7「自覚」
ジリジリと頭が焼けるような痛さだ。
「虎兄ぃ、虎兄ぃ」
豹吾がくるまる布団をひっぺ返し体を揺すってきた。豹吾は高校一年の弟で、俺と同じように女っ気が酷い男だが家事全般を得意とする見た目と中身がそぐわない奴だ。今も骸骨が描かれたエプロンをして、たわしを持っている。何か掃除していたのだろうか。
「美園さん来てるぞ?」
「えー…あー………」
俺はだるそうに体を起こし、部屋の入り口を見る。豹吾と入れ替えに美園と名乗る男性が入ってきた。
「どうした、だるそうだな。まぁいつもの事だけど。遊び過ぎか?」
「うるせー」
苦笑混じりに軽く笑った美園は、部屋の中央の小さなテーブルの前に腰掛けた。
「どうだ?腕の調子は。」
そう質問をしながら、片手間に聴診器を取り出す。
「相変わらず。これ以上上がらねえまんまだよ。」
俺はそう答えるとTシャツを脱ぎ左腕を上に挙げた。しかし、垂直から上には挙がらない。
左肩には、盛り上がった傷口が大きく残っている。
美園は、聴診器を虎の胸に当て肩に手をかけた。
「消えないな。整形外科、いいのか?リハビリを受ければマシにもなるぞ」
「いいよ。別に痕残ろうが気にしちゃいない。それに大して生活に支障はないしリハビリもいらねぇ」
「そうか…。」
腕を上下に上げては、ぐっと押さえ込み軽いストレッチを施す。挙げた腕からじわりと鈍い痛みが伝わり、汗が滲み出る。
「どうした?元気ないな。女にでもフられたか?」
「ちげーよ。すぐ女って」
「虎が他で頭悩ます事なんてあるか?」
そう笑い一連の作業が終わると、俺は苦笑しつつ服を着る。
「心ここにあらずだな、」
その言葉に、ふっと遥の顔が横切り頬が緩んだ。
「美園さんは、何でも判るんだな」
「当たり前だ。何年一緒に居ると思ってる」
「えー、俺生まれてから18年?」
「そう。へその緒切ったのも俺だ」
「美園さん今年いくつだっけ」
「27だが?」
「9歳で、俺のへその緒切るなよ」
あははっと、笑い声が部屋にこだまする。しかし、俺はすぐに真顔に戻ってしまった。
「…。また来週な。」
美園さんは、気を使ってくれたのか、今日は帰って行った。
いつもなら、2、3時間は話が今日はそんな気分じゃない。
俺はまた、布団にボスッと倒れ込み、考えに更けていた。
まさか、男だったとは。
勝手に勘違いをしたのは俺だし、女に間違えられたアイツも嬉しくないだろう。
だが、ショックには変わりはなかった。もう巡り会えるかも判らない、あの百年の恋にも匹敵するときめき。
「ああー…」
なんて残酷なんだ、神様は。
枕を縦に抱きしめ、また遥の笑顔が頭をよぎる。
── キ ュ ン
「ぐあぁあぁ〜!」
頭をかきむしり、必死に消そうとするが、遥が沢山出てきて微笑んでくる。
やめてくれ!
やめてくれ!!
「消えろ──ッ!」
消えなかった。
遥がまた現れては、笑いかけてくる。どこもかしこも遥だらけの脳内。無意識に笑い返し虎は目尻が下がりきった笑顔をした。
部屋に枕を抱いた、キモい笑顔の俺。
俺、
キモい。
ため息が出るばかりだ。
どうしたんだよ、俺…
男だと判ったのに、脳裏にこびり付いて離れない。
「男に……
恋したのか?」
俺は、天井を見つめて言った。
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