18「これからも」



◇◆◇

「谷垣上がっていいぞ」
「はい。お疲れ様でしたー」

今日は日曜日なのもありカラオケ屋である僕のバイト先は忙しかった。深夜部との交代時間を一時間程オーバーしやっと一息つけるとロッカールームへと向かう。

「お疲れ様です、お先失礼します」

同じくロッカールームに居た仲間に挨拶をし、足早に店を後にした。華やかな街路樹を抜けるとそこに一つの電話ボックスがある。その隣で彼女の美咲が立っている。近くまで足音を忍ばせながら近付いてひょこっと顔を覗かせた。

「美っ咲」
「遥!もう、遅いー」

美咲はプンプンと頬を膨らまし、軽く体当たりするかのように寄り付く。ごめんね?と頭を撫でてやると「しょうがない、許してやる」と呟いた。美咲はとても可愛らしいお花のような女の子だ。身長だって僕より低いし、まん丸なビー玉みたいな目はとっても綺麗。自慢の彼女って言うのかな?余り彼氏らしい事は出来ていないかもしれないけど、僕にとっては大事な彼女だ。
時刻はすっかり十時を回っていて、少し足早に帰路を歩く。そしていつものように今日あった事をお互いに話し合った。

「それでね、良之助さんが虎さんにまた怒られてさ」
「ふ〜ん」

最近ではすっかり虎さん達と遊ぶ機会が増えて、僕の頭の中は虎さん達で一杯だった。ひたすら話を続ける僕に美咲は軽く相槌を付いて空に浮かぶ月を眺めている。その表情はなぜか冷めたものだった。だが美咲に気も付かずに僕は淡々と虎さん達の話を続けた。するとふと、美咲が立ち止る。

「…遥がそんなに友達の話するのって、初めてだよね」

少し後ろ立ち止った美咲に振り返って、僕は「どうしたの?」と聞く。月夜が隣を流れる河川敷に映りゆらゆらと泳いでいる。

「いつも美咲美咲ってさ、後ろに着いてきてた遥が…最近…何だか離れてく感じがして寂しいなぁ…」
「美咲…」
「でも、良い事なんだよね。遥に大事な友達ができたんだもん、ね。」

幼少の頃からずっと仲良くて、言わば幼なじみの僕と美咲はいつしかお互いに恋をし中学卒業を機に恋人へと発展した。周りからの後押しされる雰囲気でいつしか…と答えるのが正しいかもしれないが、好きな気持ちは本当だと思う。そしてもちろん僕にだって友人ぐらいは居るが幾分"真面目"と言うか、寸分とずれる事のない平坦な日常しか送った事がなかったのである。だから、虎さん達と出会ってから今まで経験し得なかった事をし、世界が広がり楽しくて仕様がないのだ。だが、美咲からしてみれば削られた時間が恋しかったのだろう。最近はめっきり学校とバイト終わりに一緒に帰るぐらいにしか会っていないのだ。考えてみれば、美咲が寂しがっているのは明らかだ。

「ごめんね美咲…」

自分が彼氏の立場として寂しい思いをさせてしまった事は最低だ。精一杯の謝罪を口に乗せる。すると美咲が腕を組んできて体を密着させてきた。

「いいの!気にしないで?」
「でも、そういう訳にもいかな…」

ちゃんと気持ちを伝えなければならないと思い絡みつく美咲の肩に触れたその時、制服のスラックスのポケットから携帯のバイブが鳴った。ごめんと美咲に断りを入れて携帯を開く。そこには一件の受信メール。

発信者『虎』

「あ」

明らかな声のトーンの違いに、美咲は小さく眉を寄せる。虎さんから届いた文面を一通り読み終えると美咲に気まずそうに視線を向けた。無意識な表情は目は困って口が喜んでる状況だ。美咲はにかりと笑顔に変えて腕に巻きつく力を強める。

「誰?何て?」

ディスプレからちらりと見えたので誰かなんて判ってはいるが、尋ねてみる。

「うん、虎さん。明日家に来いよだって」
「ふ〜ん。行くんでしょ?」
「え、でも…」

先程彼女に対しての軽率な行動を反省したばかりなのに、僕の心は正直遊びに行きたくて仕方がなかった。

「行っておいでよ。友達も大事だよ!」

しかし尚も困った顔のままの僕に、美咲はプッと噴出した。え?と思い美咲を見やる。

「もう!私達は付き合ってるんでしょ?遥が私をちゃんと好きでいてくれたらいいの、学校でも会えるんだから。不安な困った事言ってごめんね?」
「美咲…。…本当にいいの?」

再度の問いに、美咲は「いいよ?」と小首を傾げ擦りつけてくる。

「うん…ありがとう美咲。遊んでくるね!大丈夫だよ、僕美咲の事これからもずっと好きだからね」
「うん!わたしもっ…だよー…」

だが、その言葉を紡ぐ前に美咲は口を紡いだ。即座に返信を打つ嬉しそうな遥の表情により一層不安な視線を注ぎ、地面にゆっくり目を伏せる。

これからも…か…。
そんな美咲の思いを、遥は知る由もない。


(18/49p)
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