小説 | ナノ

EPISODE.04

EPISODE 04. 遠く輝く最愛の歌

レイジングエイターテイメント事務所内にある白を基調とする無彩色な部屋。そこに対峙する俺と苗字名前。
目の前の彼女とは、15年以上も前にすでに出会っていた。バラバラとなったパズルのピースが、カチリカチリと合わさっていく。
二人で、歌を紡いだ。たったそれだけの出来事なのにまるで奇跡でも起きたかのように、弾けるような感覚だった。
小さくともされた歌(ソレ)は、あまりにも遠すぎる記憶の海を漂っていた。本当かどうかも、疑ってしまうほど。
それでも。
ずっとずっと、俺の魂のどこかで、彼女の歌は、命灯していたのだろう。

「覚えているのだろう。この歌を。なにせお前自身で作った曲だ。お前がよく知っているはずだ。」
「馬鹿なこと言わないで、何の話・・・ですか。」

いつもの表情を崩さず、一歩彼女は後ずさる。
俺は、たしか、途中までしか出来てなかったな、と、いいながら、例の歌を再び歌い出す。
まるで、彼女に追い打ちをかけるかのように。

「やめて、その歌、やめて・・・」

苗字名前は自分の耳に手をあて塞ぐ。その表情は、無表情というより、痛みに辛くも耐えようとしているものだった。

「この15年間もの間、何があったか、知らないが……ちょうどあの時、突如行方をくらませた家族がいたと騒がれていたな……それはお前の家族なのか?」
「ちがう・・・人違い・・・です・・・」

動揺の色が濃くなる。白い部屋を、黒く黒く塗りつぶすように。
彼女の瞳が揺れ始める。

「この曲は、お前が幼少期に作った曲だろう。世にでまわっている訳では無い。この曲に対するその反応が、何よりの証拠だ。」
「……私は……」
「共に歌ったこと、忘れたとは言わせない。」
「私は・・・私は独りでいい・・だれかなんていらない・・独りで生きるんだと、決めた・・・あの時から……」

会話が妙にかみ合わない。孤独に震えていたのか。「独り」というワードを頻りに出してくる。
彼女自身の暗示なのだろうか。

「俺はお前を独りにしない、だから俺と歌ってくれないか」

俺らしくない、いつの間にか慈愛に満ちた言葉が出るようになる。

苗字名前と、魂を交わした状態で、歌いたい。
最高の音楽が、きっとそこにある。
何時しか音也とのデュエットプロジェクトで目指した頂。
いつだって、完璧であることを求めていたし、求められていた。
それは幼い頃から、父親から受け続けていた苛烈とも言える、完成、勝利への執念。
擦り切れた心、存在への疑義、愛を求めることも与えることも放棄した父。
歌うことが苦痛となり、自分の歌に嫌悪感すら抱くこともしばしばあった。

そんな、灰色の世界に、彩りを与えた、苗字名前の歌。
また歌いたいと思わせてくれた、二人きりの奇跡の歌。
今のHE★VENSがあるのは、たくさんの積み重ねがあってこそ。
そして、その積み重ねたものを受け入れる器を作り出したのは、なにより、誰かと歌うという世界を切り開いてくてた、苗字名前という存在だった。
HE★VENSの7人で紡ぐ歌には、力が宿る、命が灯されている。

「私は、1人だよ。私は歌ってるだけでいいの。誰かと心を通わせるなんて、要らない。」

奇跡の授与者が、奇跡を拒む。なんと皮肉な光景か。それでも。

「感情が、あふれでて、私がつぶれる」

その悲痛に歪む表情に、奇跡を望む心がまだ生きてると、確信する。
彼女は、その場にしゃがみこみ、祈るように身体を折る。どうして、どうして、と小さくか細い声で呟いていた。
折られた身体に沈む顔は、一向に上を向かない。

俺は容赦なく話し続ける。
ただ一言を、突きつけるように、斬るように、とどめを刺すように。
15年以上もの間、心のどこかで、想っていた感情があふれ出るように。

「名前、会いたかった、もう一度」
「う、う、あああああぁ・・・」

ガラスのかけらが、割れるように。
小さく丸まった彼女は、慟哭に震えていた。


***

私の脳内でサイレンが鳴り響き渡る。
どうしてどうして、と何度も何度も自問自答する。その問いかけに答えるものなんていない。
脳裏によみがえる、あの日の光景。忘却へとねじ込んだはずの、あの奇跡。
鳳瑛一の、古びた海図を解き暴くような歌が引き金となって、記憶の海から連れ戻されたのか。
歌嫌いの家系に生まれ、隠れるように歌っていた私に、「一緒に歌う」ことの奇跡を体験させてくれたキミ。
目の前にいる男、鳳瑛一が、かの日の少年だというのならば。神に問う、なぜ、今になって引き合わせてしまったのか。
何故また奇跡を、与えるのか。あの時のように。

私の心すらも癒えることができない無力な私の歌。昔のように歌の力を信じて歌っていた時とは違う。
私は、餓えと孤独と空虚に苛まれながらも、夜の街で「歌女」として命を繋いでいた。
運よく客として訪れていた芸能プロデューサーに気に入られて、芸能界入りを果たした。
皮肉にも、「歌」で私の命はつながれ続けていた。それでも、私の歌には空虚、無力でしかない。
歌っても歌っても、家族の心はおろか、私自身心は癒されなかった。

