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──数分前、とあるマンション。
ピンポーン
インターホンが鳴り、遥は気の進まないような足取りで玄関へと向かう。
訪問者が誰かなんて、大概想像ついているので、確認も取らずにそのまま扉を開けた。
「メリークリスマァース!」
「美咲。メリークリスマース…」
「もう、なに!元気ないなぁ、せっかくのクリスマスなのに」
遥の横を通り抜け、ブーツを脱ぐと当たり前のようにリビングに向かう。
「こんばんは、おばさん!」
「あら、こんばんは美咲ちゃん。ごめんね〜おばちゃん今から出掛けるの。ケーキ用意してるから食べて行ってね」
「はい!ありがとうございます」
遥の母親はカバンを持つと、すれ違いに玄関へと向かう。
「はるくん、戸締まりちゃんとしてね」
「うん、判ってるよ。いってらっしゃい」
手を振り送り出すと、美咲のいるリビングへと入る。
「おばさんデート?」
「そう、お父さんとデートだって。明日帰るみたい」
「そうなんだぁ、相変わらず仲がいいね」
フフっと笑い、持ってきたオードブルを手際よく皿に移していく。
美咲の母親お手製のフライドチキンに、パイ生地を器にしたクリームチャウダー、ポテトやスモークサーモンのサラダなどがテーブルを飾っていく。
美咲の自宅は同じマンションの一つ上の階にあるのだが、こんなに豪勢な手料理を毎年持参する美咲に、そっちで食べた方が早いのにと毎年思う事は内緒だ。
リビングに美味しそうな暖かな匂いが漂う。遥はそれを無心で眺めていた。
「はるかー手伝ってー?」
「え、あ、うん」
勝手知ったるや、美咲は食器棚からお箸やスプーン、フォークを取り出していく。遥は用意してくれていたシャンパンをグラスに注いだ。そして、向かい合うように席につく。
テーブルにキャンドルが用意されているが、今年はそれを気付かれないように、そっと端に寄せた。
すると、美咲はカバンからある物を取り出した。
「はい、遥。メリークリスマス!」
そう言って差し出されたプレゼントを受け取り、開けるように勧められる。だが、遥はそのプレゼントを見るや否やテーブルに置いて、困った顔をしだした。
「遥?どうしたのよ、プレゼント開けてよ」
「いや、その…」
目を泳がせてなんだか落ち着かない様子。
「僕…、プレゼント用意してない…だから貰えないよ」
「そんな冗談ー、前プレゼント買いに行ってくれたんじゃないの?」
「そ、そうだけど、違うって言うか…」
はっきりしない物言いで、遥はゆっくりとプレゼントを美咲の両手に返した。
「でもこれは遥へのプレゼントなんだから、貰ってよ!?」
また差し出されたプレゼントを遥は押し返して、首を横に振る。プレゼントを買っていないからなんて、言い訳なのかもしれない。なぜか、美咲からプレゼントを貰うのを体が拒んでしまうんだ。
「…なんでよ。なんでよっ!」
バンッ!…ガシャン。
美咲は勢いよくテーブルに手を打ちつけて立ち上がった。その振動でグラスが倒れ落ち割れて、シャンパンが板の間を滑るように拡がっていく。
美咲は判っていた、受け取らない理由を。遥はもう完全に自分に向いていない事が。
二人を離した筈なのに、遥の気持ちは強まっていくばかり。そばにいて、怖い程に一番に感じていたのは遥ではなく美咲本人なのだ。
「…ふっ」
溢れ出す涙を両手で抑え、美咲はカバンを片手に玄関に向かう。
荒々しく開かれた玄関の扉がパタリと静かに、無人の玄関を知らせた。
そんな美咲を追いかける事もなく、遥は呆然と前を見据えている。
テーブルには、残された…プレゼント。
「僕…なんて事…」
我に返り美咲にした事を思い返し、遥は自分自身に震え上がってしまった。
何故突き返したりしたんだ?用意してないにしろ、受け取るのが当たり前な事だろう?彼女からの、プレゼント。僕を思い選んでくれた、プレゼント。
選んでくれた……プレゼント
その時、何かがぱちんと胸の中で弾けた。
「プレゼント、そうだ…プレゼント…」
ゆっくりと立ち上がり、自分の部屋へと向かってふらり歩き出す。
扉を開け、電気を付けると迷うことなく机の前で立ち止まった。
虎とお揃いで買ったブレスレット。
綺麗に包装された箱を手に取ると、上着を羽織り部屋を出る。
「虎さんに、渡すぐらいならいいよね…」
しかし、玄関で靴を履く手がぴたりと止まる。
僕は今なにをしているんだ?
彼女を、美咲を傷付けてまで何をしに行くんだ?
ポケットに仕舞ったプレゼントを生地越しに握り締める。自分の余りの愚かさ、醜態に視界が揺らぐ。
それでも、それでも今は
「…虎さんに会いたい。」
唇を軽く噛み締め、ぐっと踵を靴に通す。離れていく虎さんが嫌なのか、寂しいのかわからない。けれど、自身の中の何かが変わり始めているのは確かだ。
力強く立ち上がると、玄関を出てエレベーターに乗り込んだ。
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