23

 朝食や身支度を済ませると、そろそろ行くか、とソファーから虎達は腰をあげた。
店で守道やミモリと待ち合わせをしていたので、少し離れた駅前までの距離をしばし考える。
虎が通勤に使っている折りたたみ自転車に二人で乗るにはあれなので、玄関棚に置かれていた豹吾の自転車の鍵を拝借する事にした。
すると、鍵を片手に玄関を出た虎から「あ。」と言う言葉がもれた。
前方で止まった虎の脇から入る明るい光に目を一瞬眩ましながら、遥は外を覗き込む。
そこには、見覚えがある長身の男性が、自身の黒い軽自動車にもたれ掛かりながら立っていた。
開かれた玄関に気付いた男性は、優しそうな笑みを見せながら、スッと立ち直した。
そう、彼は虎の親戚の美園。

「あれ?美園さん?」
「おはよう、虎。送るよ」

そう言いながら、後部座席の扉を開ける仕草は、とても紳士的。
しかし、いきなりの美園の登場で、遥のみならず虎まで驚いているようだ。

「ああ、今日は非番でね。守道に送迎を頼まれたんだ。」
「あ、そう言う事か。」
「うん。折角の休みなのに人使い荒いよねー」

笑えば少し窪むえくぼを見せながら、美園は再度「どうぞ。」と、後部座席へ乗るように促した。
きっと送迎案を出したのは、気優しい守道ではなくミモリの方なのだろうな、などと考えながら、遥の背を押し先に乗せると、自身も身を縮めながら車に乗り込んだ。
そして、すぐに店へと車が発進しだす。
 道中、遥はまだ自分が場違いであるような気がどうしても拭えず、席に浅く座ったまま落ち着かない気持ちで、過ぎ行く景色を眺めていた。
そして、卒業旅行後に虎のリハビリと治療にと部屋を訪ねてきた時に感じたデジャビュの意味をずっと考えていた遥は、ようやく解けた答えを確かめるように、視線をルームミラー越しの美園へと向けた。
そう、彼は以前に虎と一緒に居た男性だと思い出したのだ。
今こうして自分達を乗せて走っている軽自動車を見た瞬間、全てを思い出した。その時はまだ知らない美園への知らず知らずに感じていた嫉妬の事も。
 この美園と言う男性は、虎の親戚だと言った。そして、定期的に彼からのリハビリを受けていた事実。遥は知らない虎の過去も、彼は知っていると言う…事実。
言い知れぬものが自分の中に巡り、遥はぐっと生唾を飲み込んだ。

 商店街の大通りに入りガードレール脇に止めると、店先で待っていた守道とミモリがこちらに向かってきた。そして、運転席から降りた美園が、車外で何やら話をすると、守道だけがまた店先にと戻っていく。
それと同時にミモリがガードレールを跨いで、助手席へと腰を降ろした。

「おはよう、虎くんー。隣にいる君は、クリスマスの子だよね?」

振り向き笑顔で挨拶するミモリは、遥へと声をかける。
遥は訳が分からず目をぱちくりとさせていると、腕にはめられたブレスレットとミモリ自身を交互に指を指された。

「え、あの時のお姉さん?」
「んふふーそうなの。虎くんの上司でーす」

偶然ね凄いわ、と長身のスレンダーな体を揺らしながら全身で喜びを表現するミモリに、遥もまた驚きを隠せない。
美園にも会い、またミモリにも会い、この軽自動車の狭い空間で不思議な気分に駆られてしまった。
もし、ミモリの路上販売に足を止めなければ、虎の為にプレゼントを買う『意味』を知らずにいた。あの時美園といる場面を見なければ、きっとその『意味の答え』を知ることも出来なかったかもしれない。
違う時、場所であれ、全ては一つに繋がっていたのだ。
そんな何とも言い難い感情を遥が巡らせていると、虎がシートベルトを着用しエンジンを回しだした美園に問いた。

「あれ?店長は?」

まだ乗っていない守道を置いて発進しようとしていたので、虎は周囲を見渡しながら言うと、ミモリが車の左横を指差す。そこには、ヘルメットを被った守道が原付に跨りひらひらとこちらに手を振っていた。

「さすがに軽に大人5人はきついからね、守道は原付。」

すると、遥はハッとし慌てて謝罪の言葉を言う。

「す、すみません。僕が来たばっかりに!」
「ん?いいのいいの、気にしないで。あいつ車酔いするからバイクのがいいのよ。」

そう言って、ミモリは遥を安心させるように笑顔で答えた。その屈託のない豪快な笑顔に、少し、救われた気分になる。

「でも…、僕仕事の邪魔じゃないですか?関係ないのに。」

眉を下げてそんな事を言うと、横に座る虎が軽く笑いながら、大丈夫と言った。

「ふふ、大丈夫だいじょーぶ。取材って言っても仕事のようで仕事じゃないみたいな感じだし?給料でないもん。」

ね?仕事じゃないでしょ?
と言うミモリに呆気に取られて、「そうなのかな」と本気で思ってしまったが、説得力があるようでない台詞には、触れないでおく。
そんなやり取りをしていたら、窓をコンコンとノックされ、行くよ、と言う合図が守道からなされた。
その合図を機に、車も発進し出す。
少し不安を見せる遥の指を、虎はそっと見えないように絡めて握りしめた。


(23/30p)
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