ひとしきり静かな空間の中で、波の揺れ進む音が反響する。暗い先に差し込む光が幻想的に思えた。
俺達は、海に落ちた。



「───っ…はあ!」

ざぶりと海面から上半身を持ち上げて、抱え込んだままの遥をずるりと乗せた。久しく酸素を吸い込むが、気道が痙攣した様に上手く呼吸が出来ずに全身で大きく呼吸を繰り返す。海面に浸かったままの下半身をゆっくり持ち上げれば、だらりと力が抜けた。

「はぁ、はぁ…っ、はるか…ッ」

俯いた状態の遥の肩を掴み体を反転させ、呼吸を確認する。静かに、意外にも規則正しくされる呼吸を聴き、気を失ったままの遥を抱きしめて俺は安堵で唇を噛みしめた。

良かった…っ生きていた…!

裂け目から落ちて波に飲まれたのだが、幸い海流が緩かったのも有り思いの外早く水面に上がれたのだ。しかし、その岩壁の形状からかみるみる奥にと流されてしまい、気付けば洞窟内部に入り込んでしまったようだ。
俺達が居る空洞の脇には、海水が奥にと向かって流れている。こんなに明かりのない空間でも海が透き通ってるのが判り、俺はしきりに周囲を確認するように見回した。するとやはり、上空にぽっかりと空いた穴から青空と太陽の光が覗き込んでいたのだ。良かった、完全な孤立ではない。登ろうにも高さがあるし上に昇るにつれ狭くなってるので無理だろう。まあ、きっと光達が見つけ出してくれるだろうと一先ず胸を撫で下ろした。

「ー……たいがさ…」
「っ!遥、気が付いたか!」

薄眼を開けこちらに視線を向けた遥に、俺は情けなくも泣きそうになってしまう。大きく息を吐き、遥の首元に顔を埋めた。

「たいがさん…髪、くすぐったい…」

にへっと緩く、気遣う様に微笑む遥を更にぎゅうっと抱き締めれば、ケホッと咽る様な咳を繰り返したので慌てて離れて背を摩り呼吸を落ち着かせる。幾分落ち着いた遥は、間を置いてから苦し紛れな声で「ごめんなさい」と言ってきた。

「虎さんの事巻き込んだ…っ」

目尻に堪る涙を堪えて、遥は頻りにごめんなさいと言う。そんな事どうでもいいんだ。もし遥があの時一人で落ちたとしても俺は一緒に海に飛び込んでいた筈だ。こんな時でこそ巻き込んでくれなきゃ俺は一生後悔し続けるぞ。
そう言えば、遥は落ちかけた滴を乱暴に腕で擦り、唇をきゅっと結んで微笑んだ。

「ありがとう虎さん、」
「どう、致しまして?」

ありがとうもごめんも素直に伝えてくれる、本当に遥らしく心が暖かくなる。張り詰めていた雰囲気を一気に和らげてくれる遥の笑顔は絶大だ。
すると、肘を立てて体を起した遥の眉間に行き成り皺が寄る。なっなんだ?背後に何か居るのか!?
そう思って内心ビクつきながら振りかえろうとすると、血相を抱えた遥が目の前に身を乗り出して来た。

「た、虎さん肩!血出てる…っ!」

え?うそ。そう思って肩に首を回せば、結構な擦り傷が左肩を覆っていた。左肩だったから余り感覚がなかったのかどうかは判らないが…、気付いてしまえばヒリヒリとした痛みが表面を走りだして俺は眉をしかめた。擦り傷って意外と痛いんだよな。

「これ位大丈夫だから、遥はどこも痛くないか?」
「でっでも!ああごめんなさいっどうしよう処置した方がいいよね!?化膿したらいけないし、でも何もないしって言うか助け来なかったら、どどどどうしよう!?あ、俺は大丈夫ですピンピンしてます!それより虎さんっ虎さんが…!」
「…ぶふっ」

