4「卒業旅行」

卒業旅行出発日。



ジリリリリリリリリ

けたたましく鳴り響く携帯の目覚まし時計を止めて、むくっと体を起こした。布団から出てベッドに一旦腰を降ろし部屋の窓から外を見る。

時刻は早朝5時。
まだ外は朝日も上がらず真っ暗だ。
昨夜念入りに決め込んで用意した服に着替え、まだ誰も起きていない真っ暗な家の中を、音を立てないように階段を下る。
すると、リビングのガラス戸から光が漏れている。扉を開けてリビングに入ると、豹吾がエプロンにさえばしを持って台所に立っていた。

「あ、おはよー」
「豹吾。何してんだ?」

テーブルに目をやると、大きなタッパーにおにぎりやら卵焼き、唐揚げなど色鮮やかな具材が入れ込んでいた。

「お前…遠足に行くんじゃねーんだぞ」
「これは遥ちゃんにだよ〜兄貴達はしょーがなく。どうせコンビニとかで済ますつもりだったんだろ?」
「ダライって所ただの島だから、コンビニねーだろ。…まぁ、助かるか」

パクッとウインナーを摘み、冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。口の中をスッキリさせると顔を洗いにリビングを出た。一通り準備を終わらしヘアースタイルもセットしてリビングへと戻る。
ソファーの上に置いていた旅行に持って行くカバンに、携帯と歯ブラシを入れていると、丁度豹吾が完成した弁当を差し出して来たので一緒にカバンに詰め込んだ。

「てかさー、男四人に女一人なんて危なくないか?」
「は?女?」

俺はまだ若干眠っている頭をフル回転させて、豹吾はまだ遥を女だと思い込んでいる事を思い出した。

「いや、遥男だって」
「またまた〜」

何回言っても聞かねぇなこいつは。
これ以上弁解をするのも面倒なので、無視を通してソファーに座り込んだ。
部屋の掛け時計で時刻を確認すると「まだ少し時間あるな」とテレビを付ける。豹吾はまた眠りに自室へ戻り、俺はボーっとテレビから流れるニュースを見ていた。


「…行くか」

20分程テレビを見た後立ち上がり、カバンを担ぎ玄関へと向かい靴を履く。
3月でも明け方の外はかなり寒く、身震いをするぐらいだった。冷たい外気の中、浮き足立つ足並みで遥の迎えにと向かう。
お互いの自宅を隔てる橋を渡り緩やかな坂を下って行くと、近頃じゃすっかり通い慣れたマンションが見えてくる。その入り口の花壇に腰かけている色白い青年がにこやかな笑顔で腰を上げて自分を迎えてくれた。ほかほかする心とは裏腹に、透き通る朝の空気がひんやりと喉を潤した。
遥の荷物を担ぎ待ち合わせ場所へと歩いて行く。そして歩く事15分。

「おーす」

朝日が昇り空が色付いてきた頃、良之助が手を振り挨拶をしてきた。朝が弱い良之助にしては珍しく朝っぱらから元気だなと苦笑する。

「おー。まじ寒い」
「おはようございます」

良之助の自宅の門前で待ち合わせしてたのだが、どうも俺らが最後だったらしく、車の荷台に荷物を入れると暫く飛行場へと走り出した。
運転手は光。まだまだ初心者マークだが光に運転を任せれば安心だろうと座席に体を預けた。朝が早かったので変な気分だ。昔幼い頃家族で旅行に行った時も朝が早くて豹吾とはしゃいでいたなあ、と、覚醒しきれていない思考でぼんやり思い出す。
それ以降家族で遠出をする事も無くなったので、今横に居る遥の存在に不思議な感覚に陥る。楽しい旅行になればいいなと頬を緩ませて目を閉じた。
過ぎる車外の空は既に明るさを増していた。


一時間程して空港へと到着する。しかし、そこは巨大な空港ではなく共有で自家用機などを扱った空港。少し離れてはいるが住宅地に入り組んだ場所にあるので何だか異様さもある。エンジン音など近隣に迷惑じゃないのだろうか。
そんな事を考えながら荷物を抱え車を降りると、格納庫へと良之助が入っていく。

「伯父さんおはよ〜」

良之助に伯父と呼ばれた人が、ヘルメットを片手に中型のヘリから降りてきた。良之助に気付くと伯父は俺達に緩く手を振った。

「おはよう、良之助の伯父です。私が送迎するので宜しく」

年齢は40代前後か、かなり焼けた肌が印象的だった。良之助の父の弟らしく今回伯父の操縦で自家用ジェット機での旅行になるらしい。小型だとは言っているが触れられるような至近距離で飛行機類を見たのは初めてなので、結構でかい。幾ら良之助の常識外れに慣れた俺達と言っても口をあんぐり開けてしまう。改めてこいつはお坊ちゃんなんだなと自覚した。

