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「…お母さんは」

その何の気なしの一言に部屋の中には沈黙が走った。遥はいけない事を聞いてしまったんだと肌身で感じ取りどうしようと思っていると、その凍った空気を溶かすよう俺は遥に笑顔を向けた。

「豹吾が俺のオカンだったり」
「そうそう、虎兄ぃ産むの大変だったんだからな!」

ケラケラっと笑いそんな冗談を豹吾と言い合った。それはまるで誤魔化すかの様に。

「さっ!食べて食べて。皿部屋の前置いててくれたらいいから」
「至れり尽くせりだな。」
「ありがたく思えっ」

生意気なんだよっと額にデコピンをし、さっさと行けと手で追い払う仕草をする。しかし豹吾はそれを知ってか知らずか、遥に話しかけて居座る気でいるようだ。

「遥ちゃん16なんだ!一緒一緒。高一だよね?」
「うんそう。同じ歳だったんだね、大人っぽいから年上かと思っちゃった」
「え、俺ってば大人っぽい!?いや〜」

鼻を伸ばして、後頭部をかく弟に更にイラッとし睨み付けたが、気が大きくなっているのかスルーされた。
あー完璧女だと思い込んでるなこれは。
「実は男なのに」とハンっと鼻で笑い、オムライスを次々と胃袋に入れる。しかし遥は豹吾に話しかけられてか、食事に余り手が進んでいなかった。

「豹吾、さっさと出ろよ。遥が食べらんねぇだろが」

食べたそうにする遥に見かねて、助け舟を出す。邪魔者はさっさと消えろ的な殺気を漂わせて、首根っこをつまみ部屋から追い出した。「兄貴のくそバカ!」と、廊下で聞こえたが聞き流す。

「やっと静かになった」

ポソリと座りながら言うと、遥の耳には届いていたようで、直ぐ様オムライスを頬張った口を押さえて小さく笑った。

「仲、いいですね」

なんとも優しげな表情でそう言った遥は、そのまま食事を続ける。俺はと言うと、またその笑顔に胸を打たれ顔を紅くしていた。もし遥が女だったらそのままキスの一つでもして押し倒せるのに…そんな節操なしな事を思いながら。
これが性別と言う名の壁なのか。


◇◆◇

「お邪魔しました」
「遥ちゃんまた遊びに来てね!」
「うん、ご飯おいしかったよ。制服もありがとう」
「遥、いくぞ」

制服も乾き、いい時間になったのでと遥は帰る事になった。泊まっていけばいいのに…とも思ったがそうもいかない。
家の門を開け豹吾に掴まれ動けない遥との間に入り引っ張り剥がす。豹吾は何とも名残惜しそうに手を振り回している。
次は絶対アイツがいない時にしようと心に誓う。
時刻は夜の九時。もう十月に入り季節は秋へと向かっている今、薄手の長袖がいるかなと言う程の気温である。遥の歩幅に合わせゆっくりと並んで歩く。
家の近くの土手を抜け、神子橋を渡りそこから少し行けば遥の家だ。
話には聞いていたが、実際に知った時にはこんなにも近いと言う事に喜びを隠せなかった。

「ここで大丈夫ですよ、わざわざ送ってくれてありがとうございます」

神子橋を渡って直ぐに、遥は振り向き言った。一人では心配で最後まで見送りたかったが、ここで食い下がらなかったら遥も変に思うよな。

「おう。気をつけて帰れよ」
「はい!また家に誘って下さいね」

頷いて返事をし遥はそのまま帰って行った。
遥の姿が見えなくなるまで橋の袖に寄りかかる。

「結局何にも無しか…。まあ普通に楽しめたから、いっか」

前途多難。遥の気持ちは一体いつ振り向かすことが出来るのやら。

煙草を取り出し火をつける。吐き出す煙が橋の寂れたライトに照らされ雲を描いた。しばし橋の下を流れる川を見ながら今日の遥を思い返す。
一つ一つの言葉に胸を踊らされる俺。無邪気で優しい笑顔にときめく俺。
夢にも遥ばかりが出てくる、自分を好きだと言う遥。

「あーっ!」

胸に溜まった思いを吐き出すかのように叫んだ。

「遥…すっごい大好き──」

煙草の煙に届かぬ思いを乗せて、一人座り込み暗い空を見上げる。
キラキラと数個の星が輝きを褪せる事なく放っていた。


(22/49p)
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