33「キミを忘れる」

翌日。
一限目の終業のチャイムが鳴るや否や、珍しく勉強をしていた虎の机に、どうゆう風の吹き回し?と光達が群がった。

「どーしたタイガ。勉強とかめっずらしー」

相変わらずの間抜け顔の泰司が、向いの椅子に跨がり虎が授業で出していたノートをペラペラめくる。が、そこには綺麗な綺麗な。

「ありゃ、何も書いてない」

白線だけが顔を覗かせていた。そんな白紙のページをヒラヒラと摘まみ、光と良之助に見せびらかす。目を点にした光達が訝しげに虎を僅かに覗けば、まるで上の空な視線を窓の外に向けていた。

「…どっかイってる」

微動だにしない様子は、近頃の恋に焦がれていた虎とはまるで別人なのである。

「おーい?虎?」

目の前で光が手のひらをちらつかせて見ると、こちらをゆっくり見てフッと口角を上げた。これは…笑っているのだろうか。その笑顔は余りに不自然過ぎて、怖い事この上ない。
ずしりと重くなった空気が流れていると、3人の女子が虎達の席に向かってきた。

「やほー!昨日の合コンサンキュー!」

1人の女が光と良之助の間から顔を出した。昨日虎を抜いた3人で行った合コンについての話らしい。

「でさ〜今日暇?またみんなで遊びに行こうよって話になって、どう?」
「俺はいいよ、どうせ暇だし」

良之助がそう言うと、光と泰司も頷いた。

「ねぇタイガは?久しぶりに遊ぼうよー」
「あぁ、こいつ無理無理。こねぇよ」

女がグロスでぼてりとした唇を尖らせながら虎にちらりと視線を向けるのを遮るように、泰司がいつものように虎の不参加を伝えた。
こんな腑抜けな虎を見て変に問い質されたら非常に面倒くさい。

しかし、そんな泰司の背後から思いがけない言葉が響く。

「俺行く。」
「……ええ!?」

一寸の間が空き、その言葉が虎からの返答だと気付いた光達が唖然とした表情で振り返ると、光達をすり抜け一直線に女に笑顔で答えていた。
肘をついた仕草に目を細目て小さく笑いかける。満面の笑みでないにしろ、その表情はまさに幾度となく女を陥れた懐かしいものだった。
女はどきりと頬を高揚させながら歓喜の声をあげている。

「ま、待て虎!お前どうしたんだよ?」
「別に」
「別にって、遥ちゃんは!?」
「忘れた」


…は…?忘れた?

開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう、キャイキャイとはしゃぎたてる女達の間で光達はただ呆然とするしかなかったのだ。
机にかけた女の手を指で優しく触れながら、虎はスッとした笑みで対応をしている。
どういう事だ?この変化は何なのだろうか?あんなに本気だったのに、忘れた?
今すぐにでも聞きたかったが、以前までの虎に逆戻りした様を見て、光達は何も言う事など出来なかった。


ーもう切り離さなければならない。
遥を、幸せだった日常を。
これは遥の為なんだ…

虎の出した結果は、遥の居なかった以前の俺に戻ること。彼女作って、女と遊んで。
きっと忘れられる、あれは一時の淡い恋だったんだよ。俺が消えれば、また美咲ちゃんと仲良く一緒に居られるだろうしそれが一番なんだ。


それからと言うもの、休憩毎に女達と楽しそうに喋っては空いていたモノ埋めるかのように、予定を入れていく。
光達はそんな虎を見て、眉を寄せてどうしたものかと顔を見合わせた。



同時刻。

天文台付属高校。高等部東館、一年二組。

「谷垣君、なに見てるの?」

いたく真面目そうな級友が、机の上で雑誌を開く遥に問い掛けた。ペラペラとクリスマス特集のページを行ったり来たりしている。

「恋人達に贈るクリスマスプレゼント?あ、彼女にあげるやつかぁ」
「え?あ、うん」

遥は思い出したかのように、返事をした。
忘ていた。虎さんに渡すのばっか考えてて美咲のプレゼントを…。急に気まずい気持ちが押し寄せる。
友人は不思議な顔で遥を見てから、そのまま雑誌を覗く。

「あ、あのさ、友達にプレゼント渡したいんだけど何がいいと思う?」
「えー彼女じゃなくて?女友達?」
「違う、男友達なんだけど…」
「男にクリスマスプレゼントあげるの!?」

目を丸くして驚かれ、遥は何か変?と首を傾げた。

「だって男にだろ〜。あ、誕生日とか?」
「違うけど…。な、仲良くしてくれてるお礼って…感じかな」

何かおかしい?虎さんにプレゼントをって考えるのは、変なのかな…。
そういえば美咲へのプレゼントなんて、まったく考えていなかった。
忘れていた?…ううん、すっかり抜け落ちていたように毛頭に無かったのだ。昨日の不快感といい、僕はいったいどうしたんだろうか…。

無造作にページを捲る手を止めて、机の脇に置かれていた携帯を開き、メールの問い合わせをする。


《メッセージ受信0件》


指先でパタンと閉じて、頬杖をし溜め息をつく。昨日から一通もメールが来ない。どうかしたのだろうか、虎さん…

「谷垣君?どうかした?」
「!、ううん、なんでも」

軽く首を横に振り姿勢を正す。しかし、かき消してもかき消しても、頭の中に浮かぶは虎の事ばかり。
あぁ、気になる。凄い気になるよ。
病気とかかな?怪我したとか何か重大な事に巻き込まれたりとかないよね!?
そんな大それた事を考えながら一人青ざめては、足元を落ち着きなく動かす。
帰り…家に寄ってみようかな。
美咲に何て言おう。言ったら連れてって、て言うよね。また虎さんに迷惑かけたくないし…。黙って行くしかないよね。

心の中で「美咲ごめん」っと一言呟くと、すぐに頭の中には久しぶりに会えるかもしれないと言う喜びで溢れていた。

暗くなったりにたついたりと、忙しない遥に友人はあるページを指差す。

「男に贈るもんで考えたら、ここの特集が一番当てになるんじゃない?」

そう言って指の先を見ると、そこには
【彼氏が貰って嬉しい物ランキング】
と、書かれいた。
そのタイトルを読むや否や、遥は耳まで真っ赤に染める。

「かっかか彼氏ってなに言ってるの!」
「いや、だって男に贈るんだろ?見本になるのココぐらいじゃないの?」
「あ、そそっか…、あはは…は」

余りの大袈裟なリアクションに自分自身に驚いてしまう。僕は何焦ってるんだろうか。

「まさか…男友達って、彼氏とかぁ?」
「はっえ!?そそんな訳ないじゃんっ!」
「そうなんだ。でも谷垣君そこいらの女の子より可愛いし、彼氏居ても不思議じゃないよな。ひひ」
「何言ってんだよ…僕男だし、可愛いとか嬉しくないし…。大体彼女いるから!」

何か沸き上がる気持ちを冷ますように、大袈裟に息を吐いてからそのページを見る。
一位、財布。二位、指輪かぁ〜…
予算的にもちょっと無理があるかな。虎さんの家行く前に、どっかショップ寄って行こう。
それにしても、彼氏って…。虎さんが僕の彼氏…?

「……!……!?」

じゃれあう様や、寄り添う様がモワモワと頭上に浮き出て、慌てて手でかき消す。僕最近変だ、絶対変だっ!

「た、谷垣君がおかしい…」

一人あたふたとしている遥に奇怪な視線を送る友人であった。


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