39「存在理由」

◇◆◇

誰もいない家の鍵を開けると、真っ暗な玄関を抜け、遥は電気も点けずに自室へと消えるように入る。
虎の家を出て、自分の家に帰るまでの記憶がない。ただ、ポーっと無意識に歩いていた。
机の上に渡す筈だったプレゼントを置いて、月明かりでブルーのリボンが煌びやかに光る。

「…こんなに綺麗に包んでくれたのに」

指先で可愛く花柄のように輪になった部分を突つき、力無く口元を緩めた。

…ポタ

机に落ちた滴が、また涙だと知らせる。手の甲で拭き取ると、擦りすぎたせいか下瞼がヒリヒリと痛い。
何をどう考えていいのか判らず、ただ無心で暗い部屋で立ち尽くしていた。



◇◆◇



「…る…──ん」

体を揺すられる感覚が、目覚めを知らせた。耳からはいつも聞く母の声。

「はるくん!そんな所で寝てたら風邪引くでしょ」
「…ん…母さん、」

くらっとする日差しが視界に入り、手で影を作りながら体を起こす。いつの間にか床で寝ていたようで節々が痛く、体が完全に冷えきっていた。
母も昨日出た時のままなので今帰ってきたのだろう。「ご飯にするから顔洗っておいで」と行って部屋を出る母を見送り、時計を見ると、時刻は既にお昼を回っていた。

洗面所に行き、顔を洗い鏡を見ると、目が何とも腫れぼったかった。

ご飯を済ませ自室へ戻ると、携帯の不在ランプが点滅している。
無意識に虎からかもと思い足元にあった雑誌を蹴散らし、一目散に携帯に飛びつく。
だが、虎ではなく美咲からのメールを知らせるものだった。


僕は何を期待しているんだろう…

愕然とした気持ちでメールを開くと、そこには昨日の謝罪と、クリスマスを悔いるものだった。遥は返信をする事もなくそのまま携帯を閉じる。

布団を敷き、上に寝っ転がる。昨日は色々ありすぎた。

「…疲れた。」

ゆっくり目を閉じ、思い出されるは虎の事ばかり。瞼の裏にあの悲しい情景が蘇る。

僕、虎さんに何かしたのかな
もう飽きられちゃったのかな
…嫌われたのかな。

友達を辞めるなんて嫌だ、もう会えないなんて絶対嫌だ。

美咲よりも虎を選んでしまう自分。僕にとって虎さんはかっこよくて、優しくて、こんな僕と仲良くしてくれた大切な友達。

「…それだけ?」

遥はふと疑問に思う。

涙を流すほど、離れたくなかった意味。
大切な"友達"だから?
かけがえのない"友達"だから?

でも、それ以上に「虎」と離れるのが嫌だった。暗闇に一人取り残されたような絶望的感覚だった。

うーん、と頭を悩ませていたが、今の疑問に答えなど見えず、ただひたすら何度も「虎さんと離れたくない」と心の中で呟くしかなかった。




それから翌日、また次の日と無情にも月日は流れ、気付けば新年を迎えていた。
世間はお正月ムードと、世の女性はバーゲンへと駆けてゆく。そして今、遥は美咲に連れられバーゲンへと来ていた。それも今朝いきなり家に来ての強制拉致である。そして何故か母までも…

「美咲ちゃん頑張ってね!じゃぁ三時間後にまたここで!」
「わかりましたおばさん!おばさんも頑張って下さい!!」

お互いビシッと敬礼をし、戦闘地へと駆け出した。遥は美咲に連れられて、店の前でひたすら待ち荷物持ち。
去年も来たけど、バーゲン時の女の人って本当怖い…

遥にはとてつもなく長い三時間がやっと終わり、電車に揺られて地元へと帰り着く。

「はるくん、美咲ちゃん家までちゃんと送るのよ」

母はそう言い残すと、両手に抱えられた戦利品を担ぎ直す。そんな母の帰る姿を見送った後、美咲とエレベーターへと乗り込んだ。
実はまだクリスマスの喧嘩の仲直りなどしていない。遥から連絡する事もなく、いきなりの呼び出しだった。美咲は今までとは変わりないし、何もなかったように接してくる。
しかし、遥の心は違った。

──もう、一緒に居られない。

その思いが変わる事はなかったのだ。
今、話しておかないとこのままズルズルと行きそうだし、何より自分の美咲への思いには嘘など付きたくなかった。

「美咲、話があるんだけど」

遥は前方に立つ三咲に背後から問いかけた。チン、と上階に着いた知らせとワンクッションの揺れの後、三咲は振り向く事なく歩き出す。

「美咲」
「寒いしさぁ、早く帰ろよ!」
「話がある…」
「今じゃなくてもいいでしょ?帰ってから聞くから、早く帰ろ」
「…うん」

背中越しに話す美咲の声は、冷たい風に乗せられてなんだか震えているようだった。きっと、美咲も判っている。
両手に抱える紙袋を持ち直して、エレベーターホールを出るとそのまま一定の距離感を空けて三咲の後ろを着いていく。いつも寄り添い歩いていた今までとは違う感覚に、不思議と落ち着いている自分が居た。



美咲の可愛らしい部屋へ荷物を置き、いつものようにテーブル前へと座る。美咲は手際よく飲み物を出しマグカップ手渡した。
暖かなお茶をすすり、気持ちを落ち着かせる。

「美咲、あのね」
「そうだ!今日買った服見てよっ」

話を切り出そうとすると、美咲はそれを遮るように戦利品を慌ただしく並べてゆく。しかし、遥はきりがないと思いそのまま話を続けた。

「この間のクリスマスね、本当にごめん。僕プレゼントも買ってなかったし」
「ほら見て!これ春も着れそうでしょ?この袖回り可愛くて〜」

袋から取り出し、美咲はその服をテーブルの脇に広げる。確かに美咲に似合いそうなワンピースだ。
そのまま流されそうになり、駄目だと踏ん張る。

「正直に言うと、忘れてたんだ。その、本当は虎さんにプレゼントを選んでて」
「このスカートなんて最後の一着だったんだよ。ずっと狙ってたんだよね〜!」

鏡を前にスカートを自分にあてがったはヒラヒラと回る。

「ずっと会ってなかったし、どうしても会いたかったんだ。だから、プレゼント渡して会おうって思っていて」
「この色変じゃない〜?私青なんてそんなに無いから冒険しちゃった!」

「美咲、お願いちゃんと聞いて」
「それでさ、これはなんと半額以下で買えたんだよ!」
「美咲」
「雑誌にも載ってたし、安く買えて良かった〜」
「美咲」

「それでさ…」
「美咲!!」

美咲はじっと動きを止めて黙り込む。持っている服を握りしめて、俯いたままだ。

「お願い、ちゃんと聞いて?」
「…いや」
「ねぇ、美咲…」
「絶対嫌っ!!」

服をバシッと床にたたきつけ、唇を食いしばる。

「美咲…、僕ね今日」
「嫌だ嫌だ嫌だ!聞きたくないー!」

耳を両手で塞ぎ座り込む。それは美咲の必死の抵抗だった。それ以上聞きたくない、それ以上話さないで。
だが、いつもなら直ぐに妥協してしまう遥も、今日ばかりはそんな訳にもいかないと唇を食い縛った。

「ごめんね、美咲…辛い思いばかりさせて…」

背中を向け、うずくまり耳を塞いだままの美咲にゆっくりと、優しい声色で言葉を続ける。

「僕、あの後虎さんに会ったんだ。…でも、友達辞めるって言われちゃってさ」

「…」

美咲は、以前虎に言った言葉を思い出す。虎は約束通り遥から離れる決断をしたのだと、今初めて知った。

「でも納得いかなくて、僕はずっと虎さんと友達で居たいんだ。美咲にはこれ以上辛い思いをさせたくない。それに…」

美咲はギリッと唇を噛み締め、耳を塞ぐ手の力を強める。

「……言わな…で…」

「美咲の事、もう好きって言えない…」

「…」

「…ごめん」

泣かせてしまう。遥がそう思っていると、美咲は塞いでいた手をゆっくりと離しベッドに座り込んだ。表情は俯きよく判らない。

「…ふふ…」
「美咲?」

体が小刻みに揺れ出した。
泣いているのかな?

「いいよ、別れてあげる!」
「!」

そう言って顔を上げた美咲の表情は、いつも見せる可愛らしい笑顔そのものだった。余りの明るい発言に遥は驚き目を見開く。

「仕様がないよ、もう好きじゃないって言うんだから」
「そ、そうだけど」
「なに?なんか変?」
「変って言うか、なんか変なんだけど…」

頭をポリポリとかきながら、遥は首を軽く傾げた。なんなんだろうか、この展開と豹変ぶりは?

「さて、話ってそれだけだよね?じゃあ帰って!今から服片付けるから!」
「え…?う、うん」

部屋から押し出され、玄関まで誘導される。急かされながら靴を履き、終始急かされながら玄関のドアノブを握り美咲に振り返る。

「なに?」

やたらと笑顔の美咲に、首を振ると、じゃあね!と大きく手を振り替えされた。そのまま家を出ようとすると、思いついたかのように呼び止められる。

「虎さんってさ、遥にとってどんな存在?」
「え?」

いきなりの質問に疑問に思いつつも、少し考えて答える。

「どんなって、僕には…大事な友達だけど」
「本当にそれだけ?」

ーそれだけ?

「どうゆう事?」
「もう、いい加減に気付け!」

そう言うと、美咲はいきなり遥にデコピンをお見舞いした。

「痛っ」

遥はおでこをさすりながらキョトンとすると、美咲はふふっと笑い腰に手を当てて仁王立ちする。

「遥がそれじゃあ身を引いた私の意味がないじゃない。…幸せにならないと怒るからね?」
「…?う、うん…」

また押し出され、玄関の外へと出される。
顔だけを扉の隙間からヒョコと出している美咲は、相変わらずの笑顔で。

「…美咲」
「それじゃあ、新学期でね!」

暫く玄関は閉められ、ちらりと視線を一度合わせてから帰って非常階段で下階に下った。
余りの事の運びように若干現実なのかと疑ってしまう。
悩んで、悩んで。悩み抜いて出した答えをあっさり飲み込まれて、逆に笑顔で返されてしまった。
それに最後の質問。

「僕にとっての虎さんの存在…?」

なんなんだろう…
答えが出ているようで、判らない。

大事な友達、その筈だ。
あの時の虎さん事態も異様な雰囲気だった…本心から告げられた言葉なのかは知る由はないが、少なからずも、自身の中では諦めきれてなどいない。例え…ごっこと言われようとも。
答えの出ない自問自答に胸をつまらせるが、ただ冬空の下、少しだけ晴れた気分だった。


(39/49p)
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