28

それから数時間後。
時刻はすっかり夜7時を越えていた。
仕事を終えた虎達は、最寄り駅のロータリーで美園のお迎えを待っていた。

設置されているベンチに腰掛ける虎は、酷く疲れたようでうなだれるように座り肩を落としている。
撮影中だけのみならず、休憩時間やその後も飲みに行こうだの、茜は虎の側を離れなかったのだ。
離そうと口を開けば「いいの?今日の仕事パーになるけど」なんて耳打ちしてき、挙げ句の果てに「明日には新地になってるかも」なんて脅しもいいとこだ。
もちろん、そんな事を言われれば邪険にも扱えず、しがみつき甘ったるく話しかけてくる不快な声色に我慢をするしかなかったのである。
こんなにも、神経が削られたのは初めてな気がする。

そんな虎を隣に腰掛ける遥は、声をかける事すら出来ずに気まずそうに覗き込んだ。
目を瞑る虎とは視線が合う事はなかったが、なんだか遥まで働き疲れた気分になる。
そんな無言のまま、迎えに来た美園の車に乗り込むと、虎はすぐに寝てしまい、遥はじっと過ぎ去る街の光を見つめていた。





◇◆◇





『昨日はごめん』

昼休み、教室で弁当を開けている時に鳴った携帯の画面には、虎からのメールが表示されていた。
一式食事の準備を終えると、卵を一口頬張りながら、遥は返信をする。

『いいえ!お疲れ様でした(^ー^)疲れは取れましたか?仕事頑張って下さいね』

送信ボタンを押し、携帯を開いたまま机に置く。
次に肉巻きを食べようかと箸を伸ばしたのも束の間、ひょいっと前に座る西脇の口へと入ってしまった。
あ、と言う表情で見つめる遥に、西脇は更に冷凍グラタンの上に乗っている小エビまでも食べてしまう。

「浮かない顔してんなよ!俺が全部食べちゃうぜ〜」

そう言いながら、次はウインナーを狙ってきたので、遥は弁当を横へと持ち上げて首を振った。
小エビ大好きなのに……。
ホワイトソースしか残っていないグラタンを、惜しむようにちびちびと食べる。
二年になり、クラス替えでまたもや同じクラスになった西脇と、お互いに仲のよかったクラスメイトとクラスが離れた事も相成ってか、こうやってお昼を一緒にするのが増えてきた。
移動教室も然り、何かペアでの作業なども、西脇とするのが多くなった。

「何かあったの?」

食堂で買ってきたオムそばを頬張りながら、西脇は聞いてきた。相変わらずウインナーを狙ってくる西脇を除けながら、遥は重そうにうなだれる。

「うん………まぁ……、」
「待った!俺が当ててやる!あれだろ、詰まってるとか。」
「詰まってない!てか食事中にやめてよっ」

でも1日の始まりは快便から始まり、などと言う西脇に、少し気が楽になった。

「西脇くん、彼女は?」
「お友達とですー。俺より友達と食べるのがいいんだってよ。なんだよ、なんだよっ。」

ぶすーっと膨れる西脇に、ぷっと笑うと、西脇はガッとオムそばを口に流し込んだ。少し噛み終えると、他にも買っていたパンを袋から出す。西脇は結構な大食いだ。

「お前さ、矢野と付き合ってたじゃん。倦怠期とかあった?」
「倦怠期?うーん、無かったかなあ……。」

問われて、少し考えながら答える。
矢野とは美咲の事だ。矢野美咲。遥が以前付き合っていた、幼なじみである。

「うそ、ありえねえ。どれくらい付き合ってたけ?二年?三年?」
「そんなにないよ。付き合ったのは一年くらいかな。」

すると、最後の一口を終えて弁当を片付けていたら、目の前にジュースのパックが現れた。
差し出された腕を辿ると、そこには、話の張本人、美咲と西脇の彼女が立っていた。
ウェーブのかかった長い髪を横に一つに束ね、リボンの髪飾りが付けられた美咲と、ボブヘアーのギャルっぽい西脇の彼女。
西脇は自分の彼女を見るや否や、目を輝かせ始めた。余程好きなんだと分かり易い。
遥は差し出されたジュースを受け取ると、美咲に小首を傾げた。

「さっき当たったの。」

自販機に設置されているおみくじだろ、当たればもう一個貰えるのだ。

「ありがとう。あれ、彼女さんが一緒にご飯食べてたのって美咲だったの?」
「え?ううん、さっき食堂で会ってね。教室戻るから一緒に行こうかーって。」

そう言いながら、美咲は斜め前の自分の席の椅子を引っ張り出して遥の近くに座った。
西脇の彼女は、西脇に用意された席に腰掛けている。
今回のクラス替えで、美咲も同じクラスになったのだ。彼女さんは一つ隣のクラス。

美咲はちらりと西脇を見て、彼女と話しているのを確認すると、幾分小さな声で遥に問いかけた。

「何かあった?朝から暗いけど。」

遥を心配する幼なじみとしての大きな瞳が、真っ直ぐに遥を貫いている。
遥はストローを差し口に突き刺して、苦い表情を浮かべた。


(28/30p)
しおりをはさむ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -