35

それから暫く、終業式も終わり今日はいよいよクリスマス。
街にはあらゆるイルミネーションが煌めき、沢山の人達が夢や愛を膨らませている。

そんな中、街にも繰り出さずに虎は部屋で女と重なり合っていた。
月明かりに照らされた部屋で、モゾモゾと影が動くと、勢い良く立ち上がった。
そのまま部屋の電灯をパチリと押すと、虎は解いていたベルトを閉める。ベッドの上では下着姿の女は何か不服そうな顔をしている。

「…悪い」

そう呟いた虎の背後を、女は服を着てそそくさと家を後にした。


──はぁ…、まただ…

今も、昨日も、一昨日も、女を前にして俺は男として機能しなかった。
抱きしめても湧き上がらない感情。肌に触れたら嫌悪感。挙げ句の果てに、「遥」と名前を間違えて呼び打たれる事数回。
上半身裸のまま、シーツが乱れた状態のベッドへ力無く座り込むと、そのまま後ろへ倒れ込む。ぐてっと、重い体がベッドへ沈み込んでいく。

忘れると決意したのに、忘れるどころか日に日に想いは増すばかり。眼を閉じれば、遥の笑顔が瞼に浮かぶ。

今すぐに会って抱きしめたい。


部屋には時計の針の時を刻む音だけが規則正しく鳴り響く。
遥からの連絡手段を閉じる為に消した電源を後日付けた時、遥からのメールが数件あった。
いつも通り《学校今終わりました》と言うメールから始まり、《今からバイトなんです》と続くメール。
それから来ていたメールには、遥らしい虎を気遣ったモノが送られている。

《虎さん、どうかしましたか?》
《何かあったんですか?》

そこからは、返ってこない虎の連絡を不安にいつまでも待っているのだと痛いほど伝わってきた。
しかし、そこからパタリと遥からのメールも来なくなっている。

どうしたのかなんて、俺が考える立場じゃないのも判っている。自分で選んだ道なんだから。

だが、気付けば携帯を開き、遥からのメールをひたすら眺めている自分がいた。

きっと、今遥は俺がいない毎日を普通に過ごしている。俺はただ、通り過ぎる日常の一部だったに過ぎない…

悲しくない

哀しくなんかない

男だと判って、彼女がいると知ってて…二人を傷付けながらも恋し続けた報いなんだろう。

だから俺はキミを忘れなければいけない



「あーっ!…矛盾しすぎだろ俺…」



枕を壁に向かって投げて、髪をクシャクシャとかき乱す。

だから忘れる?
遥を?


──出来ないクセに強がり言って



やっぱり好きなんだよ…遥…





あぁ、ヤバい。
一人だと耐えれなさそうだ。

虎はそのまま着信履歴を表示し、電話をかけた。
しばらくして、お馴染みの光、泰司、良之助が缶ビールやお菓子を大量に引っさげて虎の部屋へ集まり出す。

「メリメリクリクリ〜♪」

泰司はなぜかサンタの衣装を着ているが敢えて突っ込まずスルー。

「悪いな、呼び出して」
「いいよ。どうせ俺ら三人で飲むつもりだったし。虎こそ女と用事あったんじゃねぇの?」

光は手土産のビールやジュース、お菓子をテーブルに並べながら嫌味ったらしく言い放った。

「またダメだった」
「はは、やっぱり」

缶ビールを虎に渡し、光達も次々手に取り乾杯をする。喉を鳴らして一気に飲み干し次の缶ビールへと手を伸ばした。
女との関係を戻してからと言うもの、どうも行為に支障をきたしてしまっているらしい虎に、光達は深く聞く事もせずにサラリと笑い飛ばす事にしていた。何故なのかは判っている。だから、誰も言わずにいた。

「今日は飲むぞ!」
「お〜!行け行けタイガー!」

煽る泰司に合わせてまた一気に飲み干す。そんな虎を見ては、今日はいつもにまして荒れてんなと、光は思った。
恋でこんなに荒れる虎は初めて見るかもしれない。今が楽しければそれでいいと言う概念だった為にか、揉めても深入りせずに表面上のやり取りで流す癖があった。だからか、やっと正直な気持ちになれたと思いきや、虎から身を引いた状態が明らかに見て取れる。
己自身で越えなければならない苦境もある、今がきっとその時だ。

「おい。光も飲めよ」
「お、おう」

渡されたドックスの瓶を口に持って行き喉に流す。すると、スッと虎の手が伸びてきて瓶の底を持ち上げた。

「ほい」
「んぶっっ!」

口に収まりきらない大量のアルコールが一気に流れ込み、光の口端から溢れ出した。着ていた服はベトベトだ。

「あははははは!」

泰司と良之助もそれを見て笑い出し、虎も久しぶりに笑顔を見せる。

「ターイーガーっ!」

すると、光も仕返しにと虎の口に缶ビールを押し付けた。同じくこぼして、服も床もアルコールでぎっとぎと。

「はは…、あはは!何すんだ光!」
「仕返しだっ!」

みんな笑って、楽しんで。
今だけ、今だけなら遥を忘れられるよな?

その笑い声は、しばらく響き渡った。



◇◆◇


気付けば数時間経ち、部屋の中は空き缶にお菓子の残骸、煙草の煙にと結構な荒れようだった。光はルコールで汚れた服から虎にジャージを借りて着替えたようだ。男四人だがクリスマスなんだしと、次々と酒を浴びるように飲んでいく。
泰司と良之助はテレビゲームを始めていて、虎と光はお菓子をボリボリ食べながら、テレビ画面を観ていた。
かなりの酒を飲んだ虎は、普段余り酔わないのだが、今回ばかりはさすがに酒が回ったらしい。

「おい光もっと飲めって〜」
「かなり飲んだって!てか、虎はもう止めとけよ。飲みすぎだ」
「そんな事ねぇよ。まだ足んないね」

今ある最後の酒を飲み干し、空の缶を片手で潰すとおもむろに立ち上がった。しかし、酔いで足元がおぼつかずに光に倒れ込んでしまう。

「大丈夫かよ虎」
「平気、普通だし。酒買ってくる」

また立ち上がろうとするが、またもや光に支えられながらも倒れてしまった。

「やめとけって、」
「うるせーな、足んねぇんだよ!」

光の腕を振り払い、立ち上がるが力が入らない。泰司と良之助もゲームを中断して虎を静止するのに加勢する。すると、良之助が光に「コンビニで買ってくる」と耳打ちした。

「あ、でも酒…」
「判ってるよ、酒じゃなくてお茶とか買ってくるから。虎の気も治まるし、だろ?」

良之助はニヒッと笑い、光は頼んだと頷いた。部屋を出て玄関の扉が閉じた音を確認すると、虎はベッドに座り込む。

「なぁ虎…。何があったんだよ?」
「はぁ?なにが」
「俺達にも言えないのか?」
「…なんもねぇーよ…」

光は泰司と顔を見合わせ溜め息を吐いた。ここまで虎を追い詰めた原因は、きっと遥ちゃんが絡んでいるだろうとはわかる。
だが、"何があったか"なんて予想がつかない。虎本人も、一向に話してくれる気配はないし、待つばかりで虎が荒れていく一方な現状にこのまま黙っている訳には行かなくなってきた。

それからしばらく。虎の視線はずっと床を見据えたまま、動かないままだった。


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