彼との再会を望んだ幼いころの私はもう、死んでいたのだと、そう思っていた。

「会イタカッタ・・・モウ一度、キミと、歌イタカッタ」

泣きじゃくりながらもねだる様に甘えるように。
幼いころの自分が代弁しているようだった。

「ようやく、本音を出したな。」

ふと笑う鳳瑛一の表情が、あの日の少年と重なる。

***

苗字名前は、歌唱人形、なんて無慈悲なあだ名にそぐわぬように、幼子のように泣きじゃくっていた。


「一人にはしない」
「この歌を一人でつむげるのか?いや、できない・・・さあ、ともに紡ごう・・・お前と俺の心に、火を灯そう。」

そっと背後から抱きしめる。俺よりも断然小さいその身体、強く抱き締めたら、壊れてしまいそうだ。
だが、小さいながらも、あたたかい体温を感じる。

「あの時、あの場所で、作りたかった、この歌で…」

彼女の耳元でささやく。自分でも驚くほどの柔い声。瑛二に向けてかける声とはまた別の、優しい声。
それに呼応するように、彼女の体の震えは止まった。
そして、彼女は紡いだ。あの歌を。
後を追うように、俺も歌う。

あの日の思い出が重なる。
声変わりでいくばくか低くなってしまった俺の声。
あの時とは違えど、彼女の高く透き通った歌声に、より重みを与えうる。俺自身が天へと導かれていくかのよう。

サビの後半に突入したところで、俺はふと気づく。この先は俺の知らないフレーズだった。あの作りかけの楽譜の、その続き。どくんと、鼓動が脈打つ。
彼女はもう既に作っていたのか、それとも、今その場で作り上げているのか、分からない。
それでも、俺の魂を揺さぶるものであることに、変わりはなかった。

最後の一小節を歌いきり、部屋は静寂に包まれる。
俺の腕の中で、彼女はただ、俺を見つめていた。そして、控えめにそっと、会釈をして、その場を離れる。半ば放心状態になっている俺の腕から逃れるのは容易かったようだ。

「あの時の、男の子が、あなただったなんて……」

名前が沈黙を破る。
あの時の面影が残るその瞳には、俺が映されていた。

「イイッ……最高だ。」

最高の調和(ハーモニー)だった。まさに、完璧だった。ふたつの魂が寄り添い合い、ひとつの歌を奏でる。独りきりの歌では実現しない、奇跡。俺の五感の全てが叫ぶ。
突然武者震いをする俺に苗字名前が、不思議そうな顔をする。

「……これが、あの時の、奇跡の再現…独りきりの歌ではできない…」

自分に問いかけるように彼女は自身の手を見つめていた。

「あの時のように無邪気に歌える夢を、いつしか、貴方と再会する夢を、ずっと見続けていたのに、突如それが消え去ってしまった。でも……今、こうして、貴方と、2人で奏でた歌がある……あの夢の、続きを、紡いでいける気がする。」

ほんの少し、不器用ながら、彼女は微笑んだ。その顔は、あの時の少女と重なっていた。失われた笑顔が、戻ってきたのだろう。

「ああ、お前に会えてよかった。」

左手で、彼女の腰を引き寄せ、右手で頬を撫でる。少し驚いた顔が、可笑しくて、愛しい。
俺達はそのまま、再び歌を紡いだ。忘却へとねじ込まれた奇跡との再会を喜ぶように。


***


一夜限りのユニット企画は、翌週収録された。選んだ曲は、やはり、彼女が初めて作ったあの例の歌。
レイジングエンターテイメント所属の敏腕な編曲家が、盛大なアレンジを加え、世間に発表する用に曲を完成させてくれた。
我が事務所所属なだけがあって、仕事が早い。
突然の新曲の発表にテレビ関係者ははじめ、大いに驚愕したが、これなら盛り上がれて視聴率爆上がりだ!と喜々としていた。
収録現場では、名前はいつものように無表情を貫いていたものの、歌の収録シーンでは、いつもは見せない柔らかい表情をしていた。そのため、収録現場はおろか、この番組が放送された途端、世間が大きく騒ぎ始めた。
収録後のインタビューで、「何故笑っていたのか」と訊ねられた時、彼女は「そうでしたっけ」と答えていた。おそらく、あの表情は無意識だったのだろう。その後、彼女はこう続けた。

「歌が私に、力を与えてくれたんです。二人で紡いだ歌が、私の命に火を灯してくれたんです。」

その表情に、「歌唱人形」の影はなかった。


Fin

あとがき
ここまでお読みくださって誠にありがとうございます。皆様の閲覧が励みになっておりました。
夢はおろか、小説をろくに書いたことなかったので、かなり苦戦しました。何度も何度も書き直したり、サイトにアップした後に誤字を見つけては直したり…
私がHE★VENS沼にハマった、もとい、うたプリに再燃したのはキングダムがきっかけです。彼らのことについてまだまだ知らないことが沢山あります。
解釈違いなどを誘発してしまったなどありましたら、誠に申し訳ございません。
今回の長編は、たまたま思いついた話が短編で収まらないだろうとおもって筆を取ったのですが、連載はかなりプレッシャーかかりますね。途中で読者減ったらどうしようとか、あれやこれや考えてしまいました。
当初主人公は演歌歌手にしようかと思ったのですが、演歌の世界ほとんど分からないので、単純に「歌手」にしました。
瑛一の恋愛観はなかなか掴みづらくて書きにくかったのですが、好きな人にはなんやかんやでめちゃくちゃ優しくなるのではないかなと、そう思います。意外と本人の意思を尊重したり、泣くなら泣けばいい思いっきり、とか。(LIFEwith thanksでもそんなニュアンスの歌詞ありましたよね)
自分にも正直だし、他人の気持ちにも真っ直ぐ受け止める人だと思います。
長たらしくなりましたが、ここまで読んでくださり誠にありがとうございました。
至らぬ点ばかりですが、今後とも「天に映る水晶」をよろしくお願いします。


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