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「休憩入ります!」

向かいのカラオケ屋にいる遥は、携帯を持って裏口から店外へと走り出る。
美咲に聞くのが一番早いと思い、アドレス帳から美咲を検索し通話ボタンを押した。
少しコールが鳴って後、明るい美咲の声が返事する。

「美咲!虎さんに何かしたの!?」

『え!?なにいきなり』

「いいから答えてっ!」

『そ、そんな事急に言われても…』

電話越しにどもる美咲に、遥は眉間のシワを更に深めた。

「…何したの?僕と友達辞めた理由に関係あるんだね!?」

『ご、ごめ…っ』

遥の余りの剣幕に驚き、美咲はつい謝ってしまう。もう隠せないと思った美咲が、自分が虎に「遥と関わらないで」と言った事を白状した。美咲の言葉を聞いて行くにつれ、遥の顔はみるみる青ざめてゆく。

「…なんでそんな事したの」

『なんでって…遥まだ気付いてないの?』

気付く?何に?

また訳の分からない事を言われ、いくら遥でも苛々と頭を悩ます。

『じゃあ逆に聞くけど…何で虎さんにプレゼントを買ったの?』

「仲良くしてくれてるし、お礼って意味でだけど」

『本当に?本当にそんな意味なの?』

「だったら何なの!?」

『遥は虎さんに喜んで欲しくてプレゼントしようと思ったんでしょ?その意味が判らない!?』

「意味って何なんだよ!いつもいつも、美咲が言ってる意味こそ判らない…っ」

『いい加減にしてよ!!


遥は虎さんが好きなんだよ!!』


ー好き?
何を言ってるんだと、遥は頭を更に抱える。

「好きって、なんで!」

『そんなのこっちが聞きたいわよ!!』

荒々しく言い合い、息が途切れだした。混乱し出した思考で地面を踏み締める。

好き?僕が虎さんを?
それは、恋愛感情で?

『…もういい?虎さんにあんな事言ったのは悪かったと思うし、ごめんなさい。でも遥の鈍感さに虎さんも振り回されてると思う。もう、お互い素直になるだけだよ?』

そう言うと、美咲は一方的に電話を切った。
ツーツー、と終話の音が耳に伝わるとそのままパタンと携帯を閉じる。

「…好き?」

なんだか、血が騒ぐように鼓動が鳴り響きだす。訳が判らないと振り返り、裏口に戻ろうとした時、何気なく反対車線が目に入る。いつも多い路駐に、背の高い男性が見えた。なんだか胸騒ぎがし、目を凝らして見てみる。

もしか──して…

「虎さん…?」

ふらりと裏口から歩道に出て、ジッと見つめる。その背の高い男性は二人。虎が寄りかかるように、男性にしがみついていたのだ。男性も背中に手を回しているように見える。

「誰その…人」

虎は男性に誘導されながら車の中に乗り込んだ。俯き、表情が判らない。だが確かに虎だと確信出来る。
男性も運転席に座ると、車はゆっくり走り出した。遥はじっと、通り過ぎて行く車を見つめる。



誰なのその人
抱き合ってた、よね?



「う…っ、気持ち悪い…」

胸が苦しい。息の仕方さえ忘れたかのように喉に何かがつっかえる。以前にも感じた感覚に似ている、そう…虎が女性と歩いている時だ。

遥は先程の美咲の言葉を思い出す。


『遥は虎さんの事が好きなんだよ!』


──好き?

「僕は虎さんが…好き…?」

そう呟くと、ぐっと携帯を握りしめ、もう見えない車の行く先を呆然と見ていた。




「大丈夫か?虎」
「はぁ…へいき」

窓の外の過ぎ去る灯りを見ながら、虎はどうしたらいいのか判らなかった。遥に会って謝るべきなのは判る。だが、美咲と約束した反面そんな訳にもいかないし、自分が身を引けば美咲と遥の恋愛は守られるんだからと、どっちつかずで心が揺らいだ。
恋愛をまともにした事がない虎は、進むべき方向が見えず深い迷宮に陥っていた。

「何かあったんなら、話聞くぞ?」

美園はハンドルを握りながら、虎に問い掛ける。言おうか言わまいか一瞬ためらったが、美園になら話してもいいかもと心を落ち着かせ口を開いた。

「………好きな子がいてさ、酷い付き離し方をしてしまって」

美園は返事をする事もなく、ジッと虎の声に耳を澄ます。

「付き離した事には理由があってなんだけど、それを破る事も出来ないから会う事も出来ないんだ」
「…」
「それ考えてたら、訳わかんなくなってきて…俺、自分が本当嫌い」

ははっと苦笑いをし額を軽く掻く。美園はそれを横目に見ると、少し悲しそうに笑った。

「わかるよ、虎の気持ち。俺も好きな人には不器用だからな、恋愛ってそんなものだよ。ぶつかってすれ違って、時には泣いたりしてさ。何よりも好きだから出来る事だと思うし、全部を否定しちゃ駄目だ。今までの気持ちは嘘じゃないんだろ?」
「…おう」
「正しい答えなんてないよ」
「……そう、いうもんなのかな…」
「そんなものだ。肩の力を抜け、力んでばかりじゃ見えるものも見えなくなっちまうぞ」

その言葉は虎の心奥底に何かを与えた。

「答えは出てるんだろ?謝ってちゃんと気持ち伝える!遠慮すんな、素直になれ」

…素直に。

「でも、素直になるのが怖い…て、言うか…」

相手が同性と言う壁なだけに、と、言えるはずもないが心の内では呟いた。
初めは性別なんか関係なく「遥」を好きになったんだ!なんて想いだけで、ただ遥だけを一心に見続けてきた。でも、やはり欲は出てくる。遥と手を繋ぐ事も許されない性別の壁。それだけは、どうしても越えられないもの。只でさえ相手は彼女持ちだ。
傷付く事から逃げ続けてきた俺にとって、こんなにも恋愛が難しいモノなんだど思い知らされた。
そして、何より遥に会うのが怖い。絶対嫌われた筈だ。

「俺って、こんな情けない野郎だったんだなー」

ぐてっと背もたれから腰をずらし、力無くだれる。次は自分に笑えてきた。

「そこがまた魅力的だと思うよ」

美園はハハっと笑いながらそう言うと、ハンドルを右に切った。虎は目を丸くして美園を見た後、少しばかり口元を緩めて微笑む。

このまま終わらしてはいけないんだと思う反面、まだ足踏みしてしまう自分に情けなく笑うしかなかった。


(43/49p)
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