死にてえのか、と怒鳴られて、ようやく事の重大さを理解した。口の中が塩辛く乾いていて、喉の側面がくっつきあうような感覚がして、抑えようとしても咽せてしまう。その辛さもあり、目元がじわりと濡れるのが自分でも分かる。できるならそれも抑えたかった。無様で、みっともなくて、格好悪くて、どうしようもなかった。それでも止められなかった。ようやく咳がおさまった頃、目元から涙が溢れた。まさしくダムが決壊したかのように。溢れて溢れて、止まらなかった。横になっていたせいで、耳元に水分が伝ってくる。手で目を覆う。視界が暗くなる。思い出す。波がせめぎあうあの空間は、天地左右なにもかも分からない、暗闇だった。こわかった。そしてさらに、涙が溢れる。
「よかった」
死ななくてよかった。
もう怒気は感じられない穏やかな声とともに、大きな掌が降ってきた。まだ海水で濡れたままのその手は綱海の髪をがしがしと撫でて、すっと離れていく。
「せん、せ、」
しゃくりあげながら発した声は、およそ声とは呼べないほど掠れていてまたみっともない気分になる。だがそこにいる彼はその言葉をしっかり拾ってくれたようで、ん、と返事をしてくれた。彼がどこかへ行ってしまうような錯覚に襲われて、首から上を起こす。彼の姿を視認すると同時に彼は振り返り、「泣き止むまでな」と言って、からりと笑った。綱海が、ひく、とまたひとつ大きくしゃくりあげると、涙が頬を伝い落ちる。肌に張り付いてすっかり乾いた海水が涙で溶かされて、ひどく塩辛い水分が口の中へ侵入してきた。それに再び咽せて、後頭部をごとりと地面につける。微かな痛みを感じた。風に運ばれてきた潮の匂いが鼻をついた。目を閉じれば、すぐ近くで波が打ち寄せる音がした。
あらゆる感覚がはたらいていた。波がうごめく暗闇の中に伸ばされる、大きな掌を思い出していた。そしてまた、目の奥がじわりと熱くなる。今まで考えたこともなかった感覚が、遠くにあるようで本当は程近いところに潜んでいるリアルな感覚が、そこにはあった。痛いほど、それこそ死んでしまいそうなほど感じたそれを、思い出して、さらに涙が止まらなくなる。この感覚ばかりは涙とともに流してはいけない、そう強く思った。

08.涙で溶ける
:110212


*綱海がサッカーを始めるより前の話。監督の本名明かされてないので先生呼びで
*もっと言うと、この綱海小学生くらいでいいんじゃないかってつもりで書きました そんなわけでかーなーり捏造ですすみません



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -