44「あなたに会いに行く」
翌日の天文台付属高校。
この日、今年初となる雪が朝から降り十センチの積雪を記録する。めったに積もることがないこの地域では、朝から幾つかの公共機関に支障が出た。
一方、遥は徒歩通学なので靴とスラックスの丈が濡れた程度で済んだようだ。それでも慣れない雪路は歩きにくい。
ーダァン、ダン…
体育館には、生徒達が打ち付けるバスケットボールの音と沢山の掛け声が響き渡っていた。
体育の時間帯で、コートにプレーをする生徒と待機する生徒で分かれている。
2クラス合同で行う為、コートに収まらない半数以上は待機側だ。
その中、遥は待機側として白熱するプレイを舞台に座り眺めていた。
隣で声援を送る同じクラスの西脇にちらりと視線を送り、少し尋ねてみる。
「西脇くんってさ、彼女居たよね?」
「うん?、いるけど」
西脇はクラスでも賑やかなグループの一人、普段滅多に会話をしない遥に話し掛けられて少し目を見開いて答えた。
「好きになった理由って、なに?」
唐突な質問に、西脇は硬直する。コートを眺める遥は至って無表情。
「理由?谷垣がそんな質問珍しい感じだなぁ」
「そう…?」
西脇は腕を組んで、うーん、と考えた。
「気付いたら気になってた感じだな。理由はぁー、ない」
「ないの?」
「あえて言うなら全部?」
うへへと恥ずかしそうに頭を掻いて、「そんな事言わすなよ」と遥の背中をバシバシと叩いた。
「い、痛いから西脇くん」
「あははわりぃ!でも何でそんなの聞くんだ?谷垣も彼女居たよなー」
確か隣のクラスのーと名前を思いだそうとしている西脇に、遥は気まずそうに俯いて苦笑した。
「その…ちょっと前に別れたんだ」
「え!?そうなの!?どっちから?なんでなんで?」
な、なんでって…
「僕から、かな…」
「嫌いになったとか?」
「ううん、違う」
「じゃあ、他に好きな奴出来たとか?」
遥はギョッとして、西脇に振り返る。瞬間的に"あの言葉"を思い出して頬を赤くした。それは、美咲に言われた「遥は虎が好き」という言葉。
「あ、そうなんだ」
「ち、ちがっ!僕は好きとかじゃなくて、いやあの」
あたふたと慌てふためく姿を見て、西脇は、ははーん、とニタリと笑う。
「谷垣も結構やるなぁ〜」
ニヒヒといやらしく笑われ、耳までもが熱くなってきた。
「わ、わかんないんだ…。僕が相手を好きになる理由なんてないしさ…」
遥がそう言うと、西脇はキョトンとした顔で答える。
「え?要るのそんなの」
さらりと告げられた言葉に遥は息を吐く程の声で「え…」と呟いた。
「意外と理屈っぽいんだなぁ谷垣って。恋愛っつったら直感だろ!こうビビビッと来てそいつの事ばっか考えて、こう胸がきゅうきゅうっとなるのが好きって事だと俺は思うぜ。理由とかなけりゃ好きになっちゃいけねぇの?」
遥は、その西脇の言葉に驚きを隠せなかった。
「胸がきゅうきゅう…」
「そ!ああもうこんな話してたらユキちゃんに会いたくなってきたー!」
横で彼女の名前を叫びながら自身を抱き締めてうねうね動く西脇を余所に、遥は振り返った。
確かに気付けば虎さんの事ばかり考えてる自分がいる…。胸が苦しくて締め付けられた覚えもある、それは虎が他人と親しそうにしている時だ。
それが、好きって事…?
「…すき、かぁ…」
ぽそりと呟いた言葉に、不思議と違和感は無かった。全てのピースが繋がり頷ける自分が居て、胸の中の霧が晴れていく。
そうか、恋なんだ…。だとしたらずっと前から僕は…
美咲はもしかしたら、初めから気付いていたのかもしれない。
全てのつじつまが合う。
「なんだ…へへ、そうなんだ」
一人でクスクスと、自分が可笑しくて堪らなかった。
なんて、単純な事だったのだろうか。
そうと判れば、もう行動するしかない。虎さんに会おう。
また友人に戻り、側にいる為に。
ーピピー!
「Bチーム交代!」
先生の合図に、気分もすっきりと遥は、軽やかに舞台から飛び降りた。
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