26

「昨日さ、初めて会ったけどね、茜ねタイガの事本当ずうーっと前から知ってたんだよ。だってタイガちょー有名じゃん、」

確かに。色んな意味合いで有名だったと思う。……女関係で。
自分が今まで知らない相手に知られている事は数あったので、否定出来ない分虎は黙って茜の説明を聞き続けた。

「でー本題。」

すると茜はガタガタと椅子を動かし、虎と触れ合う程の至近距離にまで近づく。

「茜ね、この会社の社長の娘なんだー」
「……。」
「あれ?びっくりしなぁい?」

いや、ちょっと驚いた。うん。
社長の息子と言う良之助が友人にいたので、余りその類には免疫があるのだが、それが何の関係があるんだと言う方が大きい。

「まあ、それでね、タイガの会社の取材じゃん?今日。その雑誌の編集長がこれまた茜のお兄ちゃんなんだけど、企画段階でタイガの所だって知っちゃって。茜モデルもちょっとやってるから、アクセサリーページの撮影をタイガとが良いってワガママ言っちゃったの。えへ。」

いや、ちょっと待て、確かに薄々感づいてはいたが、これはやはり……。

「俺、モデルすんの?しかもお前と?」
「うん!そう言う事!」

えへへーと笑う茜を余所に、虎の心は若干の怒りに充ちていた。

「断る。」
「え?」

虎の返答に、スタイリストまでもが手を止める。

「モデルとか誰がやるか。だいいち俺は仕事で来てんだよ。」
「うん、仕事でしょ?これも仕事だよ?無くなっていいの?」

ドキリとした。今、こいつはもしかしてでもなく……

「……脅しか?」
「うーん、そうなる、かな?だって虎が断れば撮影も無しだよ。折角の日の目を浴びる機会がパァ、…だよ?あんな小さい店じゃこのご時世経営も楽じゃないよねえ。」

まるで四方八方塞がれた感覚だった。こいつは初めから断れない事を分かっていて……いや、選択肢すら初めから作ってなどいないのだ。
なぜ守道やミモリは教えてくれなかったのだろう。言えば断るのが目に見えていたからか?そして断れば、折角の雑誌での掲載も消えてしまう。
裏切られた気分、そう思わざる得なかった。

「………。」
「よし、じゃあ着替えたらスタジオ来てねー!」

虎の無言を了承と取ったのか、茜は部屋を後にした。
無言で目を据わらせる虎に、スタイリストは気まずくなる。

店長には後で話を聞こう。
そう立て直し、不本意だが覚悟を決めざる得なかった虎であった。


その頃、二階で取材を受けていた守道達は一段落終えると、山崎さんに案内され一階のスタジオ内に移動していた。

「なあ、ミモリ。本当に言わなくて良かったのかな?虎くん怒ってないかな?」

眼鏡の奥から不安げな表情でミモリに問いかけると、ミモリは相変わらずの豪快な笑顔で返してきた。

「大丈夫だいじょーぶ。だって言ったら絶対嫌だって言うじゃない、虎くん。私虎くんのモデル姿がどうしても見たいんだよねーふふふー」
「……相変わらずミーハーだなぁ。」

ワクワクと胸を弾ませるミモリに守道は溜め息を吐くと、用意された椅子に腰掛けている遥の隣に座った。

「ごめんね?1人じゃ心細いだろうに。」
「い、いえ」
「でも、虎くんの友人が君みたいな大人しそうな子で、ちょっと驚いたなぁ。」
「そう、ですか?」
「ああごめん、そう言う意味じゃないんだ。意外だなぁて単純にね」
「僕もそう思います……。」

遥のその神妙な返答に、守道はそっとのぞき込んだ。

「でも彼はとても君を大切にしているね。」

にこりと眼鏡越し優しく微笑みそう話した守道に、遥は目を見開いた。そして、小さく頷く。
自分でもわかる程に、大切にされているのがわかる。それを他人から見ても判る程にだ。
だが、近くに虎がいないだけで不安になりあらぬ事ばかりを考えてしまう。
いつの時も、彼は人を惹きつけ、愛される存在だ。そんな存在の中にいる何の取り柄もない小さな自分。
……ふと、不安になるんだ。
何かは分からない、知りたくなんてない。
だから、こんなに少し離れただけでも不安で不安で押し潰されそうで、怖い。
そんな思考を巡らせていると、俯いた視線の先にブラウン色したブーツの先端が止まった。


(26/30p)
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