。彼は何故殴られっぱなしなのか。
悪いのは、私なのに。
私はヴァンの前にたち、彼をかばう。

「やめて!!!やめてください!!その人を殴らないで!悪いのは私です!!!」
「あだ名、あかん、だめや・・・」

よろよろと、力なく立ち上がろうとする。
彼の大切な身体を不要無用に傷つけたくない。
彼は、大きなステージで、エンジェルにたくさんの愛を届けなければならないから。
その身体が傷ついてはならない。
彼の身体が傷つくならば、この身など、どうなっても構わない。

そこまで言うなら、と兄貴と呼ばれた不良は、醜く笑い、私の肩に触れようとした。
――その時だった。

「おまわりさん〜!!こっち!!こっちだよ!」

男の子の声が耳に届いた。この声は・・・

「げ!!!やべ、逃げるぞ!!!」
「待ってください兄貴〜!!」

お巡りさんと聞いて、顔を青ざめた不良たちはその場を去っていく。

「名前!!大丈夫?!」

私たちの前に現れたのはナギだった。
その後ろには警察官が2人ほどついてきている。
ナギが警察官を引率してここに来てくれたのか。

「ナギちゃん、間に合ってよかったでぇ・・」
「ヴァン、殴られてたの?大丈夫?」
「さすがにキツいわ〜腹グーパンやで?それも何度も・・・」
「ヴァン・・・」

ナギは、眉をおもいっきりハの字にして、今にも泣きそうな表情をした。

「・・・なんでナギがここに?」
「ヴァンと一緒に出掛けていたんだけど、途中で絡まれている名前を見つけて、ヴァンがボクにお巡りさん呼んで来いって言ってくれたワケ。
その間にヴァンがあの不良から名前を守るために割り込んだんだよ。間に合ってよかったよ。」

今度は得意げに意気揚々と話す。
表情がコロコロ変わってわかりやすいところは年相応だなと思う。

「お二人さん、ちょっと交番の方でお話を。傷の手当ても致しますから。」
警察官二人に促され、私たちは近くの交番へと足を運んだ。
ナギには先に事務所の寮へ帰る様に促した。これ以上未成年者を連れまわすわけにはいかない。

***

警察からの事情聴取も終わって、二人で夜道を歩く。沈黙がずっと続いている。
夜風がひんやりする。交番の冷房が効きすぎていたのに、風邪をひいてしまいそうだ。

「あだ名」

沈黙を破ったのは、ヴァンだった。

「申し訳ないってずっと思ってるやろ」

図星だった。彼をこんな目に合わせたのは元はといえば私の不注意。
路上駐輪といえども、私がもっとちゃんと前見ていれば。

「ごめんね、ヴァン」
「あだ名が謝ることない!ええか、悪いのはあの不良たちや!」
「でも・・あんなに殴られて・・・」
「一方的にやられたのは、仕方がないんや。恥ずかしい所見せてしまったけどな。
・・・本当は、その場であいつらを殴ってしまおうかと考えたんや。でもな」

ヴァンは思いつめた表情で私を見つめる。
美しいその茶色の瞳に、私は思わず魅了される。

「ここで殴ってしまったら、HE★VENSの名前に傷がつく。
そんなことしたら、ここまで応援してくれたエンジェルや、ともに積み上げてきたメンバーの気持ちを無下にしてしまう・・・」

ナギちゃんに警察呼んでもらうように頼んだしな!大丈夫やと思ってたんや、と屈託のない笑みを浮かべる。
ナギに対する信頼から生まれた笑顔なのだろう。

「この手、この身体はあだ名、お前さんを守るためにあるんや。不要無用な暴力のためにない。」

ヴァンはその場に立ち止まり、ポンポン、と子供をあやすように私の頭をなでる。
大きな手が私の頭をすっぽり包む。昔お父さんに撫でられた記憶がよみがえる。

「ワイは、ワイであり続けることこそ、あだ名の曲への答えだと思ってるん」

ぐっと、サムアップをしてウィンクするヴァン。
ライブの時に魅せるようなその表情。彼が彼でいてほしいと思うその笑顔。
私の大好きな表情。

「ありがとう、ヴァン、私を助けてくれて」

笑顔でお礼を言う。視界が涙でにじむ。
ふと、ぎゅっと彼に抱き寄せられる。彼の温かい体温が全身に伝わってくる。

「無事でよかった、あだ名。お前に何かあったら、ワイはワイでいられなくなってしまう。
あの時、身を呈してワイを守ったろ・・あの時ばかりはどうしようかと思ったわ・・・」

ヴァンの声が少しだけ震えている気がした。
私が、彼の身体に傷つくのが耐えられないのと同様に、彼も私の身体に何かあったら、耐えられないんだ。
不要無用な自己犠牲など、かえって大切な人を傷つけることでしかないのだ。
もう二度と、この身を安売りすることなどしないと誓おう。あなたがあなたでいられるために。

fin

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