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一方、遥の帰った部屋では、美咲が洋服棚へと服を整理していた。値札を切り一つずつ丁寧にたたみながら種類別に分ける。

「いーの、いーのこれで。遥の為なんだし、私の為でもあるんだから」

自ら言い聞かせるように喋りながら、服をたたむ。

「別れる覚悟だって出来てたし、散々めちゃくちゃにしちゃったの私だもん」

青の生地にぽたりと一粒の濃い円。

「それにお互い好き同士じゃなきゃ、一緒に居る意味ないもん」

我慢していた涙は溢れる、鼻水が滴り落ちる。頑張ったよね私、笑って言えたよね私。
手を止める事もなく、ひたすら片付けてゆく。美咲はずっと後悔し、自分がどんどん醜くなるのが苦しくて堪らなかった。
好きだからこそかもしれないが、相手の気持ちを尊重せず、自分の気持ちばかり押し付けて。

遥、虎さん。
これが私からの精一杯の罪滅ぼしです…





◇◆◇


時は流れ、一月初旬。
短い冬休みはあっと言う間に終わり、三学期に突入した。
久しぶりの校内は生徒達の声で賑わっている。


「自暴自棄」
「あ?」

良之助は国語辞典を開きながら、虎に指を差した。

「自分の思い通りにならないからといって自らの身を粗末に扱うこと、だってさ。まさに今の虎にぴったし!」

ガシッ

眉をしかめた虎は、その辞典を鷲掴みにして教室の窓から捨てた。

「あー!買ったばっかなのにぃ!」

落ちた辞典を窓から眺め、急いで階段を駆け下りていく。虎は我知らずでパックジュースをズズッと飲む。

「良之助なんで辞典なんて持ってんの?」
「親父さんの会社次ぐ気になったんだって。今から勉強するとか言ってる」

泰司の問い掛けに、光は俊敏に答えた。

「今更!?大体国語辞典云々より無理だろ、あのアホじゃ。」
「一浪だけなら許すって言われたらしい」

ふーんと泰司は鼻で返事すると、次は虎に質問を投げかける。

「そいやぁ、虎就職どうなった?」
「あー、親戚の紹介で決まった」
「親戚って美園さん?」
「おー。泰司お前は決まったのか?」
「俺はバイト先にそのまま就職かな〜」

虎は飲み干したパックをベコッと潰しゴミ箱に捨てに行く。虎達は高校三年生。進学や、就職活動の真っ只中である。
光は美容専門学校と既に決まっていた。
一見、いや本心そうだが、普段から遊び呆けている四人も、将来の事はしっかりと見据えていたらしい。

後ろの扉から辞典にかかった砂を叩きながら、良之助がみんなの元へ戻ってくる。

「なぁ、帰り久々にカラオケ行かねえ?」

良之助の発案に泰司はすかさず頷いたが、光は眉を顰めた。

「や、息抜きだって!俺まじ家で家庭教師にみっちりしごかれて隙間ねぇの!ね、だからお願い付き合って!?」

悲願する良之助に、光は大袈裟に溜め息を付く。

「しゃあーねーなぁ…。今日だけだぞ。」
「やった!じゃあいつもの…」

良之助がそこまで言うと「あっ」とある事を思い出す。学校から近くて安く良機種が揃っているカラオケ屋と言えば、遥のバイト先のカラオケ屋しかないからだ。

「俺行かない」
「お前まだ…」
「違う、今日美園さんと就職先の人ん所行くから行けないだけだから」

光の気まずそうな言葉に「そんなんじゃないから」と力なく口角を上げた。
窓に背を向けもたれかかるように座り直す。あのクリスマスの縁切り発言以来、虎は平然を装っている。そんな事ぐらい光達にはお見通しだ。
虎の決断にはきっと理由があるんだろう、問い質しても濁す返事に光達は待つしかなかった。



ー放課後。

校内の下駄箱で靴を履き替え門へ向かうと、そこでカラオケへ行く光達に別れを告げた。虎は振り返り、壁面に飾られた大きな時計で時刻を確認する。
美園とは、あと30分後に公園そばのタクシー乗り場で待ち合わせをした。少しばかり時間がある、歩みを緩めて向かう事にする。

「あ、タイガ〜!あそぼ〜」

途中女友達に誘われたが、今日は無理と首を振り断った。
桜の樹木をちらりと眺めて、歩道を歩いてゆく。桜が咲くまでまだ季節は早い。
あと少しで卒業…。色々あったなぁ、と、冷たい鼻を啜った。

あの絶縁宣言してから三週間。毎夜毎夜遥を想いながら寝付く日々に、悲しい事に少しばかり落ち着きを取り戻し始めていた。きっとこの先あの恋を忘れるなんて出来ないだろう。今でも思い出すだけで胸が苦しくなる。

「あ、やばい…考え過ぎた」

思い出にグッと胸を締め付けられ、眉をしかめた。ただ思い出すだけなのにこんなにも心が泣けてくる。

「はぁ…」

最近ため息が更に増えたなぁ。


ープップ

すると、すぐ脇の車道から車のクラクションが鳴り響き立ち止まり振り返る。
見慣れた黒の軽自動車がゆっくりと停止した所で、開けられたウィンドウから、運転席に座る美園の顔が覗いた。

「早めに終わったから、こっちまで迎えにきたんだ。乗って」
「美園さん」

歩道のガードレールを跨ぎ、助手席に座り込む。車内は病院独特の薬品の匂いが染み込んでいた。

「じゃあ、ちょっと早いけど行こっか」
「お願いしまーす」

行き先は虎の就職先となる場所。
車を走らせ、次々と歩く人並みを追い越していく。何の気なしに窓の外を眺めていると、天高の制服を来た生徒が視界に入った。…遥と同じ高校。

遥いるかなー…

一人一人、確認するように眺めていく。

何やってんだ俺。
未だに遥の後ろを追いかけてる…

街に出る度に遥がいるかなとか、そんな事ばかりしているせいか、未練たらしいなと自身に苦笑いをする。

「どうした?」

赤信号で止まり、美園は虎の顔を覗き込んだ。何でもないと首を振り青信号に変わってると首で合図して、美園の視線をずらす。
慌ててアクセルを踏んで前進する美園は、大して気にも止めていない様子だ。
次々と天高生とすれ違うが、やはり遥の姿はない。虎は諦めて進行する前方だけを見る事にした。遥の姿を見た所で余計に苦しくなるだけだしな…と。
天高に沿った歩道を左折すると、沢山の天高生が信号待ちをしている。

そして…その人混みの中には遥の姿が。

しかし、虎も遥もお互いの存在にも気付かずに通り過ぎて。

"会いたい"

想いはシンクロしているのに、二人はまたすれ違ってゆく…。


(40/49p)
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