29「閉ざされる心」

数日後。
あの日苦難の遠出から帰宅した一行だが、談笑する間もなく遥は美咲に連れて帰られてしまった。それからしばらく、遥からメールはあるものの、ぱったりと会う事が出来なくなっている。
俺から誘ったならば、美咲にしっかりとガードされていてまったく持って機会がない。

そんなとある日曜日の正午過ぎ。
ごろんと布団に寝転び、鳴らない携帯を開いては閉じて暇を持て余していた。光は実家のお手伝い、良之助と泰司は合コンと言う名の出会いを求めに行っている。

「ゲームもやる気しねぇし、遊びに行くのもな−…、勉強なんて論外だな」

体を猫のように丸めて、目を閉じた。

「遥に会いてぇー…」

瞼の裏には鮮明に遥が映し出され、透き通るような優しい声色が鼓膜から想い出される。それだけでバクンバクンと心臓が波を打ってしまう。

ごろん

「遥〜」

ごろん

「は〜る〜かぁ〜」

ごろーん


ドタァーン!

「っが…!」

背中から床に転げ落ちてしまった。
なんとも情けない…こんな俺誰にも見せられないって…
その時、布団の上でぐぐもったバイブ音が鳴り着信を知らせた。慌てて起き上がり、ディスプレイも見ずに通話ボタンを押す。

「もっもしもし!?」

浅はかな期待を胸に。

ガガーガーガガー

「もしもし?」

騒がしい雑音しか聞こえず、電波のよい所を探すかのように部屋の中をぐるぐると歩く。しかし一向に相手からの返答がない。
遥なのか?

「ー…は、るか?」

震える唇で名を呼ぶ。

『もしもーし虎兄ぃ?聞こえるー?』
「あ゙?」

淡い期待など抱くもんじゃなかった。何とも虚しく期待は裏切られてしまった。本当にこいつは毎度毎度タイミングが良すぎだっての!

「…ち、なんだよ。てかお前の後ろうるせえんだけど」
『えー?あ〜今スロ中〜♪それでさぁ!今日親父のスーツクリーニング仕上がってるから取りに行ってくんない!?』
「てめぇで行って下さい。」
『それが今イイ時で…ぉお!やった!ごめん頼むな兄貴!晩御飯好きなエビフライにすっから、んじゃ』
「お前兄貴をエビフライで釣」

ブチッ
ツーツーツーツー

携帯を見つめる俺。

「…しゃあねぇ、行くか…暇だし…」

あ、決してエビフライに釣られてる訳じゃないんで、暇だからだよ暇だから。

上着を羽織り、手には携帯と財布を持ってクリーニング屋へと向かった。


◇◆◇

ウィーン、チリンチリン

「ありがとうございましたー」

一着だけかと思いきや、俺らの夏の制服も一緒に出していたようでかなりの大荷物になってしまった。家まで徒歩に二十分。自転車でこれば良かったと今更ながらに後悔する。
その時。

「あれ?タイガ?」
「うそー!タイガ久しぶりぃ〜!」

そんな掛け声と共にいきなり背後から抱きしめられ、首だけ下に向けると、懐かしい二人の女友達がいた。まぁ女友達と言うか…俺も若かったし、ね、それだけの関係もいい思い出と化そう。

「もぅ、タイガ全く遊んでくれないんだもん!毎日退屈過ぎてつまんないじゃん!」
「そうだよ〜。ねぇ今から遊ばない?」
「あーわりぃ。俺用事してるから」
「終わってからでいいからさぁー、ダメ?」
「ダメって言うか…」

遥の姿が脳裏に浮かび、今すぐこの場を去りたいと考える。そんな俺の表情を見てか、女が眉をしかめて問いてきた。

「まさか、本カノ出来た…とか?」

本カノ…、まあ本命の彼なる男はいるけど、恋人ではないしな。

「いない」
「だよね〜!タイガはやっぱみんなと仲良くしてないとー。本カノなんて作んないでよ」
「は…はは。"彼女"は作らないよ」

"彼女"は作らない。その真意など誰にも判るまい。
女達はひたすら何か喋っているが、俺の耳には聞こえているが聞こえない素振りで上の空。
すると前方から最も会いたくない人物が歩いてくる。長いふわふわの髪型に、流行のワンピースに身を包んだ──少女。

「──あ。……虎さん」
「美咲ちゃん…」

お互い3m程の距離を空けたまま立ち尽くす。虎の周りに居た女も美咲の存在に気付き「誰?」と聞いてくる。

「女性に人気あるんですね」

先に口を割った美咲はそう言うと、皮肉そうに微笑んだ。それに反応したのは俺ではなく、なぜか女達。

「はぁ?誰あんた。」
「馬鹿にしてんの?」

女達は俺の前に立ち、美咲に攻撃的な眼をする。美咲は怯えて少し後ろにたじろいだ。

「ごめん、こいつら血の気多くて。ほら、お前らもういいだろ今日俺相手出来ねぇから」
「もしかして本カノ…?」

女達は次に俺に体制を変えてくる。いやー美咲ちゃんは本命の彼女っつーかなんつーか…
だが、ここで要らない事を言えばまた美咲ちゃんを怖がらせてしまう。「そうだ」と、告げるように数回頷くと、女達は余程ショックだったのか呆気なく立ち去ってくれた。

「誰にでもそんな事言うんですか」

美咲は俯き目に言う。

「あー言っとかないと、あいつらに泣かされてたよ?」
「…」
「…」

ナイロンカバーのせいで滑り落ちるクリーニングした服を持ち直す。

「じゃあ、失礼します。」

そう言って俯いたまま通り過ぎようとした美咲を、俺は思い出したかのように歩みを塞いだ。

「あ、あのさ、」

──聞きたい事は判る

「…遥元気?」

ほらね、と美咲は振り向き満面の笑顔を見せた。

「すっっごい元気ですよ!毎日楽しく過ごしてます!」
「そ…そっかぁ…。それならいいんだ…」

俺の表情があからさまに曇る。

「それじゃあ!」

美咲は軽快な足取りで、雑踏の中に消えていった。
「すっっごい元気ですよ!毎日楽しく過ごしてます!」
俺と会わない日々、遥にとって俺がいない日常はいつもと変わらない日常に過ぎないのだろか。突きつけられる現実に、足元は暗く道を閉ざされた気分だ。
それでも、遥の笑顔を見る度声を聞く度…触れる度、それだけで俺の気持ちは救われていたあの頃。
だが、それさえも閉ざされようとしている。


──会いたい

ただそれだけなのに。


(29/49p)
しおりをはさむ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -