24

前日の金曜日。
放課後、光と買い物へと街の中心部にある大きなショッピングモールへと繰り出していた。明日着る服を買いたいと言い出したのは俺で、光は付き添い。やはりお洒落したいのが恋する男だろう!なんとも乙女炸裂だ。
そんな建ち並ぶ店のある一角。

「なあ、これどう?」
「いいんじゃない」

両手で綺麗に並べられた服を一枚一枚取り、自分に合わせては光に意見を聞く。

「じゃあ…これは?」
「いいんじゃない」

基本寒色系統が多いので、今選んでいるのは鮮やかな色合いがトップにプリントされたYシャツである。いつもと違う印象、ギャップを狙って。…乙女度が半端無さすぎで既に自覚なし。
そのYシャツをドンッと荒々しく棚に戻し、俺は先程から適当な相槌を続ける光を睨んで吠えた。

「なんなんだよさっきから光!」
「もう何件回ってんだよ、そのくせ一枚も買ってないし疲れた!」

確かに。既にモール内にある全ての店も周り終わり、二週目に途中しているぐらいだ。何一つ決められず購入する事にすら至っていなかった。いつもは逆に「早すぎだろ」と言われるぐらいなのに。

「てか、いつも通りでいいだろ!虎、遥ちゃん居るからって特別感丸出しし過ぎ」

図星。以前にも言われた「いつも通り」が頭を過り、急に恥ずかしくなり頬をひきつらせた。

「じゃ、じゃあこれだけ買ってくる…」
「はいはい。いってらっしゃい」

結局一枚だけ購入するのだった。
明日は遥と何乗ろうかな?一番人気のアトラクションはチェック済みだ、有名なお化け屋敷もあるので是非二人っきりで入りたい。きゃあ!怖い!とか言って抱き着いて来てくれれば万々歳だ。ああ、早く行きたい!ワクワクして胸が踊る!スキップしていいですか。
高鳴る胸に喜びを覚えつつ、ショップ袋を片手に光とモールを後にした。
向かいにある大通りを渡ると、近くにたこ焼きの屋台があり、そこで付き添いのお礼も兼ねて一パック購入しすぐ横にあったベンチに腰掛ける。焼きたてで外はカリッと中はふんわり。

「まるでお前みたいだな〜」

光は一つ、また一つと口に含みながらそう言った。いきなり意味の判らない例え発言に、さほど反応を示す必要もないと判断し同じくたこ焼きを一つ頬張る。

「ほら、虎って一見クールって言うか冷めてて淡泊そうじゃん、でも実は照れ屋だし几帳面だしバカだしバカだしバカだし。」
「ぶっ!…いきなり、何言い出すんだよ…しかも最後余計なんだよ」

褒められたのやら貶されたのやら微妙な心境で、光を横目で睨む。俺なりの照れ隠しだ、ご愛敬願おう。

「まさか恋愛に対してそんなに奥手だと思わなかった。」

次は核心を突かれ、冷や汗をかく。

「だって、そんなまともな恋愛って初めてだし…」

俺のステータスは情けなくも来るものの拒まず、去るもの追わずだった。それが遥と出会って約二ヶ月。月日にするとほんの僅かだが、与えられた影響は大きい。
女との交際がなくなり遊ぶ事も今ではすっかり幻化。女達は嘆いているらしいが、そんなの俺には関係のない事。必要なのは遥との未来だけだ。

「あー…これって初恋に近い…かも」

この世に生を受けて十八年。一秒一秒全てを一人の想い人に心を注ぐなんて、初めてなのかもしれないと思った。純粋に想うだけの恋…。何をする訳でもなくただ側にいるだけの叶わぬ恋心…。

「付き合いたいって思わない訳?」

光が最後の一個を食べ終えると、立ち上がりすぐまた横にあるゴミ箱にトレイを捨てた。

「付き合うったって、男同士だし…」
「男同士って、今更だろ。好きなら告白して付き合ってってあるだろうよ」
「そうだけど!そうだけど…」

口を紡ぎ、小さく呟く。

「俺だってどうしたらいいかわかんねーんだよ…。」

その台詞には、俺の精一杯の気持ちが詰め込まれていた。

「ほら、遥ちゃんお前に一番懐いてるしさ?前に進めよ、明日がチャンス!」
「懐いてるって犬じゃないんだから」

想像してしまい不覚にもにやつく。何となく俺の考えが読めたのか光は頬をひきつらせる。

「懐いてるだろ、虎のが遥ちゃんと居る時間断然長いよ。会わない日もメールとかしてんだろ?まるで恋人同士じゃねえか」
「え!そ、そうか?」

おお!確かにそうだ、四六時中ではないが定期的なメールはしている。そう思うと更に頬が緩んだ。
そんな隣の友人を見て、まったく素直と言うか判りやすいと豹吾に続き光までもが思ったのであった。


◇◆◇

同時刻。
場所は、とあるマンションに移る。
窓際には花柄のピンクのカーテンが引かれ、部屋の真ん中にあるハート型の赤いテーブルが何とも女の子らしさを醸し出していた。
そのテーブルに置かれたティーカップには紅茶が注がれる。美咲は手作りのケーキと一瞬に遥の前に並べた。