「お前ら驚きすぎだろう。言っても中古だし、車買うのと大差ないから」

良之助がケロリとそんな事を吐くので、俺達は伯父にコソッと値段を訪ねた。しかし値段を聞くや否や「どこが大差ねぇーんだよ」と顔面蒼白。その金額があれば人一人育てられるぞ。
荷物も乗せ、ジェット機に乗り込む。操縦席に2席、乗客席が5席の7人乗り。後方には狭いがベッドが一つ、小型の綺麗なキッチンがありトイレもちゃんと付いていた。
「暮らせるじゃん」
誰もがそう思った瞬間であった。

コックピットに乗る伯父の横に良之助が座り、シートベルトの着用を促される。腰に巻きつけるだけのシートベルトに安全なのかと少し不安だったりするが、情けないので心に仕舞っておく。

「凄いワクワクしてきた…」

窓側に座る遥はそわそわと落ち着きがない。初めての飛行にかなり緊張しているみたいだ。テーマパークに行った時もそうだが意外と高所を好むようなので余程楽しみなのだろう。
なんだかそれが可愛らしくて、遥の顔の覗き込み笑顔を向けた。

「最高の旅行にしような」

『これより離陸します』

そう言って柔らかな遥の髪をくるくると掬うと、機体が動き出した。幾分暗い格納庫から徐々に機体が太陽光に照らされる。それから暫く、急激に掛かる重圧感と共に全てが上空に向かうのが感じられた。ちらりと横の遥を見れば瞳がキラキラと喜びに満ちていて、俺は思わず吹き出してしまった。

「飛んだ…すごい…」

機体が安定してからも暫く遥は感動の余りか、窓に両手でへばりつき地上を見下ろしていた。

「今から二時間くらいで到着するから」

コックピットから移動してきた良之助が光の横に腰を下ろした。その前方の一人席に泰司が座り、俺達は通路の反対側に居る。
空の旅が始まって数十分。
少し慣れた機体の中で、俺達は各々寛いだ。泰司は後方のベットで爆睡だ、自身のが大きいから足が通路に放り出されている。トイレに行く際凄い邪魔だったから蹴り避けたのだが、夢の中か気持ち悪くニヤけながら涎を垂らしている。汚い。
俺と遥は、ダライとはどんな所なのかと、お互いの想像する風景を話した。きっと蒼い澄んだ海に、コテージやヤシの木。イメージはテレビや雑誌で知るハワイやグアムのような感じかななど、遥は胸をワクワクさせている。まるで小学生のようだと思ったが、これも胸に秘めておこう。俺はひたすらだらしなく頬を緩ませていた。
その時、

ぐぅぅぅ〜っ


「ん?」

泰司のいびきかと思ったんだが、ふと遥を見れば恥ずかしそうに頬を釣らせている。

「…ぶは、腹減ってんの?」
「あ…はは、朝食べたんだけどな…」

まだ鳴るお腹を押さえる遥にもう笑いが止まらなくて、俺はゲラゲラ笑いながら「ちょっと待て」と、鞄から豹吾が用意してくれたお弁当を取り出した。
そのお弁当を一先ず遥に預け、良之助に確認を取ってからキッチンから紙コップを数個取る。設置してあった小型の冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを出して席へと戻る。
前方に取り付けられたテーブルを引き出してランチタイムとする事にした。

「これ全部豹吾くんが作ったんですか?」

冷凍食品を使わないお手製の色とりどりの中身に感心した言葉を洩らす。なんだか悔しいぞ…胃袋を掴んでいるのが豹吾と言うのがまた何だか腹正しい。
俺も料理覚えようかな…遥の手料理も食べたいけど、毎回豹吾の手料理を美味しそうに食べる遥を思い出すと俺が作った方がいいんじゃなかと思う。帰ったら豹吾のレシピ本を一度眺めて見よう。
男四人で食べればあっという間に完食、空腹を満たせた事に皆満足だ。

一通り片付けも済ませ、遥はまた窓の外を眺めた。雲がない一面濃いブルーの海が広がっている。どこを飛行しているのだろうか、ダライの場所も良之助のアバウト過ぎる説明ではっきりと判らないままだ。しかし、そんな事は実際どうでもよくて…綺麗な海に、俺も魅了されていた。

「あとどれくらいかかる?」
「そうだな、あと一時間って所だな」

良之助が伯父に時間の確認をすると、まだ少しあるから睡眠を取ろうと提案する。何気にみんな眠気が襲っていたらしく、一時眠る事にした。


(4/12p)
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