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「虎さんに用があって。虎さんは一緒ですか?」
「え、一緒だけど、いや、あの」
言葉を濁らせる光に若干首をかしげつつも、背後から聞こえた虎の声が耳に届き背筋をただす。
ー虎さんが居る!
いてもたってもいられず、遥はタンと地面を蹴り光達の背後に走り出た。
瞬間、虎の姿が直ぐ様視界に入りドクリと脈打つ。
懐かしい、懐かしい、虎の姿。
「虎さん!」
少しばかり張った声で名を呼ぶと、女を引き剥がすのに必死だった虎は、呼ばれた方へと振り向く。
「…っ!?」
居るはずのない遥の姿を見て、虎は歩みを止めて目を見開いた。
「は…遥」
会いたかった。確かに会いたいと願っていた事なのに、ふと、遥を傷付けた時の泣き顔が脳裏をよぎる。ゴクッと喉を鳴らし、虎は視線を遥からずらしてしまった。
駄目だ、逸らすな。遥に謝るって決めただろう!
拳を握り締め遥の元へ行こうとすると、腕にしがみついている女が「行こう」と引っ張っていく。
徐々に近付いていくお互いが、気づけば目と鼻の先と言う程の距離に。
「虎さん!あ、あの!」
「はる…」
あ、また悲しそうな顔…
遥のそんな表情を見ると力が抜けてしまい、そのまま女に引かれて門を過ぎてしまった。
…無理だ
遥のあんな悲しい顔見たくない…
遥は、通り過ぎてしまった虎に必死に立ち止まるように名前を呼んだ。
「虎さん!待って下さい!」
「虎さん、タイガさん!」
今すぐ遥の側に駈けて行きたい気持ちとは裏腹に、拒絶される恐怖が押し寄せる。
遥は遥で、離れていく虎に突き放された時の錯覚が甦り、胸が張り裂けそうに痛くなる。
「タイガさん!」
お願い…!止まって!
「た、タイガさ…!」
僕の話を聞いて──!
追い付かない距離でもないのに、何でこんなにも遠いんだろう。
すると、虎の横にいる女がちらっと遥の方を見て眉をしかめた。
「なに、あの子。ウザいんだけど」
そう言うと、更に見せ付けるように腕を握り締めて体を寄せ付けて更に歩みを強くする。
その瞬間、遥は無意識に駆け出した。
やだ
虎さんに触れないで
それ以上触れないで、連れていかないで!
「離せーっ!」
ドンッ
「きゃぁ!なっなによ!?」
女と虎の間に割り込み、遥は虎の腕にしがみついた。女はすぐに遥の体を剥がそうと服を引っ張るが、びくともしない。
「なっなに?なんなのよ!離れなさいよあんた!」
「いやだ!虎さんは
虎さんは僕のだあ──!」
虎は飛び出すかと言う程に目を見開くと、しがみつく遥を見下ろしながら、今の言葉を繰り返す。
ー…ど、どういう事だ?
「もーっやだ!何なのよあんた離ーれーてーッ!」
「嫌だぁぁー!」
目を点にしている虎の横で、女と遥のバトルが勃発している。気付けば、そんな三人の周囲に群衆が集まり出していた。
「た、虎!」
背後から光の声がして軽く振り向くと、周囲に視線を配らせながら「行け!」と、顎で振り払われた。ハッとし周囲の状況を理解すると、遥の手を握る。
──勘違いでもいい。
自分より幾分細い体を引いて、群衆の中を掻き分けてその場を去った。
晒し者のように取り残されてしまった女が発狂する中、光達はニヒリと笑い合ったのであった。
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