テンパりだした遥に俺は思わず吹き出してしまい、たかが外れた様にゲラゲラと笑いが止まらなくなってしまった。

「あはははは…!!っお、落ち着けって、ホント大丈夫だから!遥が無事ならそれに越した事なんてない。後助けな、絶対来る。安心しろ俺も付いてんだから」

ひーひーと笑いが止まらない俺に、遥は自分の痴態を晒してしまったのだと全身真っ赤っか状態。でもお陰で変に力が抜けたせいか、お互いに小さく息を吐いた。
それから少し周囲を再度確認し、怪我も有るし奥がどこに繋がっているかも判らない、更に上空の穴に辿り着くのは困難だろうと結論をだし、このまま救助を待つ事になった。



◇◆◇

どれ位の時間が経ったのかは判らない。感覚的に数時間経った気もするし、もしかすれば左程の時間が過ぎていないかもしれないと、閉鎖的なこの空間で俺達は時間的感覚を失っていた。

「…結構、冷えますね」
「だな…。」

俺は上空を見上げてから、肌を摩る遥の後ろに座り込んだ。太陽の光が殆ど当たらないこの洞窟に海水の冷たい冷気もあってか、外の夏の暑さとの気温差が意外と大きかった。ただでさえ体力を消耗され冷え切った体だ、体調をこれ以上崩しかねない。
そう思ったのと、半分の下心で肌を温めるようにぎゅっと抱きしめた。一瞬肩をビクつかせたがそれ以上何も言わず、体重を預けてきた。ほわりとした体温が暖かく包む。

「とんだ旅行になったな…」
「へへ、そうですね。…でもこれもきっと良い思い出になりますよ」

ね?と軽く首を後ろに向けてきた遥に、俺はすかさず唇を霞めるようなキスをした。すぐ前方に顔を背けた遥に、更に腕の力を強めて包み込むと無言で俯かれる。

「ー…こんな時に不謹慎?」
「いえ、そんな事は…」

また無言。視線を何となく洞窟内を泳がしてから、次はやわやわと揺れる遥の髪から覗く耳の軟骨部分を軽く噛んでみた。

「い…っ」
「あ、ごめん、痛かった?」
「…いえ、」

更に俯かれた。
どうも何て言うか…先程から無性に胸がうずうずと高鳴ってきているのだ。静かで、波の音と二人の息遣いだけが木霊するせいか、変な感覚に陥ってるのだろうか。あと、素肌を触れ合っているのも原因だと思う。健全な男にはどうする事も出来ない現象ってのもある。
すなわち、健全な俺の反応にビクつき、おずおずと腰を離そうとする遥の行動も仕方がないよな。勿論逃がさないので、ぐっと引き戻した。

「ひいっ…、あ、あの…」
「なに?」
「その何て言うか、…」

ゴモゴモと口を濁す遥を更に足も加えて全身で抱きしめた。緩くとも反応してしまっている俺の一部に遠慮なく押しつけてやる。俺の意志表示も込めて。

「だいじょーぶ、…今はしないから」

耳元でそっと言うとびくりと髪が揺れる。先程噛んだ耳が恥ずかしさからか真っ赤になってしまっている。
俺はクスリと笑い、顔が見たいのでぐるりと遥の向きを変えて正面に向かい合う様にした。重なった視線に満足して、口元が緩む。かわいいなあ、遥は。愛しい想いとは何て苦しいんだろうか。抱きしめても足りない。溶けあい一つになりたいと思うほどに愛しいのだ。
だから、何も言わずに深いキスを被せたのは無意識だった。

「ー…っ………ふっ…」

口角を変え、隙間すらも惜しいと何度もキスを繰り返した。お互いの唾液が混ざり合い、遥の口端から漏れる唾液を指で撫でながら舌を捩じ込む様に侵入させる。
久しく味わっていなかったキスの快感に酔いしれながら、目をぎゅっと瞑り頬を高揚させる遥を更に貪り尽したいと深く味わう。
キスだって十分なセックスだ。でも遥とのこの行為は今までとは何かが違う。心の中から蠢く抑えきれない欲情が俺を覆い尽し、まるで俺が囚われそうな錯覚に陥る。愛しい、苦しい、二人だけの世界になればいいのに。

「んん…っ……ッんん!」

ドンドンっ胸板を強く叩かれ、ハッとして唇を離した。肩で大きく息をする遥が高揚しきった顔で視線を合わせた。
そんな仕草にさえ尚もドクリと欲情する俺に、遥は口に手を被せてきた。
これは…

「虎さん、エロすぎです…。」

顔を背け眉間に皺を寄せた遥は、唇を尖らせてそう言った。

「……なんか逆に嫉妬しちゃいました」
「嫉妬?」

遥からお褒めの言葉頂いちゃったと喜んだのも束の間、思いがけない台詞に俺は目を丸くさせた。嫉妬?え、なんで?実は遥からしてくれようとしていたとか?
どこにも嫉妬という単語に結びつかない想像であるが、ご都合宜しく俺はそう考える事にした。だが実際は結構キツイ正解で。

「…僕の他にもこんなキスしてたんだなーて思うと…」

自分の過去の醜態に激しく後悔せずにいられなかった。

「でももう過去の事で、後にも先にも遥だけだから俺!」

ありきたりな台詞しか思いつかず頑張ってフォローを入れてみるが、余計にみじめに感じて仕方がないんですが…。
確かにそれなりの場数も踏んでるし、正直数なんて数えきれない程。その実践経験の賜物であるのは間違いない。でも俺だって同性同士と言う事自体が初めてな訳で、慣れ不慣れはお互いに色々有る筈なんだ。後にも先にも遥以外の誰かとなんて有り得ないと思ってるし、セックスだって気持ちよくなってもらえれば良いに越した事はない…筈。
でも正直、嫉妬する遥が可愛くて仕方がない。しかもめちゃくちゃ嬉し過ぎる。
そう考えたらまた無意識に頬が緩んでしまっていたようで、遥に睨まれてしまった。

「へへ…、もう一回キスしていい?」
「なっなんでそうなるんですか!」

恥ずかしさで猫のように髪を逆撫でる遥に「どうどう、」とあやす。それでも、顔を背けて反攻するので、遥の胸板をベロリと舐めた。

「んぎゃッ!」
「遥体冷え切ってる。」

冷たい肌にちゅっちゅとリップ音を鳴らしキスを降らせてから、わざと乳首の周りだけを甘く舐めて噛んでを繰り返す。フルフルと震える遥に視線だけ向けると、真っ赤な顔で目を細めては何かに耐える様な仕草をしていた。
悪戯心での行為だったのだが、これではどうしようもない。
遥から視線を外さず舌の先で先端を突けば、びくりと更に体をびくつかせて歯を食いしばっている。敏感に気持ちよさは感じてはいるが、これは俺の過去云々に我慢している方がでかいのかもしれない。相手の不安を拭いきれてもないのに、突っ走る俺が悪いのは明確だ。
ふう、と息を吐き、遥との間を少し開けて苦笑いをした。

「ごめん、調子乗り過ぎた。…でも、後にも先にも遥だけって言うのは本当だから、さ。好きだから触れたくなるし、抱きしめて合わさりたい位に俺、本当に…」
「あっごごごめんなさい!ホントただのヤキモチなんです!もっともっと前に虎さんに出会えていればなあとか、そう言う子供染みたヤキモチなだけで!それと我慢じゃなくて、あーうー…そのー…」

そう濁しながら蒸発するんじゃないかって位に照れ倒す遥に、何となく察しが付いて俺はまただらしなくニヤけてしまった。
ただ普通に、感じてくれてたんだな?…ふへへへへ。
つい嬉しくてまたキスをしようかと顔を付近付けたら、先程と同じように手で口を塞がれて拒否されてしまった。
ムスっと手越しに伝わるように拗ねてやれば、遥は気まずそうに爆弾を放った。

「も、本当…僕だって男なんですから、我慢効かなくなるじゃないですか。」

何てことだ。だーだーだー…
頭の中で花火が打ち上げられたんじゃなかろうか。俺の理性制御室が火花にやられてしまった。
細い腕を掴み強引に顔を近付けると、そのままバランスを崩して遥が後ろに仰け反るように肘をついた。見開かれた大きな瞳は揺れ、俺の欲情仕切った顔が映る。
下は岩場だから痛いかな、ローションもゴムもないけど…などと頭の片隅で冷静に考えながら、遥ににじり寄りこのままどうにかなれば…

なんて無粋な事を考えたせいだろうか。


ーザバアア!

「っ、居たああー!!」

すっかり日焼けしてシュノーケル型に顔を焼いた泰司が、河童の如く現れ邪魔をしてくれました。


(9/12p)
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