29

正直、何を悩んでいるのか自分でも分からなかった。
釣り合いを感じられない事への不安や、ここに来て急浮上してきた茜の存在。
しいて言えば後者が一番悩ましいのだが、グルグルグルグルと渦巻く胸中に苛立ちさえ感じてしまっているのだ。
「午後の紅茶フルティー苺味」と書かれたパックを眺めて、どんな味がするのだろうと無意識に思考を巡らせる。
すると、俯いた視線の先で、美咲の細い指が机をつついた。
美咲はまた小さな声で、問いかける。

「はーるか。ね!」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「うわーかなり重症だね…。ケンカでもしたの?彼と。」

そう聞かれ、遥はフルフルと首を振った。
ケンカ、そうじゃない。

「なんかさあ、…僕らってバランス取れてるのかな?」

そんな投げ掛けに、美咲は口を空けたまま目を丸くした。その表情には、驚きと、少々の呆れなのか怒りなのか、不服そうなオーラが漂ってくる。

「なんでそんな事思うの?何かあったの?」
「…うん。なんて、言うか…僕ってただの高校生じゃん。これと言って取り柄もないし、虎さんがいなきゃ何も出来ないような…子供じゃん。それに、………男、だし……。」

そこまで言い美咲を見ると、やはり呆れた表情は変わらず、こちらを見ていた。そして更に、溜め息をつかれる。

「結局ただのノロケだと思うんだけど、まあ要するに好き過ぎてどーしようもないって事ね。わかったわかった。」
「え!?な、なんでそうなるの?」

思ってもみない返しに、遥は心の奥を見透かされたようで恥ずかしくなってしまったのだが、あっさりと不安を一掃させられてしまい、次は遥が不服な気分に陥った。

「違うよ!いや違わないけど、じゃなくって、僕真剣に悩んでるんだよ?」

前のめりに向かいの美咲に真っ直ぐに問いかけると、美咲は俯き溜め息をついた。

「いいじゃん、悩めば。恋人なんだから不安になる位当たり前でしょ。羨ましいよそんなに思われるなんて。私の時も不安でいっぱいいっぱいになって欲しかったなぁ……。」
「あ……ごめ」
「なんてね!ただ羨ましいのは本当だけど、謝らないでよ。それにもう遥の事なんとも思ってないから、ふふん。」

美咲はそう言うと、ニッと口の両端を上げて笑った。
一瞬まだ自分に気があるように感じて咄嗟に謝ってしまった事に、なんだか気まずさと気恥ずかしい心境になってしまい、気を紛らわすようにジュースのパックを握りしめた。
美咲と別れたと言っても、幼なじみとしての立ち位置は以前と変わらずにいるのだ。今ではすっかり、恋の相談なんてのまで引き受けてくれようになったのだ。
同姓同士の恋仲なだけに、西脇には相談出来るはずもないので、非常に助かっていたりする。

「遥たちってさ、そういう話ってしないの?」

美咲は自身の束ねた髪をクルクルと指に絡めながら、問い掛けた。
少し考えてから、小さく頷き返す。

「仕事とか色々と忙しいのに負担はかけられないよ。そう言う話は出来ない……。」
「そうなんだ。」

すると、最後の美咲言葉を遮るかのように、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いた。わらわらと教室に戻る生徒に合わせ、美咲も腰を浮かす。

「なんか意外。あなた達って、まだなんでも話せる仲じゃないんだね。」

その一言を残して。

ドキりとした。美咲にしてみれば何気ない一言なのかもしれない、でも遥にしてみれば的を得た言葉だったのだ。
視線をどこへやればいいのか判らず、無意識に人並みを避けるように動かしている。自分の図星を悟られまいと、心を軽くしようと。
そんな遥に気付く事もなく、西脇も、その彼女もいつの間にか居なくなり、空いた席が徐々に埋まり始め本鈴が次の授業を告げた。教卓の前には既に次の教科担当がいる。
号令がかかり、習慣的にお辞儀をし席に座った。

本当は、一番分かっていて、でも自覚などしたくなかった。
付き合っているのに、境界線を越えられないような、虎に寄り添うしか出来ていないんだと言う自覚。
好き同士なんだとは、よく分かる。虎の愛おしいと言う視線が何より物語っているのだから。
でも本当は、虎の本心も、その時どう思い胸に秘めているのかも、何も、知らない。
そんな話を……しないから。

ぎゅうっと、胸が締め付けられ苦しくなる。

「僕らって……。」

そう呟いて、唇を噛み締めた。
これ以上は口にしてはいけない、そんな気がして、教科書をペラペラと捲り気持ちを遠ざけようと誤魔化した。


(29/30p)
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