「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」

直ぐ様フォークを手に取りケーキに切目を入れる。大好きなキウイを見つけると、笑顔を弾ませて頬張った。

「美味しい!ほんっと、美咲の作るケーキっておいしいよね。いくらでもって食べれちゃう」

あっという間にたいらげて、二個目へと突入する。そんな遥を微笑ましい表情で見つめながら、美咲は紅茶を味わう。

「そういえば、遊ぶの二週間ぶりだよね私達。」
「え、そうだったっけ?」
「──っ!そうだよ!」
「ご、ごめんっ学校で会ってるから、その、判らなくて…」

失言だったと遥は慌て訂正するが、すっかり美咲のご機嫌は斜めのようだ。

「もういいよ…ケンカは止めよ、」

最近会えばケンカになる事が多くなった。距離が出来てしまったような不安な気持ちに駆られ、美咲は自分から話を切り替え学校の事やバイトの話題を話しだす。必死に、何かを埋めるかのように。

「そうだ!今日ね、友達から面白いものもらったの、」

すぐ脇にあった学生鞄に手を伸ばし、中から分厚い手帳を取り出す。それはいつも持ち歩いているプリクラ帳。すると、表紙とカバーに挟んでいた一枚のプリクラを遥の前へと差し出した。ティーカップを脇に避けて、遥は小首をかしげる。

「なに?」
「いいから、見てみて!」

美咲は遥の反応を伺った。その一枚のプリクラには一組のカップルらしきものが写っている。女が男の頬にキスをしている写真。

「あ…」

よく見ると、そのカップルの男は虎に似ている。

「これって…」
「そうなの、虎さんなの!」

美咲は思った通り遥が驚いた表情をしたのに満足したのか、少し興奮気味に話だす。

「友達が持っててさ、私も見た時驚いちゃって!慌てもらっちゃったの」

遥はじっとそのプリクラから視線を外さないまま、美咲の言葉に耳を傾ける。

「その一緒に写ってる子は友達の友達なんだけどね、去年付き合ってたんだって!」
「へぇ−、そうなんだぁ」
「でね!ここからが更に驚いちゃったの!この二人すぐ別れちゃったらしいんだけど、別れた理由何だと思う?」

遥に問いただしたが、答えを聞く間もなく話を続ける。

「浮気なんだって!」
「浮気?」
「そう。しかもただの浮気じゃなくってね、判る範囲でも五か七股はしてたらしくってさ、それ意外にも他の子に一杯手を出しまくってたらしいのよー」

瞬間、遥のプリクラを握る手がピクリと動いた。

「一回しか会った事ないけど、結構遊び人って感じはしてたんだよね〜。なんだかやっぱり!って感じ」

喋って渇いてきた口内を紅茶で潤し、遥のカップに新しく紅茶を注ぎながら話を続けた。

「それ聞いて遥の事心配になっちゃってさぁ…。最近仲良いけど、脅されたりとか怖いことされてないよね?」
「虎さんがそんな事する訳ないだろっ!」

ガシャン。その音と共にティーカップが転がり落ち、注がれたばかりの紅茶は絨毯を赤茶色く染めた。床から視線を上げれば、今まで見たことがないような剣幕で遥は肩を震わせながら拳を握りしめている。威嚇的な嫌悪の眼差しを向ける遥に、美咲はまずいと体勢を座り直し冷や汗を垂らした。

「は、はる…」
「虎さんは凄い真面目な人なんだ!友達思いだし優しいし、何より僕と仲良くしてくれる。いつも荷物持ってくれたりとか、電車でも席が空いてても座らないし、お婆さんとかにちゃんと譲ったりもする優しい人なんだよ!」
「…遥」
「女の子と付き合おうが、それを理由に虎さんを、侮辱す…るな…っ」

途端、遥は言葉を詰まらせ顔を俯かせてしまった。唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。きっと悔しくて涙が溢れそうになっているんだと判るが、美咲は引こうとは…しなかった。

「でも心配なのは本当だよ?虎さんと遊びだしてから、会う時間だって減ったし私の知らない遥が…増えてきて不安なの…」
「だからって、虎さんは関係ないだろ!」
「判ってるけどどうしようもないんだもんっ!ずっと昔から一緒に居ていつも私を優先にしてきてくれたのに、離れていく遥が嫌なの。判らない?怖いの!」

美咲の深い心の叫びを聞き遥は少し落ち着きを取り戻したのか、美咲の横へ行き正面を向かい合った。

「僕は美咲から離れてないよ?ずっと一緒にいるじゃない?」
「違う…そうじゃなくて…」

次は美咲が唇を噛み締めている。頬に一筋の涙を流して。

「もう…遥は遠いの…そばにいないの…」

遥の心はここにはいない──…
でもそれだけは言えない。「気付いて」しまったら、まだ握れる手は完全に離れてしまう。
少しでもすがりたいの、遥が大好きだから…。
遥はどう言葉を返していいのか判らず戸惑ったが、小さく震える肩をそっと自分の胸へと抱き寄せた。

…この僕より小さな君を守りたい。
中学を卒業する日に、第二ボタンと想いを伝えたのが始まりだった。
幼少の頃から同じ習い事、同じ学校と何かと一緒に路を歩んできて、いつしかお互いに想いを寄せ合っていた。
告白をするきっかけは、周りの友人達に乗せられてというのもあるが、事実僕は美咲に淡い恋心を抱いていた。それは、初めての勇気だったのかもしれない。
だが、そんな初恋はいつしか知らず知らずの内にすれ違い初めていた。それを敏感に感じ取ったのは美咲で…。
遥の胸の中で小さく嗚咽を走りながら、震えている。
どうして泣くの美咲。どうして離れている何て言うの?
遥はその意味を理解出来ずに、ただただ美咲を抱き寄せた。

「ね…ぇ、はるか…」

美咲は遥の胸の中で、問いかける。

「お願いがあるの──…」

そう言うと体を離し、紅く腫らした目で遥を見つめる。

…お願い?

美咲は真剣な表情で唇をゆっくりと開く。

「……あのね」


(24/49p)
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