27

「あれ〜谷垣くんだー。」

聞いた事のある甘ったるい声色に、瞬時に視線をあげた遥は、目の前にいる人物に目を見開いた。
見たことのない綺麗な女性だが、明らかに聞き覚えのあるこの声。

「…もしかして、茜さん?」
「うん。」

ひらひら〜と手を軽く振り、目を細めて茜は笑った。遥はなぜここに茜がいるのだと、彼女を見つめたまま頭をハテナにする。

「谷垣くんも来たんだぁ。もうすぐタイガくんの撮影だよー」
「?撮影…?」

その聞き慣れない単語に眉を寄せた遥は、隣の守道に目線を向けた。守道は苦笑いを浮かべて、ミモリに救いの視線を投げかける。その動きに、遥もミモリにへと視線を移動した。
すると、説明をしようとしたのか一瞬口を開いたミモリは、いきなり一点を見つめて目を輝かせ始めた。
遥達の背後の入り口に、虎が居たのだ。
カーラーで巻かれたのか、全体的にウェーブがかかった無造作なヘアースタイル。首もとにはウォードランドのアクセサリーを身に付け、その主張を潰さないように、ざっくりと襟元が開いた黒のTシャツ。そしてジャケットを羽織り、ジーンズといったシンプルな服装に身を包んだ虎は、眉間に血筋を立て、いたく不機嫌な表情を浮かべている。
そこいらのモデルにも引きをとらない程の魅力を醸し出しているのだが、その怒気をも混じった表情が威圧感を感じさせる。
そして、更にこちらに気付いた虎は、瞬歩の如く早足で向かい守道の前に立ち止まった。

「店長。これどういう事っすか。説明して下さい。」
「あはは…やっぱ怒るよね、うん……」

冷や汗を流しながら、頬をひきつらせる守道とは裏腹に、ミモリが喜びに満ちた笑顔で割って入ってきた。虎はそのままミモリに視線を移す。

「やーん!髪型いい!好き!」

虎の怒気に知ってか知らずか、フワッとカールした毛先をツンツンとつつき、スレンダーな長身をうねらせた。

「ミモリさん!」
「えへーごめんごめん。でも似合うよー!モデルさんみたいじゃん、かっこいい!」

説明する気を見せないミモリに、虎は溜め息を付くと、守道の横で口をあんぐりと空けた遥に目を向けた。バチッと合った視線に、遥は困ったように目を泳がせる。いつもより更に格好良さが増した虎に、瞬時に対応しきれなかったようだ。
そんな遥に、不服な状況を恨んでいた虎なのだが、今の自分の姿が変なのかと少し不安になる。

「やっぱ変だよな?似合わねーよな、俺がモデルとかあり得ねーよな!すぐ脱ぐわ。」

ジャケットに手をかけ脱ごうとする虎に、遥は焦り止めようと手を伸ばすが、その虎の手を止めたのは遥ではなく、細い茜の手であった。

「ちょっと何で脱ぐのよ。似合うよねー、谷垣くーん?」

更に虎と遥の真ん中に割って入ってきた茜は、虎のジャケットを羽織り直し、後ろにいる遥に問いてきた。
伸ばした手のやり場をごまかしながら、遥は二回小さく頷く。

「うん、虎さん、似合ってます。……かっこいい。」

最後を小さくそう吐いた遥に、虎は思わず嬉しくてはにかんでしまった。

「そ、そうか…?」
「ほら谷垣くんも似合うって!いい加減覚悟決めてよね。男なんだから。」

虎の首筋に指を触れるか触れない程度に撫でてそう言うと同時に、スタッフとカメラマンから撮影を始める声がスタジオに響いた。
茜の手を払おうとすると、上手いこと交わされ手を引かれる。

「じゃあねーまた後でね、谷垣くん!」
「おい手離せ、」

手を振り払おうとする虎を強引に引き連れたまま、カメラの向こう側へと行ってしまった。
残された遥は、急な展開に追いつくのがいっぱいで、ただあの虎と茜が触れた部分だけが脳内に焼き付いて離れないでいる。

「い…いんでしょうか?虎さん凄い怒ってましたけど…」
「だよねー…。やっぱり先に言っておくべきだったんだよ、ミモリ!」
「まあまあ、いいじゃない。あんなに素敵な彼をちっこい工房に閉じ込めておくなんて、勿体ないわ!第一、やっぱり虎くんだからこそ私達の子を付けて欲しいし…。様になっていて素敵じゃない?」

ね?と、豪快な笑顔を見せるミモリに、遥は改めて虎を見た。
カメラテストをする傍らでふてくされ俯き、腕にすがりつく茜を払いながらスタイリストにセットされている。
まるで、今までそこに存在していたかのように溶け込んでいた。
悔しいけど、茜と並ぶと更に様になっている……。

「………っ。」

胸の中がぐるぐるする。
遥は胸元を押さえながら、生唾を飲み込んだ。
そして、自分が嫉妬と言う感情に呑み込まれて行く感覚に、嫌悪感を走らせた。


(27/30p)
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