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◇◆◇

緑ヶ丘高等学校、三年の一室。
抜き打ちの小テストが行われるようで、生徒の果敢な反対声明も聞かぬまま、プリントが配られる。

「これ赤点取った奴には、嬉しい宿題があるぞ〜」

森先はブーイングの中笑いながら黒板に終了時刻を書いていく。
光は普段から勉強は出来る方なので問題ないが、泰司と浪人決定の良之助は真っ青である。

「森先の宿題は半端ない量なんだよーっ、イジメだぁ〜」

うなだれる良之助を横目に、光は後ろに座る虎にプリントを渡すと、またもや呆けている虎に首を傾げた。
いつものように暗い顔…ではなく、よく見れば、眉をしかめて悩んでいる様子。

「なんだ?またなんかあったのか?」

そう慣れた言い方で虎に問いかける。

「いや…昨日さぁ、新事実が発覚しちゃって」
「こら桐林ぃ!黙らんとテストが開始出来ん!」

その新事実を告げようとした矢先、横槍を入れてきた森先に、はいはい、と背もたれに寄りかかった。腹の底から這い上がったような大声はかなり煩い、大人しく黙るのが得策だろう。指導室なんて呼び出された堪ったもんじゃない、めんどくさい。



テスト時間は15分。
解答欄が白紙の紙を、シャーペンでコンコンと突つきながら一通り問題に目を通すと、「わかんねぇ」とペンを用紙の上に転がした。
教卓を見ると、脇に腰かける森先は、開始から5分で涎を垂らしながら夢の中に陥っていた。俺達が苦しんでいる時になんて呑気な。

ーチッチッチ…

僅か数分の束の間の静けさ。教室にはペンの走る音だけが響き渡り、真面目に答案用紙とにらめっこする生徒の後ろ姿が何だか可笑しく見えた。
こう言う静けさは以外と嫌いじゃない。まるで世界が無になったような静けさは、どこか神秘的に感じる。
そんな事を漠然と考えながら、隙間風に肩をぶるりと震わせた。
珍しく降り積もった雪に少し心が浮き立つ。
屋根や地面には太陽に反射して白い雪がキラキラと輝き、とても綺麗な空間だ。
だがそれとは逆に、自分がなんともちっぽけな存在に思えてしまった。

何をどうすれば良いのかさえ判らなかったのだが、美園に話した後心の中には依然と同じように遥を純粋に愛する気持ちが、動き始めていた。
仲直りと言うか、遥とはまた遊んだり、楽しんだり出来る関係には戻りたかった。なら、する事はクリスマスの出来事を謝ること。嫌われていてもいい、ちゃんと謝らない限り心の中は棘が刺さって仕方がない。
美咲にもちゃんと話して、遥との「友達」としての関係だけでも許してもらいたい。

行きたい、謝りに行きたい。そして、会いたい。
なら今日会いに行くしかない。
でもまだ迷いはある。拭いきれないのも確か。だが、だけど…

ぐるぐると代わる代わる巡る思考にうんうん唸っていたら、黒板の前でうたた寝をしていた筈の森先が、よそ見をしていた虎を穴が空くばかりに見ていた。

「…明日にすっか」

真っ白な答案用紙を見て、急いで覚えている記号やらをありったけ書き並べた。まずは、このテストと言う難問をクリアしないと、遥に会いに行く時間すら作れない。
何とも締まりの悪い虎であった。



昼休み。
売店で買ったパンやおにぎりを食べながら、いつものように屋上で‥‥ではなく、単純に寒いので屋上に入る寸前の扉の前にいた。

「うう、隙間風が寒い」

階段を抜けて扉に向かうまでの間にある死角になった通路で、良之助はズルッと鼻水を垂らしながらハムカツサンドにかじり付いた。光は、売店前で買ったホットレモンが入った紙コップを渡す。良之助は紙コップを手を温めるように包み持ち、フーフーと息を吹きかけた。
泰司はコンビニで買ってきた、トロロざるそばを啜っている。それを見るだけで、何だか余計に寒気がするような。

「そういえば虎、化学ん時何言いかけてたんだ?」

虎はおにぎりをむさぼりながら、目線を光に向ける。少し考えて、「あぁ、あの時の」と思い出し、飲み物で米を流し込んだ。

「そう、あのな。昨日俺就職先に行っただろ」
「おう」

座り込んでいた体制を変えて、虎は昨日のミモリから伝えられたクリスマスの話をする。虎にプレゼントを渡しに来たのかもしれない事実に、光達は目を丸くした。
あの時、虎にプレゼントを渡しに来たとすれば、遥に対するあの縁切り発言は余りにも酷いと、白い目を向けられる。
百も承知だからと虎は反省を述べてから、今まで伏せていた美咲との出来事を話した。

「なにそれ、ありえねぇ!俺だからあの子好かなかったんだよ!」

一部始終話を聞いた良之助が立ち上がり鶏冠を振り乱すのを、光が落ち着けと腕を引く。

「それでお前、遥ちゃん突き放したのか」

予想が確信へと変わったので、光は一息着き、虎の肩を抱きかかえる。

「お前、バカだろ」

いきなりバカ呼ばわりされて、虎は目をギョッとさせて光に振り返った。光はなんとも呆れた顔をしている。

「なーに良い人ぶってんだよ。初めの決心は何なんだったんだ?」

初めの決心…。遥と出会った次の日、あの日もこうして光達に自分の気持ちを言って遥を好きでいると決心した。
別に忘れた訳ではないのだが、色々とあり過ぎたせいか思いが揺らいでしまったのが現状。

「美咲ちゃんに何て言われようが、好きだってのを突き通すのが本来の虎だろ!いくら初めての恋だからって、遠慮し過ぎ。それじゃあお前の気持ちのやり場がないし、意味ないだろが。縁を切るなら告白でも何でもしてからするんだな。」

光も今まで溜めていた思いを吐き出すように虎にぶつける。

「お前の今の生気失った姿見て、誰が喜ぶんだよ。少なくとも俺らは嫌だね」
「‥‥光」
「逃げんな、虎」

虎はみんなの顔を見渡して、小さく俯いた。

はは‥逃げんな、か…

そう復唱すると、何とも恥ずかしい気持ちになり額をポリっと掻く。

俺は自分に言い訳を付けて、何かしら遥と向き合うのが怖かったのかもしれない。嫌われたら嫌だ、そんな気持ちばかりが巡ってばかりで、いつの間にか傷つく前にと、逃げていたんだ。

「ありがとうお前ら。…とりあえず、遥とは一度ちゃんと会って話してくるわ…」

顔を上げて、照れ笑いをしながら礼を告げる。いつもいつも、助けてもらってばかりで、本当にかけがえのない親友だよ。


◇◆◇


「はい。お前ら三人だけ有り難い宿題だ」
「えぇー!!!」

昼休みを終え教室に戻ると、にこやかな笑顔を見せた森先が立ちはだかっていた。そして3枚のプリントを渡された良之助、泰司、虎の三人。

「それ両面だからな。明日提出だぞ。やらなかったら卒業後も1ヶ月学校通いだ」
「まじかよっ!!」

森先はそう告げると、なんとも似つかわしくないウィンクをしながら教室を後にした。
プリントを両面一通り目を通したが、まったく判らない。
すると、良之助が光に助け舟の要求をする。

「嫌だよ。自分でしないと意味ないだろ」
「ケチー!!」


三人の悲痛な叫びがこだまするのであった。


(45/49p)
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