38

「うわぁ、虎めっちゃ怒ってる」

良之助が横でボソボソ呟いた。お前が火種を蒔いたんだろが!と、二人に睨み付けられ、良之助は頬をひきつらせた。
部屋の中も凄い惨事だ、こんな状態もあってか遥はどうしたらいいのかと、立ち尽くし困っている。
すると、虎が一度も視線を合わせる事なく立ち上がった。

「…外出てくる」

未だにフラつく足取りで歩き出す虎に、「止めとけ」と光達は静止するが、まったく聞こうとすらしない。遥の横を通り過ぎようとした瞬間、脚ががくんと落ちた。

「う、わ!だ大丈夫ですか!?」

遥が咄嗟に支えてくれたらしく、すぐ真横に小さな顔が視界を掠めた。久しぶりに遥の甘い香りが鼻を燻る。
どくりと血が全身を駆け巡る。

─やめろ…やめてくれっ!!


パシッ

「ーッ!?」

支えてくれた腕を振り払い、そのまま虎はベッドに大きく沈み落ちた。
遥は離された腕をギュッと握りしめ、虎を見つめる。

「あ、あの…大丈夫ですか…」

拒否を示され戸惑う不安と、それでも虎を気遣う心が入り混じり、上ずった声で遥は話しかけた。真っ直ぐに自身に向けられた視線を遮る様に、虎は煙草を取り火をつける。
落ち着け、落ち着くんだ俺…。それでも僅かに震える指先が誤魔化しきれない。

「…タバコ、吸うんですか?」

その問いに、そういえば今まで遥の前では吸うのを避けていた事を思い出し、慌て火を消そうとしたが…手を止めた。

「そう。昔っから、吸ってる」
「そう…なんですか…。知らなかったな、」

あぁ、そんな淋しそうな顔をしないでくれよ…っ

ぐっと唇を噛み締め、遥から視線を外す。

「…なにしにきたんだ?」

遥はその問にハッとし、ポケットに手を入れてプレゼントを握りしめた。

「あ、渡したいものがあって」
「ここに来た事。彼女知ってんのか?」

プレゼントを出そうとしていた手を止めて、一息飲む。
彼女…。

「知りません…けど…」

だから、でも、それがどうしたの?と、不意に虎から出た彼女と言う言葉に疑問符を浮かべて、遥は虎をじっと見据えた。虎から放つ異様な空気に飲まれそうで、息が苦しくなる。
すると、吸っていた煙草の火を消して虎はゆっくりと口を開く。

「なら帰れ」

「え…」

耳を疑った。今──なんて?

「で、でも僕どうしても虎さんに渡し」
「帰れよ!」
「っ!!」

部屋が揺れるような大声にびくりと体を揺らし、歯を食い縛る。今まで見た事がない虎が怖くも見えたが、それ以前に何故ここまで言われるのかも判らなかった。

「俺達は…違うんだよ。友達ごっこは終わりだ」


──え…


遥は絶句した。
ごっこ?お情けのお友達だったの?ううん、それよりも…終わ…り?

「なんで、なんで急に終わりだなんて!」
「これ以上話す事ない。帰ってくれ」


なに?どうゆう事なの?
いきなりどうしてなんで!?

遥は必死に混乱する頭を落ち着かせようとするが、何をどう考えていいのかも判らず、視界がぐるぐると揺れ出す。過呼吸を起こしそうな程に胸が苦しくなり、口が塞がらない。

わからない
わからない
わからない

なんで
なんで
なんで!!


目頭には今にも溢れそうな程涙が揺らめく。

「や、やだ虎さん…終わりだなんて言わないで…くださ…」

ふらっと無意識に虎へ歩みよると、手で「来るな」と遮られてしまった。それは完全なる拒否を意味するかの様に。

「…なっ…やだ…っ」

嗚咽が混じり話すことも出来なくなり、溢れる涙をゴシッと乱暴に袖で擦る。ずっと背中を向けたまま視線も合わせない虎に、絶望感が駆け巡った。

本気なんですね、虎さん…


「…わか…ました、帰り…す…」

ゆっくりと背を向けて、遥は部屋を後にした。






──パタン



冷たい音が響き、玄関の閉じる音がした。


「…おい、虎。お前最低だぞ…」

眉間に皺を寄せ、険しい顔で光は虎を睨んだ。良之助も泰司もかなり頭に来ているようだ。

わかってるよ、そんなの。俺だって今すぐにでも消えたいぐらいだ…

すると、俄かに揺れる肩に光は目を細目る。

「お前、泣いて…」
「うるせーな、ほっとけよ」

そのまま後ろに倒れ込み、両手で顔を抑えた。鼻にまでしょっぱい涙が伝ってくる。

遥を傷付けた。俺がこの手で傷付けた。

もう、あの頃には戻れない。

もう、後戻りは出来ない。

これで良かったんだよな…虎…




◇◆◇


帰宅路。顔を伏せて完全に動かなくなった虎を残し、かける言葉もなく家を出た三人は、何とも気持ちの悪い心境で土手沿いを歩いていた。

「泰司…、どう思う。アレ」
「どうって、なぁ?」
「光の見解は?」

良之助は隣に歩く泰司に問いかけるが、泰司も判らなかった。光は真っ暗な星空を眺めながら、白い息を名一杯吐く。

「見解ねぇ〜。」

うーん、と唸り声を上げて、冷えた脳をフル回転させる。

「お前らも大体想像ついてるだろうけど、根本的な理由は多分…美咲ちゃんが握ってるよな…」
「何か言われたのかねぇ?」
「まぁそうだろな…。じゃなきゃ、いきなり過ぎだろ」

うんうんっと良之助と泰司は頷き、三人同時に溜め息を付く。

「俺達溜め息ばっかじゃん」

良之助の言葉に、確かにとまた頷いた。


(38/49p)
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