11
時刻は九時。時間的にはまだまだこれからと言う時ではあるが、明日帰国と言う事もあって早めに切り上げる事にした。
風呂の準備をすると良之助は風呂場へと向かい、泰司と光は入浴の準備をしにタオルなどが仕舞ってある備品ルームに向かう。後片付けを引き受けた俺達は、下着の準備だけ済ませテーブルを拭いたり缶類を踏み潰して袋にまとめて片して行った。食器類は食洗機が後片付けをしてくれるので思いの外早く片付いてしまった。
台拭きをシンクで絞り小さく息を吐いた遥に気付いて、視線を向ける。
「どうした?」
「え?」
行き成りの問いかけに小首を傾げた遥が、数度瞬きをしてすぐ脇に居た俺を見上げた。
アルコールが入っているせいか頬がほんのり赤い。可愛いなあ、もう。
「あー溜息?ついたから、」
「…いえ、色々あって疲れた日だったなあと思って」
「まあな、確かに」
「あ!でも楽しい方が何百倍も上ですよ!?僕友人と旅行とか初めてだし!」
「そっか、」
ふんっと鼻を鳴らす遥にクスリと笑う。遥は最も遊び盛りな時期も加えほぼ勉強に明け暮れていたと言った。と言うか、遊ぶイコール勉強会らしい。それが遥達の普通のだった。
「虎さんは?」
「え?」
「虎さんは楽しんで、ますか?」
そう問う遥の視線が僅かに揺れた。
「だって折角の卒業旅行なのに僕迷惑かえるし、怪我させてしまったし…!」
「迷惑じゃないし怪我っても掠り傷だって、」
遥らしい言葉に俺は肩眉を上げて息を吐いた。俺は遥にも楽しんで欲しいんだ。この旅行が遥にとっての初めての「友人との旅行」なら尚更。
怪我だって本当にただの掠り傷でしかない、確かに範囲は広いがこんなのすぐに治るし痕も残らない。遥の罪悪感をどうやったら拭えるだろうかと考えながら、その柔らかい髪を指ですくう。さらさらとして何とも触り心地の良い髪だなと指に絡めて遊んだ。
「この話終わりな」
そう告げてふわりと髪に唇を当てた。海の香りがする。とりあえず遥にももっともっと楽しんでもらうしかないな。
「………っ」
「ん?」
すると、見上げたままの遥の視線とかち合う。その瞳は大きく見開かれて口を食いしばる様につぐんでいた。そして、アルコールのせいだけではないだろう、耳までもが真っ赤に染まっている。
その表情がとても可愛らしくて優しく微笑み返すと、遥は俯いてぼそりと言った。
「…虎さんが、本当たらしなのが身に沁みて分ります…」
「は?」
なんだそれは。
「これは付いて行っちゃうよなあー…」
「あー…うん?」
付いていく?待て、遥は以前の俺を含め一体どんな想像を巡らせているんだ?まだ照れくさそうにしてる辺り貶しては…いないようだが…。どうしたもんだ、これはお礼を言うべきなのか?ははは。とっても辛いぞ、タイガ君はっ!
そんな微妙にずれた雰囲気を醸し出している所で、良之助の「お風呂の準備出来たよー」と言う声に俺だけがビクリと肩を揺らした。
バスタオルと人数分の浴衣を持った光達も降りてきて行くぞと促してくる。浴衣とは何とも風流な。
一階通路の中程を過ぎた辺りで階段が現れた。その下から良之助が「おーいここ」と手を振っているので促されるままに下って行く。
これは、俗に言う地下…と言うものだろうか。その地下のフロアに着き周囲を見渡すと、大きな脱衣所が目に入った。並んだボックス箱の中には籠が置かれ、目の前には巨大なガラス戸が広がっている。その中はもしや…温泉?と思ったがそこは普通に湯沸かしでのお風呂らしい。だが、その全てから連想されるものはもはや大浴場でしかなかった。
「ここは…別荘だよな?」
「光、普通の感性は捨てろ。無駄だ。」
思わず洩れてしまった言葉に光はハッとすると、ぶるぶると頭を振った。そうだ、所詮良之助、ここは常任的思想を殴り捨てろ。そんな俺と光が無言の会話をしている脇では、案の定遥はあんぐりと口を開いたまま立ちすくみ、泰司は既に脱ぎ始めていた。それに続き脱衣を始めて、そこでようやく気付く。
遥も一緒じゃなっいっかっ!
普通に上半身を脱ぎパンツのボタンに差し掛かっていた手をピタリと止める。横から服と肌が擦れる音が耳に聞こえ、遥の細い手がロッカーに伸びたのが視界の脇に入った。冷や汗がだらだらと流れる。
きっと今遥は上半身裸の状態だ、幾らさっき海で海パン一つだと言っても入浴となれば全裸になる。そう全裸。ZENRA。
海パン一つであれだったんだぞ!?浮輪で誤魔化せたが、今は?今はどうする?タオルで隠したとしても存在感が余計に露になるだけだ。そんなの見せれば確実に警戒される。
ぐるぐると思考を巡らせながら俯いていると、不意に遥の淡い栗色の髪が視界に入る。
「虎さん?もうみんな入りましたよ?」
「んん!?うん!はい、入る!」
慌てて顔を上げ遥に視線を合わせて、俺は驚愕した。
腰に…タオルくらい巻いてくれ…。
「先入ってて俺トイレー」
「あ、はい、じゃあ先行ってますね?」
やばい、棒読みになってしまった。ゆっくりと体をずらし遥の脇を抜けて階段横に設置されたトイレに足を向ける。なんて言うか……情けな過ぎて涙出そうです…。
ーちゃぽん
トイレにて虚しく一仕事を終えて浴室に入ると、そこにはずらりと木々と海原が見渡せた。余りの解放感に絶句する。遮る壁はなく直に肌に風を感じた。足元は大理石で出来ており、中央に大きなひのき風呂が異彩を放つ。
なんと、別荘の裏手は斜面だったのか。島の反対から見渡せばとんでもない事になってそうだな…丸見えだ。まあ、こんなにいい景色が見渡せるなら切り開いて露天風呂を造るのも頷ける。
そしてそんな絶景の中に俺は身を投げ出したくなったよ。
「へ〜以外、ちゃんと毛生えてるんだ」
「ほんとだ、体毛薄いっぽいけどそれなりにって感じ?」
「うわ、皆さん僕の事舐めてません?ちゃんと生えてますよ!」
遥の股間を凝視しながら良之助と光が陰毛について談笑していた。ずるい、ずる過ぎる、俺はその輪に絶対入れないってのに…。
半泣きになりながら、そっと背後から遥の腰にタオルを掛けた。
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