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「店は俺と嫁の二人経営でね、人を雇うのは初めてだからこちらこそ宜しくね」
「はい。」
…沈黙。守道はにこにこ。
え?それだけ?
「あ、あの…」
「あーそうそう!虎くん指輪見せてくれない?」
「指輪ですか?」
そう言われて、虎は右の人差し指にいつもしている指輪を見せた。黒い小さな石が2つはめられ、細かい細工を成された指輪。それを見るや否や、守道の目には涙が溢れ出す。
「やっぱり、グワンの指輪だ」
「え、知ってるんですか?」
虎は目を見開いて驚いた。なにせ、このブランドを知る人に初めて会ったからだ。
「知ってるも何も、こらは俺の父の作品だよ。もう父は亡くなったんだけどね」
守道はよく見せてくれと、虎から指輪を預かり光に照らしながら眺める。
「全然売れないデザイナーだったからね。だから世に出回ってる数が極端に少ないんだ、この指輪も世界で一つだけ」
「そうだったんですか。凄く気に入ってるんですよ、このデザイン」
その言葉にまたもや涙目になり、虎に指輪を返す。
「そう言ってもらえると俺も父も浮かばれるよ…。あ、それどこで買ったんだい?」
目を輝かせながら聞いてくる守道に、虎は何だか申し訳なさそうに口を開いた。
「ば…バザーで…」
ガー…ン
「そ、そう…」
守道はガクンと肩を落とし、某漫画のように真っ白になっている。今にも灰になって飛んでいきそうな雰囲気。その時だ。
ーカランカラン
またもやベルがなり、一斉に入り口を見るとダンボールが独りでに歩いていた。
…いや、ダンボールを抱えた人間だ。
「あら、こんばんわ」
ドスッと地面に置き、手を叩きながらその女性はニカッと笑う。髪にはスパイラルをあて、身長の高いスレンダーな女性だ。
「やほ、美園っち。その子?」
美園がこくりと頷くのを見て、この女性も経営者なのだと理解し起立し一礼をした。すると守道が「嫁だよ」と囁いた。
「私は錦ミモリ。守道、説明ちゃんとしたの?」
ダンボールの中身を奥の作業場に移しながら、そのミモリと名乗る女性は守道に問い掛けた。守道は「うん」と頷いたが、美園が「まったく」と変わりに返事をする。
「やっぱり!」
腰に手を当て溜め息を付くと、守道を作業場に移動させ、私が説明しますと変わりに席についた。
なんだか、これだけでこの二人の立ち位置が理解出来た気がする。
「ウォードランドって知ってる?私達そのアクセサリーのデザイナーなの。あ、こんなショボくれた所でも一応歴とした会社だから安心してね」
そう言うと、ミモリはそのまま話を進めていく。
「ニ年前くらいに、智也に頼んでデザイン画書いてもらったの覚えてる?」
「はい」
虎は美園をちらっと見てから返事をした。智也とは美園の事だ。ニ年前に一度、美園に頼まれてデザイン画を書いた事があった。元からファッションやアクセサリーなどは好きで、自分でアレンジしたりなど昔からよくやっていたのだ。ここ一年は余りやっていなかったが。
「あの画、凄くインパクトがあって、是非私達のチームに入って欲しくて。卒業するのを待って、智也に頼んでもらったのよ」
「そうだったんですか」
気恥ずかしい気持ちもあるが、自分を必要としてくれている事に素直に嬉しかった。
それからは、事務的な就職の話が一通り続き、4月から正式に働く事が決定する。何とも難なく就職が決まってしまい、拍子抜けだ。
「それじゃあ、これで終わり。4月、楽しみにしてるよ!」
無邪気そうな笑顔を見せて、差し出された手を握り返し握手した。
席を立ち、closeと書かれた板が掛けられているドアノブに手をかけて、美園が先に出る。一礼をし、虎も出ようとした時、ミモリは「あれ?」と呟いた。
「ねぇタイガくん、ハルカって知り合い居たりする?」
「えー…?あ、はい…いますけど」
ハルカ…なんで知ってるんだ?
虎の胸がドクンと鼓動する。名前を聞くだけで冷や汗が出てくる。
「やっぱり!タイガって名前珍しいからさ、もしかしたらと思って」
「知、り合いですか?」
「私路上販売もしてるんだけど、去年お客さんで来たのよ。どう?気に入ってくれた?」
「気に入?すみません、何がですか?」
まったく身に覚えがないと言う虎に、ミモリは目を丸くして、あれ?、と、首を傾げた。
「ブレスレットよ。あの子タイガ君にプレゼントするって」
「…い、いつ頃ですか」
「そうねぇ、丁度クリスマス前位だったかな。可愛らしい子でつい展示品の品を売っちゃってさ、よく覚えているわ」
「クリスマス前…」
頭の中でクリスマスの日が浮かび上がる。遥が虎の家に訪ねた理由、まさか、プレゼントを渡しにー…
ドクリ。ぐっと胸が熱くなる。
『帰れ』
『友達終わりだ』
あの時の言葉が蘇る。
後悔と自己嫌悪の波が押し寄せ、目の前が真っ暗になる。
「ミモリ〜ちょっと来てくれ−」
奥から守道の呼び出しがかかり、ミモリは「それじゃあ!」と言って扉を閉めた。
先に出ていた美園は車のエンジンをかけ、虎が来ていない事に気付き、振り返る。
「虎、行くぞ−」
「…う…だろ…」
「虎?」
異変に気付き美園が急いで駆け寄ると、虎の表情は蒼白としている。
「おい、虎?気分悪いのか?」
肩に置かれた美園の手を払うが、言葉にも手にも力が入っていない。
「美園…さん」
「なんだ?どうした?」
「俺、俺最低な事した…」
ヤバい
気分悪くなってきた……っ
気持ち悪さが押し寄せてきて、よろけた体を美園が支える。遥の想いを踏みにじって自分に吐き気がしてきた。
どうしよう
取り返しの付かない事をした
「虎、落ち着いて」
優しく背中をさすってくれている美園に体を預けたまま、虎はひたすら心を乱した。
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