21
家に着いてすぐ、遥にお風呂でシャワーをと勧めた。
遥が入浴中に自分のTシャツとジーンズを用意し浴室前に置きに行く。
「遥ぁ、ここに服置いとくからなぁ」
そう言って汚れた遥の制服の汚れをついで取ろうと空いた手で持ち上げた時、ひらりと何かが落ちた。
「パ…ッ」
そこには青色のボクサーパンツが床に無造作に寝そべっていた。
遥ボクサーパンツなんだ。このパンツを履いた姿がもやもやと脳裏に浮かび上がる。肌にぴっちり引っ付いて体のラインがくっきり出ている姿…
「…!お、俺なに考えてんだ?冷静に冷静に友達友達…っ」
目を力一杯瞑り、持ってきた服をドンッと上に重ねて退室する。
いや、しようとした。耳に聞こえるシャワーの音が俺の理性を邪魔するのだ。
「あの扉の向こうで、遥…はだか…」
パッチーン!
有らぬ思考に力一杯自分の頬を殴って嫌に妄想が激しい自分に喝をいれ、そそくさとリビングへと向かう。
テレビを付け食器棚からマグカップを2つ取り出し軽く温めたお茶を注いでいたら、突然リビングの扉が開かれた。しかし、そこに居たのは遥ではなくこれまたずぶ濡れの弟、豹吾だった。
「だぁ−っっ!酷い雨パンツまでぐちょぐちょ気持ちわりぃ!」
脱いだ靴下を片手に持ち、カバンをソファーの横へ無造作に放り投げる。すると、くるりと体を反転させリビングを出て行った。その脚が向かう処は。
「まっ待て!今…!」
ガチャリ。後を追いかけたが時すでに遅く、豹吾はそのまま勢いよく風呂へ向かう扉を開けた。
「!」
ばたん。
だがすぐに閉めてしまい何故か固まってゆっくりこちらを見てきた。
「虎兄ぃ…超−可愛い人が風呂場に居るんだけど…」
豹吾は目を丸々とさせて、尚も固まっている。その時またも扉が開かれた。豹吾の目の下の高さに遥のふわふわの頭が現れる。
「すみません、シャワーお借りしました。」
ぺこっと律儀に礼をし、豹吾は慌て同じように礼をする。
危ない、豹吾の目が輝きだした。危険を察知してすぐ様遥を隠す様に手を引き、二階の自分の部屋へ上がるよう促す。こいつ絶対女だと思ってるし何か言われる前にこの場から去らないと。
遥の姿が見えなくなり部屋の扉が閉まった音を確認すると、ゆっくり豹吾に視線を向ける。案の定、"あの子が噂の天高の美少女"か…なんてこれでもかとキラキラしちゃってる訳で。
「すげぇ!すげぇまじ可愛い!虎兄ぃにしちゃ珍しく純粋そうな子じゃん!」
またこいつは俺を何だと…言い返すのもめんどくさくって、呆けている豹吾を押しきって冷え切った体を暖める為に浴室へと向かう。豹吾には一応バスタオルを投げつけておいた、いくら兄弟とは言え一緒に風呂に入る趣味はないが風邪を引かれては迷惑だ。だが、すぐ様扉は開かれた。
「部屋行くなよ。」
「えっ!」
階段に左脚を乗せていた豹吾は引きつった笑顔を見せて、あははっとごまかすようにリビングに体を向け直す。
やはり俺の目を盗んで遥の処に行くつもりだったな。勘が鋭いと言うか、さすが我が弟ながらの単純な脳細胞を理解していたと言うか…。
豹吾本人も逆らう事の怖さを知り尽くしているので、もう二階へ上がる事はないだろう。
そして、すぐにシャワーを浴びて遥の待つ部屋へと向かう。汚れた制服は豹吾が律儀に洗って乾燥機に入れて回してくれていたので、そのままコーヒーが入ったマグカップを持って上がった。
自室の扉を開けると、テーブルの脇に自分のシャツとジーンズに身を包んだ遥がいた。小柄な遥には少しサイズが大きかったようで、なんだかたぷたぷしている。テーブルにあったファッション雑誌を見て時間を潰していたようだ。
マグカップを手渡し高座の低いソファーに、ふぅ…と一息しながら座り込む。
「ありがとうございます。さっきの弟さんですか?」
「うん、そう。残念ながら」
「顔そっくりですね、」
クスリと笑いながらそう言ってきた遥は、湯で暖められた頬をピンクに染めていた。少し距離あるのに…甘い良い香りがする。同じ石鹸使ったのにこうも違うんだな。
抜けるような幸せ気分に浸り、抱き付きたい衝動に駆られふと我に返りコホンと咳払いをした。幾らこの空間に二人きりだからと言って遥は"友達"なんだ。今からの友達の時間に集中するんだぞ、俺。
「とりあえず…何する?」
「え〜と、そうですねぇ。何しましょうか…」
即刻つまづいた2人であった。
それから二時間近くが経過した。とりあえず…で、バトル型のテレビゲームで楽しんでいるのだが案の定俺は負けに負けている。百戦錬磨の俺はどこに旅に出た。
「テレビゲームは昔割とやり込んでたから、得意なんだぁ」
成る程、そうゆう訳で強いのね。ってレベルの強さじゃないだろ!半端ない強さだと負けてダウンしている自分の分身が物語っていた。なんというのか、こうも負け続けると悲しいなぁなんて思ったり。
「いつの間にか外暗くなってますね」
遥はおもむろに立ち上がり、窓から外を眺めた。知らぬ間に夕刻を過ぎ暗闇が訪れだしていたのだ。
壁際に置かれた時計はもうすぐ19時を指し始めている。
コンコンコン
その時、部屋の扉がノックされた。スライド式なので訪問者は自身で扉を開けて姿を現す。
「どもども〜」
そう言って入ってきたのは豹吾だった。俺は「何しにきた」と眉間にシワを寄せて立ち上がる。
「ちょっ、邪魔しに来たんじゃないから!」
「じゃあ何?」
怖いよ兄貴!と豹吾はビクビクと逃げ腰だ。
「晩ご飯持ってきたの!」
手元をよく見ると、お盆に乗せられたオムライスが二つある。
「ほんっと、虎兄ぃは早とちりなんだから。遥さん、良かったら食べてね」
「うわぁ、ありがとうございます。美味しそうー」
テーブルにオムライスとお茶が入ったコップとスープを次々と並べていく。湯気が立ち作りたてを伺わせる。
遥はお腹が空いていたのか、すぐ様食事の前に座る。
「もしかして豹吾さんが作ったんですか?」
「うん、そう。」
遥に続き、虎も用意された食卓の前に腰を下ろす。
「こいつ、料理とか家事全般得意なんだ。見た目に似合わず」
「へーすごいですねえ!」
「虎兄ぃも親父も何もしないから、俺がするしかないんだろ!」
豹吾は突っ込むノリで答えると、遥はふと一つ疑問に浮かぶ。
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