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ザバリと現れた河童泰司が、腰にロープとガムテープで巻かれた袋を引っ提げて海面から上がった。肩で呼吸を忙しなくしながら袋を千切り、その中からフカフカのバスタオルがを取り出し、俺達に差し出してきた。
この洞窟内部を泳いできたのだろうか。海流が幾分穏やかであったと言ってもこんな荷物を抱えていれば体力は予想以上に消費する。人一倍体力には自信のあった泰司でさえもへたりと地面に座り込んだ。そんな泰司に感謝してもしきれない。

「…はあ、良かった二人とも無事で。光が大騒ぎするからまじ終わったかと思った」
「悪い、泰司…さんきゅ、」
「無事なら何より。怪我とかしてね?」

そう俯き加減で視線を上げた泰司に俺は「大丈夫」と言おうとすると、遥が血相を抱えて首を振りながら俺の肩を指差した。

「うわ、擦り傷か?結構いってんじゃん!」
「大丈夫だって、あんまり痛み感じねーし」
「でもなあ…、それじゃあ泳いで出るには無理あるよな…」
「ここから出れるのか?痛みが出てきても我慢ぐらい出来る」
「でっでも!海水って凄く沁みますよ!?ここは救助が来るまで待った方が!」
「遥、大丈夫だって。見た目の割には本当大した事ないから、ここから出る事が先決だ。いつまでもこんな所居てられない。泰司が来たなら帰れる手段があるって事だ。な、そうだろ?」
「おう、泳げばばっちしだ!」

それでもおろおろと戸惑う遥に頭を掻いて、腕を引き側に寄せた。もう一度大丈夫だから、と耳元で囁き背中をポンポンとする。そんな俺の行為の裏を感じとってくれたのか遥は、口を紡ぎ俯いた。
何を言っても耳を貸さないだろうと無理やりねじ伏せる形になって忍びないが、今はそんな事を言っている場合じゃない。
着実に体の体温が奪われてきているのだ。バスタオルで包んでも足先から伝わる血流の悪さに、俺は焦っていた。
このままここで救助の手を待つとして、洞窟の中は開放した冷蔵庫の冷気が漂うようなひんやり感。それに、殆ど身につけている物がない状況に加え先のバスタオルが2枚だけ。泰司だってこうなれば同じ穴の狢だ。確実に状況が悪い。これを打破する為にはここから脱出するしかないのだ。

「それで?ここからどの位かかる」

防水ライトも持っていないようなので、割かし出口がすぐ側にあるのだと予想する。

「いや、来た道戻るだけだしすぐだ。」
「そうか……………は?」

眉間に皺を寄せ始めた俺と目を見開き唖然とする遥に、泰司は首を傾げた。

「お前バカ…?海流が奥に向かって流れてんのに逆流で泳ぐ気か?体力消費してる上にどう見ても海中狭いじゃねーか。……お前バカ?」
「…あああ!!!」

俺の言葉に泰司は雷に打たれたように一声叫んで項垂れた。

「はわあぁぁあ…有り得ねえ俺有り得ねえっ」
「ああもう…、じゃあこの奥進んだらどれ位かかるんだ?地図位確認したんだろ?」
「………い…」
「は?」
「………確認してない…」
「………お前何しに来たの。」

意気消沈と四つん這いで落胆する泰司にとどめの一言を洩らすと、泰司はそのまま崩れ落ち、背を丸めて啜り泣いた。かける言葉もない。

それから時間にすれば1時間と少し、救難信号の代わりにと頭上の空洞に投げた切り裂いたバスタオルを良之助達が発見し、良之助ご実家専属の救護隊員によって無事に救出された。
そして「お前は何でそう突っ走るんだ!!」と光の怒声が走る。どうも、良之助達が救助要請をしに別荘に向かっている隙に独断で救助に来たらしい。
やっぱりバカだ。死にたいのか、バカ。




◇◆◇

一段落し、やっと別荘に戻った頃にはすっかり昼時は過ぎ夕方に差しかかろうとしていたので、俺達は夕食に切り替えてバーベキューを別荘内で行うことにした。
折角火も起こしたのだが無駄になってしまい申し訳ないと、俺と遥は良之助達に改めて謝罪をする。
「無事だったんだからそれで何より」といつもの様にへらりと笑った良之助に、確かに無事に生きて戻れた事が何よりだ、と遥と視線を合わせ笑い合った。

エントランスホールの一角に設けられた、これまた豪華な装飾品を纏ったテーブルに、室内用のバーベキューグリルなど諸々と事前に冷やしていた飲み物とグラスを準備する。
まさか、こんなテレビで見る様な豪華な調度品で煙を巻き上げながらバーベキューをするなんて思いもよらなかった。不釣り合いにも程があると、俺は顔を背けて一人肩を揺らして笑った。

夕食を開始した時刻が早かったのもあって、所詮男達の漲る食欲。肉や野菜は日が沈む前には無くなってしまった。遥が手早く夕食の後片付けを済ませると、あっという間に卓上は酒盛り状態に切り替わる。甲斐甲斐しく家事をする遥に目尻を弛ませた俺は、きっと孫を見るおじいちゃん状態だったに違いない。
おつまみはと言うと、オーソドックスにスナック菓子に冷凍ピザ、柿ピーナッツ、イカの塩辛に煮豚、枝豆。魚は釣れなかったので肴とまでは行かなかったが俺らにはこれで十分。並べられて早々摘んでいくので、これまた消費が早そうだなと思った。
すると、良之助がふいに台所脇に置かれたリュックをガサゴソしたと思うと、「叔父には秘密な」と、こっそり持ってきたらしい一升瓶をドンっと卓上に乗せた。中々手の入らない銘ブランドの日本酒に感嘆の声をあげる。

そして、誰にも邪魔されない夜を謳歌した。


(10/12p)
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